夢八十七話
大陸交易市場から誘拐犯を追うのに半日、馬に乗せた赤牛の嫁と無理なく帰る道に数日、本拠に戻ったころには、東アルダーヒル共闘軍を率いたヤル・ワーウィック冒険王はすでに手勢を率いて城塞から出立した後であった。
麾下の将軍であるバルクフォーフェンは慌てて城に戻る。
俺も黒白を連れてサムライ御殿に戻り、情報屋である青羽衆の若当主、ミヤマからすでに北西アルダーヒルを制圧したゲレオン連合王国と共闘軍の戦端が開かれていると聞かされた。
ツインコーツィ城塞に拠るラウレンツ・クーダー風雲公が守衛戦に突入した、というのがそれだ。
魔道公代理であるエディン・シストラは術士団を、ハイ・イェン竜人公の後継者ドーテイ卿と一族のエロヒム卿もそれぞれ竜騎士団を連れて最前線に赴きつつある。
この四大戦力をはじめ中小の軍閥も多数加わって、ブライトクロイツ二十四将と世に謳われる赤備えの精鋭とぶつかり合うという、そんな情報を大食堂で聞いていた。
ニャム姫も含め、久しぶりに一堂会しての遅い朝食になっている。
ネコ娘と烏女の作ったシチューをパンに浸して食しながら、大戦における娘っこ四人の去就を聞いてみた。
「ニャム姫は故郷の城を守りに?」
「ううん。ニャムは今のおうちを守るためにここにいる」
得意気に立ち上がる薄ピンク色のネコに、三人娘が頷きあう。
今の故郷はここだと意識を共有しあっている様相だった。
「私は竜騎士団を誘い出した責任があって、白竜イェロヒム卿と戦線を共にする。しかし五十に届かぬ青羽衆の数を減らすわけにはいかない。諜報活動に専念させて、本拠の指揮をコクマルに任せる」
「ああ、あのおはげのおっさんね」
それに続いて黒がドーテイの竜騎士団に、白もエディン公子の術士団に属すると告げてきた。
一軍を率いる存在を担ぎ出した責任を果たそうと、三人は己が身の置き場を心得ているようだ。
「よっしゃ、では景気づけに乾杯といこう」
気をつけろとか死ぬなとか生きろとかそういう辛気臭い別れはごめんだ、というのがサムライ一家の総意であろう。
四人の亜人娘がグラスを手に取った。赤ワインを酌み交わす。
いくさの最中であろうと、俺がこの子たちのもとに向かう状況だってありえるのだ。
それぞれ笑顔で杯を掲げながら、それらしい儀式を行った。
「ニャムはこのおうちに残り、皆を待っているにゃむ。冒険王の城下ごと守ってやるぞ!」
「そうじゃな、全てを終わらせて姫のもとに帰ろう。それを約束しよう」
「約束なら望むところ」
「ウンシンどのに教えてもらった指きりならば縁起がいい」
ニャム姫、エヴレン、メイ・ルー、ミヤマの順に意味はない。
その順番に指切りを交わす。指を切って再度笑いあい、そして散会した。
約束を守るために戦うのがモチベだ。改めてそう感じた。
§§§§§§
娘っこたちが出て行ってからしばらくして、どの軍閥にも属さず、というよりぼっちの立場の俺が向かった先は、城塞下の平原で行軍準備を整えるジュディッタ姫のもとだった。
西世界に近いベルグラーノ・トゥルシナ公の勢力が滅亡したのち、その血を受け継ぐ女剣豪を頼ってこの地に流れ落ちてきた同胞を率い、西進しようとしていたのだ。
総勢二百ほどと聞かされたが、その士気は高い。
メイドかつ近侍であるポチャとホソの両名も親衛隊としてこのいくさに参加している。
推参した当方がいきなりご一緒しますと姫に告げたところ、主人ともども歓迎してくれた。理由は以下による。
「ちょうど補給部隊を任せる若い手練れに欠いていたところなのだ。サムライが来てくれたのならこれ以上の適任はいない」
「我々は姫さまから片時も離れることはできない。命綱を君に託す」
細身と太めの女騎士に膝を屈してお願いされたため、二つ返事で了承した。
「ウンシンほどの勇士を支援に回すのは無駄遣いではないか」
白馬に乗るジュディッタ姫が兜の下で表情を曇らせる。そんな主人に兵站の重要性を語る彼女たちをよそに、粗食に耐え、頑丈で背丈の低い荷馬のそばに近寄った。
軍需品を引くそんな生物をなでなでして挨拶を済ませておく。
しかしながら補給任務を同じくする三十人のトゥルシナ兵の視線は冷ややかだ。
大戦に挑んで不安な彼らの胸中は手に取るようにわかる。今は距離感を保っておこう。
ポチャホソの説明を聞き終わった総大将がそんな気配を悟ったのか、大剣を抜刀して味方を鼓舞しだした。
「小勢で敵に挑む無謀のいくさ。しかしウンシンが荷駄隊として参加することになったからには、もはや勝利は決まったも同然じゃ! 幸先がよいぞ気勢を上げよ、共闘軍最初の手柄はわれらトゥルシナ隊がもらったぞ」
§§§§§§
東アルダーヒルの北辺に風雲公、中原にある冒険王は魔道士団と竜騎士団を両翼に本隊を率いる。
西アルダーヒルを支配下に置いたゲレオン連合王国は、赤備え二十四将のほとんどを決戦場たる中原に派遣したという。
平地での騎兵戦術を得意とする彼ら騎馬民族としては、横綱相撲で堂々と共闘軍を撃破するつもりのようだ。表向きには謀略や奇襲によらず、覇者の威厳を全アルダーヒルに示す意図があるのだろう。
数千の兵が激突する大舞台をよそに、丘陵を越え森林地帯に入り、山あり谷ありを突破して敵の後方へと回り込む役割が、ジュディッタ姫を大将とした二百のトゥルシナ兵の役目である。
「ウンシンがいればそれが可能だ。手薄になったわらわの故郷に奇襲をしかけるつもりだったが、作戦変更にしよう。同じ奇襲ならきゃつら赤い連中の背後のほうが戦術的な効果は大きい」
「姫様、それは普通決死隊というものでございますよ」
「まあこの男のでたらめを見れば意気込むのは仕方がありませんね」
金髪姫の高揚にポチャとホソがしょうがないと肩をすくめている。
天幕つきの荷馬車を人力で引く俺の姿を見ての感想だった。
重荷から開放されたずんぐり体形の馬が姫の従者の一人に引かれ、隣で嬉しそうに鼻を鳴らしていた。
「こういうときこそ影衆の存在は助かるな。青羽どもの情報伝達能力には恐れ入る。健脚じゃのう」
「武人として役に立たぬ以上、目とも耳ともなるべし、との当主のご命令なれば」
早駆けを得意とする青羽衆の手のもの「俊足」が頭を下げる。
ジュディッタ姫に中原の情報をもたらした紺色装束の影がこのまま同行する運びになった。
そんな彼らの以前の勢力範囲を通過しつつ、俺は人力で荷駄を引っ張り続ける。
トゥルシナ中隊と呼ぶにふさわしい規模の行軍が、こうして始まった。