夢七十九話
当初の予定から大幅に遅れて、数十日ぶりに冒険王のお膝元に戻ってきた。
このときにはすでに黒と白が目当ての人物を該当地から強引に連れてきた後だった。
改修工事中の遺跡宮殿の近くで、久しぶりの一同顔合わせとなっている。
そのなかでも黒の名前を何度も呼び、念願の再会を果たしたラウ・クーダー風雲公が感極まって相手を抱きしめている。劇的な瞬間を目にしたわれわれは、声もなくそれを見守った。
エヴレン、エヴレンオレだと繰り返す風雲公は、腕の中の彼女を抱きしめたまま動かない。
「ラウレンツ……?」
成り上がりの青年領主がタウィ一族だと知らずにいた黒の反応は、その手で藤色の彼の髪を引っ張り、赤褐色の肌をさすり、自分と同じだと呟きながら、抱擁してくる相手の顔を見上げていた。
「ラウレンツ・クーダーという名は知っているが」
「今はラウと名乗っている。それでオレがオレだとわからなかったのか」
「本当にわしの幼馴染のラウレンツか? あれは武者修行に出たきりで」
「修行は終わった。あとはお前を迎えるだけだ。でもその前にやることも多い」
エヴレンが過去に初恋の男は去った、と語ったのを覚えている。それがこの風雲公なのだろう。
隣にいるメイ・ルーが俺の手を握ってきた。逆隣のミヤマも同じくそうしてきた。
背中に張り付くニャム姫がにゃにゃ、と感嘆をもらすその後ろから、二つの冷ややかな視線を感じる。
深緑のローブをまとった銀髪イケメン、エディン・シストラ魔道公代理。オールバックで鉛色の髪をした白鱗の肌の青年が、エロヒム竜人公代理だ。
前者は白に、後者は烏にそれぞれ入れあげている。
ゆえに早期に叶った四者会談というわけで、どこの世界もやはり縁故やねと思いながら、少し離れた場所にいるタウィ族の男女を続けて見守った。
「それにしてもここに宗家がいなくてよかった。後詰の面目で後からやってくるのはあれにとって幸いだ」
「たしかにドーティ卿なら間に割り込みかねないな」
エロヒムの感慨にミヤマが返答する。あれの邪魔はいかんだろうと言ったハイ・イェン一族の若君だが、逆の立場ならドーテイと同じ行動をとるはずで、そんな彼の他人事に、ミヤマは苦笑しながら頷いていた。
「つもる話もあるだろうから、メイたちは修復作業に戻ろう」
「歴史的価値がありそうなこの宮殿には興味がある。引き続き改修を手伝いましょう」
白のパートナーは譲らぬとばかりな魔道公代理のさり気なさに続こうと、白い竜人が宮殿地下の青羽衆本拠へと新当主を誘う。
「卿に言われるまでもない。ニャム姫とウンシンどのが発見したという地下洞の探索もせねば」
「お供しよう」
くっつくな、と烏女に蹴られるハイ・イェンの次期当主は忠犬のように後に続く。
「銀どのはどうするにゃむ?」
「今夜は酒盛りになりますんで、交易市場で食材を買い込むために、いったんエヴレンの館に戻りますぜ」
「じゃあニャムは館で料理を手伝う!」
「ありがとね」
ニャム姫の頭をわしゃわしゃしながら丘陵を下る。
「生き神さま」
エヴレンのかすかな声が風に乗って飛んできた。ような気がした。
彼女に手を振る。夕食作って待ってるぞと手を振る。
手を振り返してくる黒の笑顔を見たついでに、すぐそばでなんともいえない表情を浮かべているラウもといラウレンツを確認したが、あまり気にせずゆるやかな坂を下った。
§§§§§§
ニャム姫とともに大陸交易通路の市場で飲食の品々を手に入れ、スラム街へと向かおうとしたとき、東側の大通りから突進してきた何者かにフライングチョップを食らいかけて思わず転倒した。
自身はともかく買い物の食材やらを台無しにされてはたまらない。
「何をするにゃ!」
荷物を置いたネコ娘がいきり立つ。日没前の騒動になんだなんだと市場帰りの野次馬が群がってきた。
「見慣れない格好の胴着だな。東からの流れもんか?」
「昔は大絹国の宮廷術師じゃったわい」
ジジイ声の道師とやらがプンスカしながら魔道の知識がある何者かに吼えた。
集まってくる老若男女に舌打ちしたジジイが、こっちにこいと顎をしゃくる。
何の用だと問いかけるも人気のない丘陵地帯に連れ出そうとする道師に付き合うために、あえてニャム姫に荷物を任せ、先に館に戻るよう言い含めた。
「ニャムも一緒にいたいにゃむ」
「料理を姫に一任するのだ。大役だぞ」
「にゃ」
料理長、頼むと敬礼すると、彼女もそれを真似して返してくる。
手のひらをタッチしあってネコ娘と別れ、いい加減暗くなってきた丘の上で得体の知れない道師と向き合った。
「我輩は符 智翔。おのれはサムライ・ウンシンじゃな?」
「お、おう」
頭に茶色のハチマキ、茶色の胴着を着た定年前のような白髪のジジイが髭を震わせてつかみかかってきた。
「なにするだ」
「あの遺跡の地下を家捜ししたのはおのれじゃな!」
「え。あ」
「結界代わりの護符を貼り、内側から鉄板の施錠を施し、侵入されないための厳重な対策をしておいたに、それをあっさり突破しやがって」
「あー。あの地下で生活してたのはじいさんだったのか」
「おじさんと言え小僧」
「ハイ」
怒り心頭のジジイは東大陸の果てにある大絹国という統一国家の出身らしい。
宮仕えを辞してこのアルダーヒルまで流れ着き、誰も使用していないこの遺跡の地下に住み込んで諸国を漫遊していたと語った。
そのなかの一室に方陣や護符をしつらえ、生国とこちらを行き来できる装置で時をかけず長距離を移動していたのだが、その遺跡の持ち主になった俺が地下に訪れ、その飛ぶ装置の座標を乱したことで帰還できなくなった、とどなってきた。馬やラクダを使ってようやく戻ってきた、と疲労感を滲ませながらも当方の首を絞めてくる。
「あれは便利なもんじゃがずれた位置からでは飛ぶことはできん。戻れぬとわかった時点でサムライのやったことだと思うたわ。至高の霊気を放出するおのれの動向は常に注視しておったからな。今あの地下洞はどうなっとるんじゃい」
「うちの身内が影衆を再興させまして。そこは本拠地になってます」
「え」
「おじさんの棲家は青羽の秘密基地になってますな」
「わはははそりゃええわ」
どこがいいのか、皺深い両目は一切笑っていない。
符呪師の怒りを食らえと漢字のような文字が記されている札を取り出し、それを投げてくる。
視界が揺れた。どうやらこの術は精神的に作用するものらしい。
足元も札で固定された。これが感染呪術というやつだろうか。
首を絞められた際に髪の毛を抜き取られていたようだ。
体もほとんど動かない。肉弾戦にも自信があるのか、歴戦の武人然としたジジイがとどめとばかりに拳骨を大振りしてきた。こちらは自由が利く頭部の額で迎え撃つ。
殺しはせんという声に対し、ジジイ死ぬなと祈る俺だった。