夢八十話
「生き神さま、館に戻ったはずでは」
「ちょっといざこざがありまして」
「背負っている何者かが原因か」
「そうね」
「相変わらず嵐を呼ぶ男だなサムライ」
「おかげさんで」
スラム街へ戻る途中でタウィ族の若い男女と出会う。
エヴレンの館ではニャム姫や白、その付属品たる魔道士、ミヤマと付属品その2の竜が総勢で調理にとりかかっている。
八人の大所帯を賄うために買った大量の食材を考えると、遅くなった今に戻ってもメイン料理にありつけるはずだ。
わが頭突きで気絶した符 智翔なるじーちゃんがうううと唸っている。
石頭が幸いしてたんこぶ程度ですんだそんな東の術師をおんぶしながら、エヴレンの石造りの館に帰宅した。
「では再会を祝して」
「ところで隣室で眠っているおじじさんは誰?」
「気にするな。乾杯」
館にいた料理人たちの疑問をスルーしてグラスを掲げる。
細かいことを気にしないのはニャム姫だけであった。
くぁんぱーいと応じてくるネコ娘がそのまま飛びついてくる。
機先を制する動きに他の娘っこもグラスをチンしてきた。
天然木のテーブルの上に並ぶ品目は煮物揚げ物漬物、米やパンなどの穀物もあって品目は豊富だ。
ビッフェもどきな立食パーティのような形式になっている。
六畳のこの居間に八人と過密のため、椅子やソファは隣室に一時避難させて空間を確保していた。
この時点で冒険王以外の三者が揃ったことになるが、ラウ・クーダーもエディンもエロヒムもこの場で政戦に関する話題は口にしなかった。
意中の相手が無粋な話を望まない、と察したためだろう。
黒白烏、いずれ劣らぬ美人さんをそばに置きながら、彼らは互いに人物を推し量るような言葉を交わしていた。
パートナーらしき相手がいる連中を残して隣の部屋に移動する。
当たり前のような顔をしてついてきたニャム姫も室内を窺う。
ソファに横たわっていた符呪師は気絶状態から回復したようで、上半身を起こして窓の外を眺めていた。わが頭突きの衝撃がいまだ覚めずとばかりに頭を振っている。
「我輩は盛大に負けたみたいだの」
「銀どのを相手にして生き残っているのは自慢していいぞ、東のおハゲさん」
うっかりさんのわはは笑いに悪気はない。頭髪が寂しいバーチャンなるじーさんが広い額をなでてあの部屋はどうなる、と質問してきた。
青羽衆本拠となる遺跡地下のいわゆるジャンプ台のことだろう。
「飛ぶ装置の部屋については手をつけないようミヤマんに話を通しておく。ってか勝手に仕掛けを壊したことに対しては悪いと思っている」
「ごめんにゃ」
頭を下げる俺を見てニャム姫もぺこりと真似をした。
このアルダーヒルから遥か東の大絹国まで「個人的に」行き来するだけならそれを阻もうとは思わない。
なのであの部屋だけはじーさんのものだと補足しておいた。
「そこの様子を見に行きたいんだがよ」
「おハゲさんふらふら。今日はこのままおねむするにゃむ」
「単身で地下に戻ればミヤマん以外の青羽が何者かと騒ぎだすぞ。明日になってから当主たる彼女を連れて戻ったほうがいい」
符 智翔に交易市場で手に入れた東の酒を手渡す。
銘酒を一口、これはウマイと表情を一変させたのんべえが、隣室の若い男女のお騒ぎを耳にしてサムライ一家か、と呟いた。
「ニャムもその一人だぞ!」
「ネコに馬、サソリ、烏。亜人ばかりに好かれとるな」
「人間にもてない銀どのの悪口は許さにゃい」
プンスカのしどころがおかしいニャム姫に事実じゃろと告げておいて、ハゲのじーさんが向き直った。
「遠方に一瞬で飛べるあの装置はな、我輩個人の事情もあって部屋ごと修復したいと思っておる。おのれらが悪用しないという前提があればこそじゃが」
「悪用もなにも、飛び方がわからない」
「我輩に自白させる手があろうが」
「お年寄りをいたぶる銀どのではないにゃむ」
ネコ娘がふんぞり返る。あほを自覚する身としてはそんなややこしい装置を使いこなす自信もないし、大体アルダーヒルの現状を考えれば東にひとっ飛びしている場合ではない。
じーさんのものはじーさんが好きにしてくれと伝える。これの価値がわからないあほでよかったと思わず本音を吐いた符 智翔がイヤイヤさすがはサムライ、とごまかすようにこちらの肩を叩いてくる。
自分が褒められたかのように反り返るニャム姫のむふふんが可愛らしい。
「ウンシン、ここにいたの」
「このごろ離れ離れになっていたというに、すぐ消えてしまう薄情な生き神さまめ。いいからこっちに来て」
ばたばたと慌しくやってきた白と黒に引っ張られ、ビッフェ会場に戻る。
今夜は明け方まで飲み明かそう、と居間にいたミヤマがワインを注いできた。
四者会談の席にいる必要がない俺としては望むところだ。
§§§§§§
男だらけの中庭露天風呂という苦行を終え家屋に入る。
交代して入浴中になった亜人の娘っこたちのはしゃぎ声を環境音楽に、各軍閥の要人へ上物の酒を進呈する。
酒の弱い俺は果汁で薄めたものをちびちび。
木の実を肴にイケメンどもと木板に座り込んで輪を作った。
