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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
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夢八十一話

 城塞のなかで行われると思っていた会談がサムライ御殿で開催されると聞いて驚いたのは、遠方からやってきた要人だけだった。

 ホスト側である冒険王・ヤル・ワーウィックは変わり者で、俺との面会を野外で済ませるほど形式にとらわれない人物である。改修中の遺跡宮殿を顔合わせの場所に選んだのは、彼の絶妙な政治的配慮といえるだろう。

 床は木版、アーチ状の石天井、上座には二つの大きな窓ガラスがあり、昼間は光源が確保されるよう増改築されているレンガ造りの謁見の間において、格式ばらないことこの上ない四者会談が始まった。

 長テーブルに向かい合って座り、それぞれが名乗りの挨拶を済ませる。

 冒険王の隣に護衛役の赤い猛牛がいるのは当然であり、アルダーヒル西部の一族、トゥルシナの生き残りたるジュディッタ姫が同席しているのも、各軍閥の共闘という意味では大きい。

 家主としての義務ということで仕方なく、そんな首脳の集まりを見守る当方なのだった。

 サムライ御殿の娘っこたちがメイド服に着替え、給仕などを受け持っているのはご愛嬌というものだ。

 話し合いの内容を聞き流し、ひたすめ見目良い亜人のコスプレを眺めやっていた。


「共闘の主宰は冒険王でかまわん」

「一武人としても将帥としても戦歴を考えれば彼以外にありえない」


 白い竜人と銀髪の魔道士が口をそろえてワーウィック王を推す。

 彫りの深い、中東系の濃い顔をしたイケメンが俺を見た。しかし黒ねじりの槍使いたるタウィ族の青年領主が、あれは勇士であっても将にあらず、と一刀両断に評したことで、満場一致で総大将が決まった次第である。

 ターバンを巻いた王の隣で金髪姫がにっと白い歯を見せている。

 その護衛であるバルクフォーフェン将軍がラウ・クーダーの断言に驚愕しながらこちらを窺うも、その手のプライドなど砂の粒ほど持ち合わせていない俺は、ソファにもたれたまま他人事のようにあくびをかましていた。

 人の上に立つ資格がないのは自身が一番よく知っている。


「生き神さま、お茶」

「おう」


 胸元が大きく開いたメイド姿のエヴレンが、首脳たちにお茶を淹れてからこちらにやってきた。

 すっと屈んでティーカップの緑茶を手渡してくる。

 藤色の髪をポニーテールにした赤褐色肌の谷間を堂々と視姦して、熱いお茶をすすりこんだ。

 見られて嬉しい、と口にした黒がご機嫌で隣に座ってくる。

 

「ウンシンお茶うけ」

「うむ」


 傾国級の美しさを誇るアルビノメイドがエヴレンと同じような動きをみせてから、その逆隣に座り込んだ。

 白い髪をおさげにまとめたメイ・ルーがバター生地のナッツ入り焼き菓子をつまみ、食べてーとあーんしてくる。わが手にあった緑茶をふーふーした黒もティーカップを差し出してくる。

 テーブル側からの白い目など気にする似非サムライではない。

 いくつかの案件を討論しているお偉方をよそに、黒白といちゃいちゃ。会談を冒涜していると誰かがプンスカしてもよいはずだが、サムライはあれでいい、という謎の共通認識を口にした四人は、ジュディッタ姫を交えて協議を続けていく。

 王の近侍たるバルクフォーフェンは巨体ながら不動の姿勢を貫いている。


「卿も座れ」

「いえこのままで」

「話は長引くかもしれん。サムライに椅子を用意してもらうがいい」


 男前の男前な発言を固辞していた近侍が思わず腹を鳴らした。

 赤毛の大男が赤くなったことで、数時間に渡る意見交換の場は中断され、昼食休憩となった。黒白も肉体的な接触行為を中断して立ち上がる。

 昼食は別室ということで、彼女らの案内で首脳たちが出て行った。

 代わりにネコ娘と烏女のメイドが食器を下げにやってきた。

 二人にお似合いですよと告げる。にゃ~と飛びついてくるニャム姫を抱きしめ、エプロンつきのスカートを広げて膝を曲げるミヤマの可愛らしい礼に悶絶しながら仕事を手伝う。

 

「銀どのは昼食会に参加しないのか?」

「会議を見守るのでおなかいっぱいです」

「私たちはその会にも給仕する予定で」

「よきよき」


 めんこいメイドを見送り、今度こそ遠慮のない大あくびを放つ。

 一人になったいにしえの謁見の間で新調のソファに寝転ぶ。

 うとうとしたあと目を覚ませば、外通路から入室してきた壮年の男の姿があった。

 頭に白いターバンを巻いた中東風の男前、ヤル・ワーウィック冒険王だ。

 同じ無精ひげでも貫禄が違う渋い男は、座り直した俺の隣に腰を下ろす。


「そのうち侵攻してくるであろう北の赤備えを迎撃するのはおれと、共同軍の彼らだろうが」

「はあ」

「得体が知れないと連合の味方ですら恐れられるゲレオンの王、虎とも称される怪物には、こちらも切り札を出す」


 一騎駆けしか取り柄がない自分の役割は心得ている。

 ブライトクロイツ二十四将といわれる騎兵団やその他の軍勢は引き受けるから、お前はそのときが来たら赤い虎を討て、との仰せだ。

 単純明快な自分の役目に、わかりましたと頷く。

 個人的武勇で暴れ周り、味方を鼓舞するという役目もあるのだろう。

 歴戦の武将たる女好き紳士は言外にそれを匂わせていた。

 

