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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
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夢八十六話

 十数個の火柱が合わさった炎の波を霊圧で押し返す。

 放った太刀の斬撃が草原の地面を土砂ごと浮かび上げる。サンドウォールがファイアーウォールを飲み込んだ。

 土砂崩れのような轟音が大地を揺らす。

 これはひどいと思いながらも、今回ばかりはあまり手を抜いてはいられない。

 酸素を絶って消化した、というアホの適当な見解は、焚き火に砂をかけて消す感覚に近しい。

 

「仲間の命と引き換えに起こした火攻めもウンシンには効かない。下郎はどっちだか」


 ひび割れた弧面を押さえながら後ずさる赤い眼の婆が、白の冷たい言葉に舌打ちを放った。

 いつの間にか黒のアラクランの尾に撃たれていたのか、足を引きずっている。


「生き神さまのでたらめを目の当たりにしたのは初めてじゃろ? 聞くと見るとでは大違いなのじゃ。これに倍する火術であっても結果は同じ。この勇士にはいかなる魔道も通じんぞ」

「おのれおのれ……」


 黒のとぼけた説明に棟梁がうめく。嫁さんを抱きかかえていた赤牛が眉をひそめる。

 日没前の薄暗い中それが見えた。


「……違うな。赤弧ノ衆の頂点は軽々しく底を見せるような魔物ではない。あれは」


 偽者だ、と猛進バルクが叫んだ。偽者扱いされた婆が何を抜かす、と叫び返す。

 

「火神と称される赤眼婆の炎舞があの程度のものか。触媒や仕掛けを必要とするのなら、その威力はもっと派手になる」


 辺り一体が炭化したように黒い。炎に巻かれた弧面たちはわが一振りでどこかに飛ばされていったようだ。

 知ったふうな口を、という怒号を放ったまがいものが牛に襲い掛かるが、黒白に阻まれた。

 

「女ども」

「触媒がオジロの偽者。当のオジロは婆の影というわけか。狐めまんまと化かしおって」


 赤い眼を怒らすひび割れた弧面に、バルクフォーフェンも牙を剥く。

 同時に彼の巨体がオジロなるものに迫った。すでにエヴレンとメイ・ルーにも打撃を受けており、その機動力は万全の状態ではないようだった。避けきれず、猛進バルクの角突きをまともに食らっている。

 視界が暗く血しぶきは見えにくいが、致命の衝撃だと思われる。

 女を浚い、部下を火種にした者の末路だとして同情の余地はない。

 赤牛が敵を貫いた角を左右に振る。赤弧ノ衆最後の生き残りが振り飛ばされて、離れた草むらのほうへ落下していった。

 

「将軍を暗殺しようとした赤狐の運のないこと。ウンシンがいたばっかりに部隊を全て失うとは」

「嵐を呼ぶ男に関わった報いじゃ。しかしこの凄惨な光景すら、後詰めの物見がどこぞで窺っているに違いない。これから求めて天災に関わらぬことだと本物の赤眼婆に伝えるがよい」


