夢七十五話
草原の丘陵に建つ遺跡、サムライ御殿の修復がここにきてだいぶ形になってきた。
丸い天蓋の四つの見張り塔、三十メートルを超える三階建ての高さの壁、最上階に王の礼拝堂が建てられているという赤みがかった石造りの宮殿が、外観だけでも蘇ったのはめでたいことだ。
入り口の階段や階段両側の壁をはじめ、補修部分は俺が岩場から切り出した白い岩石や干しレンガで舗装されており、つぎはぎだらけでおせじにもいい見栄えだとは思えない。
しかしながら城壁側面には木造バルコニー、アーチ状の窓や扉が設置され、生活重視の形態になっているのは注文通りだった。
手練れの身内がいる以上、防御面での不安などあまりない。
青羽の再興を地下の秘密基地で果たしたミヤマとその一族たちは、数十人の生き残り総出で工員となり、拠点の改築や掃除任務についている。
増員されたことで遺跡周辺はやにわに騒がしくなり、その身請け人になった当方やニャム姫もそのお世話に忙殺されていた。
自身の配下ではない影の集団を城塞のお膝元に抱える成り行きになった冒険王だが、これに関しては嫁の一人であるジュディッタ姫に口添えしてもらった。
政治的野心のないあほな勇士とそれに絶対の忠誠を誓う影働きの精鋭を切り札に持つ、と外に知らしめるのは悪手ではないと説得したようだ。
「若き新当主が手下を連れて地下からやってきたぞ」
金髪姫が城門を経て白い石階段を下りてくるミヤマと幹部二人を見上げた。
三階建ての城壁の上から顔を出していたニャム姫が、その階段両側にある壁の上に飛び降りてくる。
数十メートルの高さをものともせず、二段三段と足場を移り飛び、我々の目の前に着地した。
「ニャムもいるぞ!」
ネコ娘を抱きとめながら、中羽のコクマル(おっさん)、交渉方の上羽ワタリ(坊主頭)を従えたミヤマを出迎えた。
跪く幹部を起こす二人の姫をよそに、当主の証たる模様を頬に施した彼女がフードを下ろす。
俺が持ち帰った木製の看板を青羽の屋号として地下基地に設置した、と烏女が告げてきた。
それをもって再興の一歩とさせていただく、と彼女までも膝をつきかけたので、咄嗟に抱きとめた。
長身の相手を抱きしめたところで、お姫様たちがあーっと声を上げる。
「昼間から外で抱き合うとは許せん」
「ミヤマんにこにこにゃむ」
「まあまあお二方」
「ご当主は後継者作りの相手をウンシン様以外に求めない、と断言しておりまして。多少のふれあいは大目に」
火に油を注ぐコクマル、ワタリの取り成しに姫様たちがなんやて、と柳眉を逆立てる。
この場にエロヒムがいなくて幸いだった。
宗家たるドーテイとともに、ハイ・イェンの次期当主である二人は黒を連れ、一時ドラーゲン城塞に里帰りしている。
魔道公シストラ家のもとへ交渉に旅立った白といい、古株が離れ離れになっている今のうちに、とミヤマが独語していたが聞かなかったことにしよう。
「はよ改修作業に戻れい!」
「ミヤマん盛りすぎ、そう簡単に子など作らせるかっ」
プンスカ姫たちに追い立てられる青羽衆がそそくさと姿を消した。
離れ際にちゅーの早業を放つミヤマの抜け目なさに、コラーと追いかけるジュディッタ姫の怒声がサムライ御殿前に響く。
「ジュディも同じかもしれないけど」
薄ピンクのネコ娘が金髪姫の背中を見送りながら呟いた。
「ニャムにも……帰る家がもうないにゃ」
「姫の居場所は」
「うむ。ここにゃむな?」
耳をたたんだニャム姫の寂しそうな横顔がこちらを向いたとき、それは笑顔に変わっていた。
それがやせ我慢だということを俺は知っている。
彼女の生地たるツインコーツィ城塞は現在、浪人から成り上がった風雲公の本拠として使用されている。
黒の幼馴染らしいラウ・クーダーなる槍使いは、以前から内乱状態だったツインコーツィ領の混乱に乗じて鷹の影衆とともに城を落としたというが、当主たるワム・ツインコーツィ獣人公を直接討ち取った、との話は聞いていない。
内乱の原因となった何者かがすでに獣人公を毒殺していたとの噂もあって、この子の仇の存在ははっきりしないのが実情だ。
混迷する情報のなかで何が正しいのか、妹たるニャム姫も知りたいところであろう。
四者会談のなかにそんなあやふやな仇がいることに耐えられるだろうかと思ったとき、すでに俺はネコ娘に対し、里帰りしてみようと提案していたのだった。
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サムライ御殿に腰を落ち着ける暇もなく、今度はツインコーツィ城塞が旅の目的地となった。
ニャム姫の独り言におせっかい野郎がお誘いの声をかけたのが発端だが、二人旅ではなく再興した青羽衆の当主が同行しているのは計算外だった。
「ウンシンどののいるところ我あり」
「ミヤマんとは付き合いが長いからしょうがないにゃむ」
強い意志の烏女の姿に、ネコ娘は肩をすくませながら手下どもはいいのかにゃと尋ねている。
「留守の間は上羽のワタリに指揮を任せた。今のところ我らの任務は拠点の改築にあって諜報活動ではない。私がこの人のそばにいるべき以上の使命などありはせん」
「子作りしようてかっ」
ニャム姫が尻尾を逆立てる。それをあえて否定しようとはしない濃紺装束のミヤマなのだった。
「エヴレンどのもメイ・ルーどのも私もジュディッタ姫も……身内に起こった災難に対して、ある程度の心の整理をつけている。そんな旅がニャム姫にもあっていいと思う」
「ニャムの気持ちがわかるもんか、と言えない面子ばかりじゃなあ」
「ウンシンどのに言わせると、私たちはみな身内だから」
高原を駆けながらの会話に、うっかりさんがウムと頷いて白い歯を見せた。
しかしお家再興で幸せ一杯なミヤマんにはニャムのぼっちはわかるまい、と悪ぶっている。
「この人の子を産めばぼっちではなくなる。私もそれで子作りをしようと」
「おー」
息を切らさず走り続ける亜人の背中を見ながらぶっと吹いた。
「必要なのはお色気か!」
「その通り。この勇士は女に弱くとも堅物ゆえ、なかなか攻略は難しいが」
「夜這いがいいにゃむ?」
「真っ向から抱き合わないと意味がない」
「ふーむ」
彼女たちのやりとりをひたすらスルー。
黒白と同じような目論見を聞き流しながら、四人を孕ませた場合を想定して身震いがきた。
力だけのあほを種馬にしたがる美人さんたちの見る目のなさはどうだろう、とか煽りたくなったものの、実際見る目がないと返されるだけだと考え直して首を振る。
この旅から戻ったときには四人の娘っこたちが勢ぞろいするはずで、サムライ御殿にみんなして住みあう以上、当方は自身の体をナニな意味で守らねばなるまい。振り返るネコ娘と烏女が俺の懊悩を見て舌なめずりしている。
獣の微笑みを受けて作り笑いを返した。
夜はお酒で酔い潰していい夢でも見てもらおう。