身一つで成り上がった風雲公は邪神にリンクしたりキレなければ、実に社交性のある気さくな青年なのである。
ハイ・イェンの分家若君や魔道公子といった血筋のよい彼らともタメ口でやりとりできるのは、この無礼講の酒宴ならではであろう。
「ドラーゲンとシストラの両家をこうも簡単に会談の場に引っ張りだせるとは、やっぱりそれってなあ」
女の力だろ、と槍使いが問いかける。
「世界情勢より女の口説きでその気になった。理由としてはこれ以上のものはあるまい?」
「その通り」
白い竜人が窓の外の誰かに視線を向けながら口角を上げる。
銀髪の爽やかイケメンが頷く。
「僕はウンシン天人に借りがある。それでもあの子がいなければ、ジルバンジャーからこうして単身ではやって来なかっただろうね」
「単身? メイ・ルーどのとの二人旅であろう」
エロヒムの突っ込みに至福の時を思い出したのか、エディン公子の端正な顔立ちが崩れた。
それを見て苦笑する彼も、会談に参加する見返りをミヤマから貰い受けていると思われる。
女の武器を駆使する娘たちに支えられて東アルダーヒル勢力の共闘がなると考えれば、男どものちょろさは逆に感謝するべきだろう。
わが身を省みると笑えない。
それについて話し出す二人をよそに、タウィ族の青年がこちらに視線を向けてくる。
「エヴレンは……昔のあの子はもっと気高かったというか、孤高を気取っていた」
「ほう」
今は違うと言いながら木の実をばりばりと食らう。同じ粗雑な行為でも俺とはワイルドさが違っている。
「男、というより誰かに依存する性格ではなかった。それが今は生き神さま、生き神さまとあんたのことばかり口にする。やはりサムライはオレの敵だと思ったね」
「そうかい」
「それが恋か愛か、本人もよくわかっていないようだった。ただあほうなところが好ましくて仕方がない、とのろけていたぞ。なにが言いたいかというとな、戦場では背中に気をつけろってことだ。うっかり槍先でその背を貫いてしまうかもしれん」
酔って目の据わった潜在的な敵将に凄まれながら果実酒を飲む。
うっかり竜気を、とかうっかり風の魔道を、とか乗っかってくる他二人のからかいも半ば本気であろう。
そんな折、わが名を呼ぶ掛け声とともに、バンと木枠の扉が開いた。皆でその方向に振り返る。
「ぶっ」
「ブー」
「ぶふぉ」
俺以外の三者三様な酒噴射が弧を描いた。げほげほむせる彼らにかまわず、胸部と腰に布地を巻いた半裸の娘っこたちが乱入してくる。
待って待って、何を? と鼻水を垂らす野郎たちに一瞥もくれず、ヘソ見せ超ミニの姿の黒白と蒼白い肌の三人娘が俺を引っ張りあげる。
問答無用に連行される先は中庭の石風呂だ。
開かれた扉からにゃーと両手を広げてやってくるネコ娘のすっぽんぽんに、口に含んでいた果実酒を盛大に吹いた。
「ニャム姫、全裸とははしたない!」
ミヤマの一喝が部屋に響くも、叱るほうも大概なはしたなさがあって、腰に手を当てて仁王立ちの彼女に説得力はない。わが左右の腕に纏わりつきながらむううと毛深いまっぱ娘を睨む黒白も似たようなものだ。
「桃が三つ、布にくるまれて震えとる。いい夢だわ」
わはははと笑って隣室からやってきた符 智翔が、黒白の尻をぱちんと叩きながら弾力があるのう若い娘か? とほざいている。
呆気にとられるエヴレンとメイ・ルーが反応を示す前に、命知らずなじーさんは長身のミヤマのぷり尻まで弾いていた。
「いやいや天国、目が回る~」
朗らかなセクハラにプンスカすることなく、気を取り直したミヤマがまっぱなニャム姫を外に連れ出していく。
俺の背中を押して黒白も外に出ようとする。
「サソリ娘と馬娘、大小違えどどちらもえいケツしとるのう。烏も捨てがたい」
さらに追いすがって三つの桃をぴたぴた触り、うむうむ頷くハゲジジイの痴漢行為に、被害者ではなく傍観者がようやく我に返ったのか激昂しはじめた。
「じじい死にてえようだな」
「僕の目の前でふざけた真似を」
ラウレンツが槍を持った。エディン公子が印を結ぶ。
夢だと信じ込んでいるハゲが仰け反りながら笑っている。そんな間抜けな光景を見守る俺のリアクションは薄い。黒白が叫ぶ。
「やめいラウレンツ! 酔った年寄りの戯れじゃ」
「ウンシンは泰然としている。エディーもそれを見習うべき」
雌の一喝に雄が押し黙る。竜人エロヒムといえば、いつのまにか中庭を窺おうとしてミヤマから踵落としを頭に受けていた。
その際振り上げられた長い脚からナニが見えたのか、頭ではなく鼻を押さえて蹲る彼が震えながら、これが返礼かと感極まっている。
年配が笑い、若者二人が歯軋りをし、竜人が悶絶する異様な部屋から中庭へと抜け出した。
触られまくったはずの彼女たちは一切気にした様子もなく俺の服を脱がし、石の浴槽に誘導して後から入ってくる。
五人の露天風呂はキツキツの満員状態だ。
時間差を置いて館のなかの喧騒が聞こえてきたが、寒空に浮かぶ月の光に風流だねえと知らぬ存ぜぬを決め込む。
天国なのはじーさんではなく、四つの花に囲まれた俺であろう。
よい夢を見られるように、遠慮なくその花を見て愛でた。