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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
82/102

夢八十二話

「おめえがサムライ・ウンシンか?」


 サムライ御殿の改修工事に再び勤しんでいると、そう声をかけてきた荒くれものがいた。

 東アルダーヒル共闘組織の本部たる冒険王の城塞には、中小軍閥の代表が参加の表明を示すために、入れ替わり立ち替わり領内に集まってくる。

 そんな状況を城下の丘陵から力仕事をしながら見物していたのだが、そのなかでも特に荒々しい雰囲気の、腕や首、頬に刺青を施した黒い髪の男が側近一人を連れてやってきて、傲然と名乗り始めた。

 

「オラぁユーリー・ザイン。パウリナ城塞の主だ」

「……「竜巻」ユーリじゃねえか」

「手下を率いて入り婿した元盗賊の頭。あの破天荒な男が冒険王の共闘に応じたのか」


 遺跡宮殿で作業する職人たちが彼の名乗りを受けてひそひそ囁く。

 竜巻とやらのひと睨みで職人たちが姿を消した。

 黒髪の襟足を束ねた軽装の騎士のごとき青年は二十代半ばほどだろうか。

 いい年をしながらやんちゃの気がぬけない姿形を見れば、元盗賊だという職人の話も頷ける。


「おめえの飼い主に会ってきたぜ。噂に違わぬ大人物ってのは、ツラぁ見ればわかる。武威も目力も半端なかった。しかし一見しろと言われたんで寄ってみたおめえのほうは」


 腑抜けたツラしてんな、と評されたものの、その通りなのでそうでっかと答えるしかない。

 初老の側近が銀の霊気を纏いしアルダーヒル随一の勇士です、と説明するもそれを鼻で笑っていた。

 宮殿横の資材置き場の草むらで向かい合う俺と盗賊に、怖いもの知らずのわが身内たちがなんだなんだとやってくる。


「あ?」


 一旦国許に帰った有力者たちのなかで、ハイ・イェン一族のエロヒムだけは宗家の代わりに当地に留まっていた。

 そのめずらしい白い竜人が盗賊と対峙する。

 あ? と煽られたエロヒムがどこの野蛮人だと煽り返した。


「竜巻公ユーリー・ザインを知らねえのか」

「カマイタチの下郎など上位竜族の眼中にはない」

 

 ヤンキーに絡まれた武道の達人よろしく、毅然と答えた竜人の台詞でようやくユーリとやらがイタチ科の亜人だということに気がついた。

 よく見れば長い尻尾を腰に巻いている。毛皮と思っていたが本物のようだ。

 

「オラぁ相手に大口を叩くとはいい度胸してんなあ。上位の竜てハイ・イェンか?」

「然り」


 黒い目を細めたイタチが刃を仕込んだ腕を上げたものの、やってきた野次馬がほぼ女だらけだということを認識したようで、口笛を吹いてこりゃすげえと呟いていた。うちの娘っこはみな美人さんである。その容姿に食いついたと見える。


「黒に白に青白に桃。いろんな肌の女がいやがる。おめえらこのへらへらサムライの」

「第一夫人じゃ」

「妻」

「伴侶」

「お嫁さんにゃむ」


 盗賊野郎が呼んだ順番通りに彼女たちは答え、えへんと胸を張る。

 土木作業で汚れた顔や服にもおかまいなしの仁王立ちだ。

 

「このへらへらがそんなにいいもんか? なんか心に芯のねえ男みてえだが」


 難しい顔の亜人に言い当てられて思わず手をパン、と叩いた。この世界に来て初めてわが真髄を見抜いた慧眼にうんうん頷く。

 四人娘もそんな俺を見てすぐにはプンスカせず、竜巻の別名を持つ有力者を不思議そうに眺めている。


「オラぁの妾になれば、そんな泥だらけの作業に駆り出すなんてことはさせねえぜ?」

「竜巻ユーリならば入り婿。すでに細君がおろうが」


 情報通の黒の突っ込みに、イタチ科の鋭い顔の男があんなもんは別にどうでも、と切り捨てた。

 

「王への道をもたらしてくれた存在だってことで、大事にはしてるぜ。でも惚れたとかそんなんじゃねえんで」


 薄情にも思える説明に対し、小悪党を自称する俺は聞き流したが、そんなくせ者に好感を抱く異性は誰もいなかった。それを代弁するように、エロヒムの殺気が彼に放たれた。

 ドラゴニックオーラに当てられてイタチが振り返る。


「おめえ」

「喧嘩を売る相手を知らないお前を見ていると、以前のそれがしを思い出す。なんとも滑稽で」

「代わりにおめえが買ってくれんのか」

「心体ともに下郎が相手では刃の穢れだが」


 長剣を抜きかけたエロヒムの竜気が消えた。

 下郎とやらの向こうに見える誰かのジト目を受けたようだ。


「今のはなしに」

「びびったんじゃねえだろうな」

「びびった」

「……虚仮にしてんのかおい」

「ミヤマどのの目が怖い」


 業物を鞘に収め、ハイ・イェン一族の若君がはははと乾いた笑いを放ちながら意中の相手のもとへ向かう。

 その背中につむじ風が襲った。ユーリが腕の刃で空を薙ぎ払ったからだ。

 不意を衝かれたエロヒムが宙を舞う。切り刻まれて八裂になったか、とカマイタチの術を繰り出した者だけがそう思っただろう。

 風に纏われて地面に転がった相手を一瞥し、盗賊がこちらに一歩踏み出す。しかしむくりと起き上がった白い竜人が顔や体の切り傷をものともせず、平然とミヤマの目の前に歩み寄ったのを見て、ユーリは毒気を抜かれたように固まっていた。


