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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
93/102

夢九十三話

「ナニ、アレ……」

「……なんだあれは」


 一万ポンドを越える(超適当)積載量の荷馬車を引き、砂塵を巻き上げて突っ込んでくる異様な輸卒の姿に、敵味方の軍勢が入り乱れる戦場の時が止まったように静まった。

 共闘軍総大将の陣地に着いたはずだが、赤備えの騎兵突撃を阻む柵や野営地の施設などは完膚なきまでに破壊されており、数に勝るゲレオンの波状攻撃を受けた、と見受けられるここは壊滅状態になっていた。


「元締め、あそこに冒険王と将軍が」


 手前さんが指をさす方向に、冒険王ヤル・ワーウィックが赤牛バルクフォーフェンやその親衛隊とともに、最前線の陣頭指揮を執っていた。

 それが俺の登場で、彼らもこちらを見て固まっている。

 

「遅参しました」


 遠くにいる味方の総大将に向かってそう吠えた。

 見渡す限りゲレオンの旗がひるがえるなか、荷駄を引きながら堂々と闊歩する俺の姿に呆気にとられていた中東風のイケメンがようやく我に返ったようだ。円月剣についた血を振り払いながら、笑みを浮かべている。


「ようやく来たか、サムライ! サムライ・ウンシン!!」


 白いターバンを巻いた彼の大音声が広い戦場に響く。

 誰? と首をひねる味方がいる一方、心当たりのある敵の一部が動いた。


「やっと来やがった、わが主の宿敵が」

「きゃつの首は大戦の一番手柄、あの白頭巾を討ち取れい!」


 凸の形となって突っ込んできた騎兵、槍衾を押し出してきた歩兵、ふたつの赤い部隊が迫る。

 二十四将のだれそれ、とかいう名乗りは聞かないことにしておく。

 荷馬車から手を離す。一歩踏み出て抜刀する。

 波状の敵は前面のみ。ほぼ水平に刀を薙いだ。

 馬ごと、あるいは槍ごと、鎧騎士が鮮血にまみれて宙に浮く。めくれあがった砂塵とともに、数十人が飛び散った。

 空から土砂の雨が降り注ぐ。またも硬直する敵味方をよそに、瀕死になりながら食らいついてくる二匹の魔物をつかんで放り投げた。

 圧倒的な暴力に対し、なおも立ち向かってくる指揮官に、極悪人は蹴りこみを入れる。

 時間差をおいて、わああっとどよめきをあげたゲレオンの連中が軍団ごと一斉に引いていく。

 その間に王の部隊と合流し、無沙汰を詫びた。


「待っていたぞサムライ」

「いろいろありまして」

「そのようだな。それにしてもだ……見てわかる通り、散々な負けいくさになっている。中小の軍閥どもを纏めきれずに、この体たらくだ」


 刀身に模様が入った剣を握り締めて、浅黒いイケメンがしかめっ面で周りを見渡した。

 バルクフォーフェンが赤い鎧の巨体を揺らして主君をフォローする。


「王はすでに二十四将のひとりを斬り捨てている。武勇においてはウンシンどのに劣らぬ」


 本陣に攻め入ったゲレオン側は当方によって二人の先手大将を失い、部隊としての動きが止まっている。

 このにぶい反応の間に、分散した兵力をかき集めながら赤牛が督戦を開始した。


「サムライ・ウンシン、敵将二人を返り討ちじゃ! ものども続け、敗残の身になるにはまだ早いぞ」


 一時的ながら形勢が逆転したところで、荷馬車のなかの手前さんが当主ミヤマ様のもとへ向かいます、と告げてきた。

 頷きながら、後退を開始する赤備えと入れ替わるように進んできた新手を確認する。


「四柱……!」


 バルクフォーフェンが大槌を振るいつつ、新手の大将を窺って舌打ちした。王が反応する。


「四柱なれば、ゲレオンの上将か」

「御意。赤い虎の側近がひとり」

「騎兵の指揮は任せよう。おれはその間に側近とやらを斬る」

「お待ちください。あの天鼠(てんそ。蝙蝠の別名)は竜や鳳の頂上種に準ずる物の怪でござれば、ここはやはりウンシンどのに」


 紫の目の蝙蝠はすでに正体をあらわしている。赤黒い両翼の巨大さも相まって、その威容は竜や鳳にも劣らない。

 四メートルはあろうかと思われる体高のそれが地に降り立った。

 風圧で巨体の赤牛を含んだ味方が大きく後ずさる。

 

