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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
99/102

夢九十九話

「古今独歩と謳われるサムライの一撃、聞いていたのと違うな」


 篭手で防がれ、狙いが逸らされたようだ。仮面を割ったのは片目の部分だけだった。

 その赤い目がこちらを見据えている。


「死合いで余の面に触れた者は初めてだと褒めるべきか。期待外れな正拳突きに見損なったと捉えればよいのか」

「……」

「天を衝き、地を砕く。雷神ヤルミラやその他二十四将を退けた天変地異に比する力は、どこに置いてきた?」

「そんなもんは」

「余は逃げたのではない。女を囲い、腑抜けたおのれでは到底わが相手にならぬという、因縁深い相手への気遣いだ」

「ほざくな」


 打ち下ろしの太刀が再三軍配で弾かれる。さすがに今の状態では叩き斬るというわけにはいかないようだ。


「アラストラハンの山を崩し、クラスタールの森を斬り開く。邪神すら塵芥の如くあしらったその武勇……もうおのれには備わっていないと申すかっ」


 俺がサムライならこの赤い目の虎もまたサムライ。

 その虎の軍配を太刀で受けたとき、周囲一帯の草原に土砂崩れが発生した。

 

「国を興し、軍を率いたは為政者として、軍将として自らに能があったと確認するための座興にすぎん。わが最大の望みは龍虎の因縁があるおのれと決着をつけること。それを待ち望んでようやく舞台が整ったというのに、当人はまだ腑抜けたまま。元凶の女どもを全て潰さねば本気になれぬ、というのなら今すぐにでも」

「腑抜けってなんだよ」


 大人と子供の体格差があるどつき合いのなかで聞き返す。

 サムライどうし同じ土俵での戦いになっている。いつものようにおふざけに立ち回る余裕はない。


「余のみが地を砕き割る!」


 虎のサムライパンチによる地割れで、配下の赤備えの騎馬隊が亀裂のなかへ落ちていく。


「余のみが天を衝く!」


 軍配が空を切った。ぎりぎりで避けたその衝撃は風を巻いて天へと伸び、雲を断つ。

 竜巻というより台風というより、前世界で言うハリケーンに近い。


「女に惑わされた今のおのれには出来ぬ所業であろうが」


 渾身の力で踏ん張らなければ、相手の天災レベルの連続攻撃を受け止めきれない。

 城塞下の平原が空爆か砲撃に晒されたように、一撃ごとに地形が変わっていく。

 

「死にたくなければ本気を示せ」


 骨がきしむ感覚を覚えながら防戦に努める。反撃しようにも、ヤーシャールをぶっ飛ばしたあのテンションではなければ通用しない、と身をもって知った後である。無駄に隙を見せることはできない。

 

「それとも」

「やめろっつってんだろ」


 娘っこのほうへ向かいかけた赤い虎の誘いに乗って、というより乗らずを得ず飛び掛かる。

 軍配によるカウンターを頬に食らい、回転しながら大地にもんどりうった。

 唇が切れたようだ。


「やる気になったか? 一太刀は受けてやる。さあこい」


 舐められていることに腹が立っているうちは、俺が思う境地には至れまい。

 それでもこちらに意識を


「効いてきたようだな」


 いつの間にか世界が赤い。それと同時に息苦しさを覚えて膝をついた。

 

「毒」

「魔素と言え。練れておらん息子のそれと違い、身に染みるであろう」


 赤いもやのなかで血を吐いた。

 肌に染み込んだ魔素が皮膚の下から棘になって突き出てくる。

 若虎とは比較にならない殺傷力の術に、いってえとほざく気にもなれず、激痛のなかで倒れかけたとき、もやの向こうの人影に気付いた。


「来るな!」


 あの気配は身内のものだ。わが名を呼ぶ三つの影に虎が狙いを定めようとしている。俺はその背に食らいついた。

 

「おうおう、まだ動けるではないか」

「てめ」

「力を制御できぬ似非サムライ。腑抜けに気合を入れてやろうというのだ。感謝せい」


 赤いもやのなかで自身の弱い呼吸音を聞く。首に巻かれたのは兜から伸びる白い毛だった。

 伸縮自在なそれにぐるぐる巻きにされ、まるで伝統芸能の毛振りのように振り回され、目が回るほどの回転数を経て放り飛ばされた。毒の影響で受け身も取れず、無様に転がり回る。

 

「く、そ」

「そこで小虫が潰されるのを見ておれ」

「ふざけろ」

「思うように体を動かせまい。今のうちに腑抜けの元を断ってやる」


 ほふく前進しかできない状態のなか、絶叫しながら追いかける。

 もやのなかで黒白ネコの影がさらに動いた。


「やめ」


 それぞれ特徴のある声が、悲鳴の三重奏に変わる。

 

「エヴレン、メイ・ルー、ニャム姫!」

「朦朧として見えぬだろう。ワシが霧をはらってやろう」


 うずくまる姫と、虎に首をつかまれている黒白の姿がうっすら見えてきた。

 奴の兜の毛が魔素とやらを薙ぎ払ったらしい。


「おのれが女を死なせるのだ。おのれが甘やかし、力を与えたことによって無謀にも余に挑んでくるという思い上がりを育んだ。腑抜けの業が生んだ悲劇というやつだ。小虫ども、恨むなら似非サムライを恨め」

「ヤロォ」

「……笑わせるな。素顔すら見せぬ小太りの虎めが」


 首を締められ、持ち上げられていた黒が口を開いた。

 意識があることが意外なのか、虎が目を見張っている。

 

「わしが……このでたらめな存在にどれだけ救われたか……甘やかされて、大事にされて、どれほど幸せだったか。生き神さまの価値を力のみで測る、力のみのおぬしには到底わかるまい」

「そう言っては酷……」


 同じような状態の白も、唇から血を流しながら面を上げた。二人そろってその表情には生気があった。


「ウンシンの真髄を……この赤い虎はどうやら理解できないらしい……底知れない己の力に驕り、それを誇示する以外の選択を持たない心魂も、どこにでもいるそこらの男と変わらない」


 倒れていたニャム姫も起き上がる。咳き込んだ彼女も口角を上げていた。


「上から目線で銀どのに説教する平凡な男にゃむ。それを聞いて目が覚めた」


 三人娘が視線を交わす。同時に笑顔も交わしていた。

 たわごとを、と吠える虎の声が天地にこだまする。

 味方の赤備えといえば、総大将の天変地異な暴れっぷりに巻き込まれ、軍団としては目下壊滅状態にあった。


「強さに相応した生き様こそが雄の本懐であろうが。力量とは真逆の浪人生活で自己満足に浸る。アルダーヒル全土を探しても、こやつ以上のうつけはおらぬわ」


 抗う黒白を投げ捨て、岩に激突させておいて、ニャム姫を蹴飛ばした相手がこちらに向かってくる。


「わが宿敵。生き死にを垣間見ることができる唯一の相手がこれでは、「ここ」に転がり移った意味がない」

「うるせえよ」


 体内の毒素は残っているものの、もやが晴れたことで気力が回復した。

 娘っこに対する暴力の数々でプンスカが収まらない。


「てめえは……殺す」

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