 淡々と語る黒白が事は済んだ、帰ろうと促してくる。

 ローリーンという幼な妻を助け出した赤牛も長居は無用、とばかりに奪還した当人を背中に負ぶって歩き出した。

 何度も礼を言う彼の肩越しに、赤毛の娘もありがとよと告げてきた。

 馬を探しに行った夫婦の背中を見送り、娘っこたちに挟まれながら来た道を帰ろうとしたときである。

 俺の足元に雷光が走った。黒白を両手で突き飛ばす。

 電撃とともに空気が膨張し、またも爆発を受ける結果となった。


「いきなり、なんじゃ」

「雷術なれば狐ではない……?」


 煙が立ち込める場面を何度も経験したのか、もはや慣れ切った様子で黒白が起き上がる。

 白頭巾のなかの髪の毛がチリチリやんけ、と思いつつ、暗がりに浮かび上がった何者かの気配に目を向けた。

 赤紫の髪、目元まで覆った赤紫の魔道装束に身を包んだ出で立ちは、さすがに何度も出会っており、その名前も覚えている。


「雷神ヤルミラ・ノヴォトナ」

「ようやくのお見知りおき、光栄に存ずる」


 煽りではない台詞を口にした年増の女


「みどもはまだ若い」

「そうでした」


 このやりとりも思い出した。心を読まれてスイマセンと謝る。涼しい彼女の目元が少し和んだが、それを察知した黒から耳をつねられた。

 雷の急襲を受けて咎めもしないとは相変わらず女に甘い、とプンスカするアルビノ美少女にも謝った。


「狐めの待ち伏せに雷術士が物見として参加していたとは……意外じゃな」

「なんとなくサムライが関わってくるような気がして、狐の部隊に混ざって潜んでいた」


 エヴレンの疑問に女史が首を傾げて答える。潜伏の動機を自身で図りかねているようだった。

 

「生き神さまに何の用じゃ?」

「このおかしな男と会うたびにあの方と比べてしまう。そして戸惑いは増えるばかりだ。理由はわかっているのだが」

「……ああ、北の赤い虎か。尋常ならざる怪物と聞いている」

「同じような力を持ちながら生き方がまるで違う。それがとても興味深い」


 目のふちに模様が描かれたヤルミラの視線に眩しさを感じ、難しい顔をするのみが精一杯だった。

 

「ウンシンのいい加減さは心地よい。貴方もそれの一端に触れたと見える」

「帝王の気質があるぬしの主と、誰にも仕えずお使いばかりの建築男とでは人物としての差は歴然じゃな!」


 下げる言葉の彼女らが偉そうに勝ち誇っているのがどうにも理解しがたい。 

 それに反論しない女史の感覚も大概おかしい。


「われらゲレオン連合の侵攻を防ぐための東アルダーヒルが共闘、それの役目を終えたとしたら、その後サムライはどうするのかね」


 彼女の問いにこの娘たちと改修した遺跡で暮らすか、また旅に出ると伝えた。

 どれもこれもただの思いつきで計画性はない。


「あくまでも日常を望むか」

「いろいろありまして」


 このでたらめな力は個人的に使いたい。それが小悪党ならではの矜持というものだ。

 

「不思議な存在だ」

「鞍替えするなら今のうちじゃぞ。いくさが始まってからでは難しかろう」

「……虎がそうはさせてくれまい」

「ウンシンのそばならば他の生き方を見出せるかも。貴方も女」


 メイ・ルーの言葉は意図したものではなかったのかもしれない。

 しかし雷神と称される術士が女扱いされてひるんだのは事実だった。


「たわむれを」

「以前のわしらも闇の中を歩いていた。しかし今ではこうして毎日暢気に暮らしている。皺だらけのばばあの手すら引いてくれたサムライじゃぞ。ぬしほど若い娘ならば女に弱い生き神さまのことじゃ、いかに虎が報復しようとしても、必ずその身を守りきってくれるだろう」


 わが両腕にしがみつきながら黒白が言う。

 俺といえばポーカーフェイスである。草原に伏せているであろう物見には、こちらを向いているヤルミラの表情には気付かない。


「ウンシンに助けてもらった女はみんな居場所を見つけている。敵味方など関係ない」


 身内のほめ殺しにいつまで平静を装っていられるか、心を読むに長けている女史が再び目を向けてきたことに対し、任せんかいと念じつつ、背筋を伸ばして見つめ返す。


「……もはやいくさは近い。みどももいずれ東の連中と戦うことになる。やはり戯言だ」


 しばらくためらった後 そう独語した赤紫の魔道士が闇に溶けた。日は完全に沈んでいた。

 物見が引いていく気配がした。草が擦れ合う音がする。

 後味の悪い誘拐劇は雷神ヤルミラの登場でワンクッション置くことができたようだ。

 三人そろって引き返すと、かすかに焚き火の明かりが見えてきた。馬を見つけたとバルクフォーフェンが呼んでいる。

 サムライこっちやでーというロリ嫁の声も聞こえてきた。

 胸糞悪い現場から離れるのは望むところだ。

 悪夢を見ないよう、野宿の今夜はひたすら酒をあおってみよう。

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