「雑魚を相手に少しいたずらがすぎたようだ」

「我に返ったのならそれでいい。共闘軍へ参加する有力者に竜の剣を奮うなど、ウンシンどのの顔を潰す無体も同然。かもしれぬが」


 ダメージがほとんどなしという彼の後ろ姿に、固まっていた竜巻が再び風を駆ろうとしてくる。狙いはエロヒムのがら空きの背中だ。


「ウンシンどのを虚仮にするのは許せぬな」


 それをよそに、ミヤマは言葉を続け、黒白ケモがそれにならった。

 

「舐められたままではハイ・イェンの名折れ、であろう」

「位置が逆になった。イェロヒム卿の竜気で館が壊される心配もない」

「薄情者の無礼者。遠慮はいらんぞ竜どの、お返しにゃむぶっ放せ!」


 それを受けてエロヒムのマントが上昇気流で舞い上がる。

 ヤル・ワーウィックや俺の面子より、濃紺の髪をした烏女の意向に添うのが彼の行動の基準だった。

 剣がダメなら素手でいいじゃないとばかりに振り向いた彼の、白い竜気の正拳突きが押し寄せる竜巻を撃ち抜く。ドラゴソニックは竜巻を放った当人に迫ったものの、ユーリが両腕の刃の十字受けでいなして軌道を変えたことで、衝撃波は空へと消えていった。

 自慢の竜巻をかき消された屈辱で彼は牙を剥いている。

 両足で踏ん張り、地面を抉りながら後退してようやく防御に成功した、という力負けの状況で憤怒しかけたものの、それはやがて苦笑いに変化していた。

 業物に頼らず、素手というエロヒムの手加減に呆れ顔だ。


「……オラぁの技をぶち抜く気当たりなんて初めて見たぜ。これが、上位竜族の霊気か」


 砂塵のなかでしかめっ面のユーリも、竜巻という異名の真髄を見せたわけではない。

 しょっぱなから奥の手を出す名のある戦士などいないというわけで、これ以上大事にさせないためにも、遅ればせながら俺が仲裁に入ってみた。

 

「おめえはあの竜よりもっと強えんだろ」


 そう聞いてくる盗賊あがりのならずもんには知らんと答え、戦闘狂の興を削いでおいた。

 傷の手当という大義名分でミヤマと共にサムライ御殿に去っていくエロヒムの後姿が弾んでいる。

 清清しいまでのスルーっぷりが、あらためて下郎は相手にしないと背中で語っているようだった。

 

「あれほどの使い手がごろごろ転がってるってんだな、共闘するやつらの中にはよ」

「お試しするのはいいけど、ポックリ逝っても知らんぞ」


 俺の返答にかぶさって馬蹄が響いてきた。丘陵の道を駆け上げってくる騎馬の集団を先に娘たちが発見したようで、あれ、と指をさしている。

 服装の統一性のなさから、中小の軍閥が入り乱れた連中だと理解してげんなり。

 あれらも冒険王からサムライを見て来いと唆されたのだろう。

 まるで見世物ながら、わが虚名も使いようと心得ている為政者の無言の意向には応えなければなるまい。


「竜巻ユーリ。最初に顔を出したのは君か」

「噂のサムライ。そこの土工(どこう)がそれかい」


 体躯も容貌も違うひとくせもふたくせもありそうな軍閥の代表が数名、馬から下りてこちらを見定めてくる。

 俺の場合雑役ながら、このすばらしい仕事に誇りを持ち始めていたので、腰に手を当てて大威張りで頷いた。


賤民(せんみん)の街に住んでいると聞く土工に、ワテら支配者層が挨拶て逆やろ」

「冒険王に見込まれたほどの勇士らしいが、見た目は剣奴 (けんど)にしか見えぬな。品がない」


 小柄な方言野郎と大柄なお澄まし野郎が草地の坂道を上がってくる。

 それに続く騎士たちは護衛なのか他の軍閥の長なのかわからない。

 いろいろ面倒になって資材置き場の丸太に手を伸ばす。

 作業を優先しよう。

 

「オラぁがサムライなら、あの舐めた口を利く小物どもを斬り裂いてやるところだけどよ」


 エロヒムに雑魚扱いされた竜巻が坂を上ってくる大小二人を雑魚扱いしながら、おめえはどうすんのと尋ねてきた。

 すぐ後ろにいた彼が丸太を担いだ俺の方向転換に身を屈める。

 共闘の一翼にそんなんできるわけないやろと内心突っ込んだ。

 やってきた有力者らを見る。そのとき黒白ネコの三人娘が宙に浮かんでいた。

 小物どもとやらが亜人ドロップキックを食らい、なにやらわめいて坂の下に転げ落ちる。

 何をするかっと続いてやってきた騎士たちも、プンスカ娘たちの足蹴を食らって跳ね飛んだ。


「おおう女どもやるじゃねえか。見た目だけじゃなく腕っ節も」

「脚だたわけっ」

「ぬしも食らうべき輩じゃたわけ」

「消えろたわけ」


 ニャム姫の踵落としを頭に受けたユーリが仰け反る。エヴレンの横蹴りを腹に受けて体勢を崩す。

 とどめにメイ・ルーの後ろ蹴りで舞い上がり、坂の下に落下していくイタチの亜人がクソアマあぁと叫んでいるのを、肝の据わった彼女らがにしし笑いで見送っていた。

 土木作業の誉れたる汚れにまみれた顔がこちらに向けられる。眩しいほどの笑顔だった。

 夜の露天風呂が馳走になるだろう。それまでもうひと踏ん張り、実のある仕事に没頭した。

 夢はまだ続いている。 

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