「北と西を支配したきゃつらと東の我らが中原でぶつかり合う、アルダーヒルの有史以来最大規模の合戦になるだろう」

 

 何十万という軍勢が戦場に集う、と考えがちだが、冒険王からの説明によれば数千単位であるという。

 それが最大規模というのだから、普段は数百の戦いで興亡が繰り広げられていると思われる。

 魔物の数も千を超えることはないだろう。

 それだけに現実感が増してきた。人も魔物も混在しあうであろういくさの日はそう遠くないようだ。

 


§§§§§§



 家主としての義務を一応果たした、と勝手に決め付けておいて、午後からも続く四者会談の場を抜け出した。

 メイド業務の四人娘はそのまま作業続行になっている。その麗しい格好を愛でるのは夜までお預けだ。

 政略的な話になるという首脳の会合にいちいち付き合ってはいられない。

 のちのち彼女たちから内容を噛み砕いてアホに解説してくれるといういきさつになっており、改修が進んだ三階建て宮殿の屋上に一時的に避難した。外の空気を吸い込んでぷはーと息を吐く。

 

「いい夕焼けだ」


 背伸びをしながら丘の下のスラム街を見下ろす。

 さらに遠くの交易市場を見たとき、買い物意欲が沸き上がってお出かけしたくなった。

 城壁から大ジャンプしようとすると、屋上の開いた扉から冒険王の何番目かのお嫁さんが姿を見せた。

 その格好を見て城壁にかけた足を思わず滑らせ、ぶっと吹く。


「似合っているか?」

「……お似合いすぎて仰天しました」


 城壁の上であぐらをかいていると、とことこやってきた大柄メイドの金髪姫がよいせと段差に足をかけてくる。

 恐ろしいことに権力者の妻たる身でありながら、ミニスカートも気にせずの大開脚だ。

 座り込んで長い両足をぱたぱた、凛々しい外見ながら仕草は可愛い。

 クセのある金髪を風に靡かせて、こちらに向かって艶然と笑いかけてくる。


「目の保養です」

「女慣れしない男が二度の褒め言葉、本音だと受け取っておく」

「もちろんでさ」


 冒険王に見られたら決闘ものだなと思いつつ眼下の景色を眺める。

 のう、と声をかけながら相手が肩を組んできた。白い顔が近い。

 同じ白人でも、神秘的な外見の北欧系がメイ・ルー、彼女は濃いめの南欧系な造形だといえるだろう。

 どちらにしろ美人さんには変わりない。


「わらわもいくさに参加する」

「へい」

「相手が相手じゃ。もしわが大剣でも通じぬ敵がいるとなれば、そなたを助けに呼ぶ。なんといっても、ウンシンはわらわの勇者だからな!」


 独歩の心意気が強い彼女が自分の台詞でにしし笑い、それくらい甘えてもよかろうと同意を求めて頬ずりしてくる。

 うへへと応えたがやばい状況だ。


「この四者会談を聞いた東アルダーヒルの中小勢力も共闘に参加してくることだろう。その中にもまだ表立って名が売れていないつわものがいるかもしれん。これから王はますます忙しくなるな」

「ひとごとですねえ」

「わらわは「何番目かの妻」であって第一夫人ではないから、気楽なものだよ」


 長い足を組んだジュディッタ姫が内側に向き直る。

 階段を上がってきたのは何番目かの妻を持つ艶福者、ヤル・ワーウィックだった。


「ジュディ」

「見つかった」


 肩をすくめる金髪姫に堂々と逢引か、と笑いかけながら歩いてくる彼の目の奥は優しい。

 懐が深いと名高い壮年の男が、叩き斬るには大敵すぎる浮気相手だと俺を見ながら冗談を飛ばす。


「会談は終わったのですか?」

「面倒な話は終わった。あとは夕食会を残すだけだ。彼らも」


 妻の問いかけにターバンを頭に巻いた冒険王が黒い瞳を城壁の下に向ける。

 城門の石階段から降りてくるメイドと要人たちの姿が見えた。

 息抜きで外の空気を吸いに出てきたと思われる。


「ウンシンの何番目かの妻たち」

「嫁といいますか娘といいますか」


 ジュディッタ姫の呟きを訂正しながら、覗き込むこちらに気付いた黒白ネコ烏のメイドたちが手を振ってくる。

 付随する三人の有力者もこのときばかりはジト目ではなく、おめえは気楽やなあという顔つきだった。

 日没後の薄明かりが神秘的な色彩を放っている。

 そんな空を眺めて、俺は再び城壁の上であぐらをかいた。

 夢のような光景だ。何も考えずしばらくこのままでいよう。

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