「サムライ、やはりヌシのみがひるまぬか」


 片目の蝙蝠野郎は年代的におっさんのように見受けられる。

 もういちど奴が羽ばたいた。ぶわっと吹いてきた風で、後ろの味方騎兵が吹き飛んだ。


「小物に用はない。わが敵はただひとり、東からやってきた無双の勇士のみ」


 わが肩に重みを感じた。無意識に俺は隻眼の上将とやらに向かって、俺を踏み台にした魔剣の持ち主を肩で投げていた。

 飛び込んだ冒険王の打ちこみを両翼の爪で白刃取りのように受けた蝙蝠が、弾き返せない重圧を感じたのか、予想外だとばかりに隻眼を見開く。

 

「これは……影をも斬るともいわれる二股の円月刀、「断刃」。ならばヌシは」

「共闘軍の総大将たるわが首、小物ながら価値はあろう。相手をせい」

「一騎打ちにて無敗の流浪剣士が王となった、そなたが伝説の冒険者、ヤル・ワーウイックか」


 口を開いて吼えたようだが轟音ではない。しかし不快な音波で俺と王以外の者が耳をふさぐ。

 

「この咆哮にひるまるか、さすがだな」

「ハハハ」


 なんとか病の心をくすぐる名前の剣を持つ王が、風雲公の狂気に酷似する笑い声を立てた。

 とりつかれたような奇妙な目の色だ。

 至近距離で音波を受けたせいで彼は耳から血を流していたが、痛みを感じている素振りはない。


「サムライ、行け」


 俺にそう言う総大将の顔は魔相の形を成しているものの、口ぶりはいつもの冒険王と変わらない。


「指揮官としては敵に破れたが、一剣士としては誰にも負けぬ。救うべきものが他にもいる卿は、いつものように思うまま動け」

「……」

「おれには猛進バルクもいる」


 赤牛が獣化した。二人がかりなら、と思い直し、俺は遠くの丘で戦っている竜人部隊のもとへと向かう。

 

「軍需物資は置いていきます」

「助かる、こやつらを退けた後に使わせてもらおう」


 ニヤリと笑った魔相の剣士が蝙蝠と向き直る。バルクフォーフェンも新手の赤備えと戦闘状態に入った。


「エヴレンにメイ・ルー、ミヤマ、だったか。いい女たちだ。失うな」

「無論であります」


 女好きのワーウィック王が背中で語るのを一瞥して、あの子らは渡さんぞという家長の思いを胸に、スタートダッシュを切った。



§§§§§§



 草地の坂を上る。共闘軍の一翼であるハイ・イェンの竜人部隊は丘の上で戦っていた。

 平原地帯から見ても視界は開いている。そんな彼らが確認できた。

 鉛竜の部隊は宗家のものであり、白竜のそれは分家のものであることがわかる。

 総勢は五百ほど。かろうじて大隊といえるべき単位で、数倍する赤備えを相手に戦線を支えきる勇戦ぶりを見せている。

 そのなかでドラゴニックオーラを放って戦うドーテイとエロヒムの両雄は、ブライトクロイツの大軍をさばき、魔物二体ともやりあい、一歩も引いていない。

 勇戦する若君たちが俺の接近に気付いた。


「サムライ」

「ようやくご到着か、われらがでたらめの家長」


 オールバックの長い髪を揺らして叫ぶ宗家と分家の声に、後方で竜人部隊に守られていたわが家の娘っこたちが飛び出してきた。


「生き神さまっ」

「ウンシンどの」


 負傷していたのか、赤褐色のサソリ娘と青白い肌の烏女の足取りは鈍い。

 それでもこちらにむかって丘を下ってくる。


「いかん」

「エヴレンどのミヤマどの、隙を見せるな!」


 他に目を向ける余裕のない彼女たちの背に、何者かの影が迫る。

 ハイ・イェンの二人も地を蹴った。しかし助けようにも、それぞれには二十四将であろう魔物が張り付いて思うように動けないようだ。

 

「やめろぉォ」


 若い彼らによる異口同音の金切り声が戦場にこだまする。俺も黙って見ていたわけではない。

 だがサソリと烏の後ろを取ったのは、赤い片目の弧面をかぶった火を操る魔物だった。

 間に合わない。抜刀したとて、全てを巻き込み、竜人部隊もろとも丘陵を切り裂くだけであの子たちを助けられない。


「どちらか一方なら」


 そう呟いた。それをすぐに打ち消した。どちらかを優先させるという、いかなる理由もありはしない。

 走りながら手を伸ばした。エヴレンとミヤマも手を伸ばす。

 後ろでドーテイとエロヒムがドラゴニックオーラを全開させて阻む敵を討ち取り、マントを翻して坂を下ってくる。

 

「助けるのは、二人ともだ」


 赤弧の炎舞がエヴレンとミヤマを包みこもうとしていた。

 背の高い青羽衆の若当主と俺の指がからんだ。体ごと引き寄せた。

 しかし赤褐色の手には届かない。オレンジ色の光のなかへ消えようとしていた最初の身内を見たとき、全ては滅びろ、と思いながら太刀を抜いた。

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