夢七十四話
風雲急を告げる世界の情勢とて、のんびり力仕事な毎日に変わりはない。
そんななか、修復のめどが立った宮殿のとある部屋で、地下につながる隠し扉を発見した。
砂埃にまみれた鉄板の蓋をそいやと持ち上げる際、厳重な留め金やら護符のようなものをを力任せに引きちぎったものの、アホサムライとニャム姫という面子に考察の二文字はない。
薄暗い石階段の下からよどんだ空気が漏れてくる。
それでも考えなしのお気楽組はランプを手に階下へと進む。
ネコ娘に預けている数珠からの霊気だけで光源は十分なものの、形だけでも持っておこう。
閉じられた空間だったそこは、扉が開放されたことによって騒がしい風の音を生んでいた。
坑道のような地下一階に降り立つ。まるで洞窟のなかに等しい狭い通路を抜けると、石畳の廊下があらわれた。白い壁やアーチ状の柱など、いにしえの王侯貴族が使ったのかと見まがうほどの造りになっている。
「かつて地下というのは王様の最後の逃げ場だったはず」
「ほう」
「しかし今では牢獄として利用する軍閥が多くなっているにゃむ」
「この地下遺跡はどうだろう」
「牢は見あたらにゃい。この遺跡に限ってはたぶん王様の隠れ家」
「ほうほう」
ネコ耳や尻尾をふりふり、数珠を手にニャム姫が薄暗い周囲を駆け回る。
後に続いて見てみれば、確かに生活するための施設が各部屋にあった。
暗がりの中でも石の浴槽や木のベッド、テーブル、地上の遺跡に続いているかのような通風口、排水溝らしきものも発見した。
寂れた地下施設というより、現行で使用されているような生活感が見受けられる。
上階の本館ほどではなくとも、寝室、浴室などの部屋とともに多数の人数が詰めることができる大広間もあり、その間取りは俺が増築しようとしていた別館の条件を満たしていた。
大掃除をはじめ空気や人の出入り口を増やす改修が前提だとしても、ここは男のロマンをくすぐる秘密の地下基地になるだろう。
「にゃ?」
物思いに囚われているうちに、ネコ娘の疑問の声が聞こえてきた。
彼女の近くに歩み寄ってみれば、 数あるアーチ状の部屋のひとつに、護符らしきもので出入り口が封鎖されているのを発見した。地下への扉よりさらに厳重になっている。
「ニャムが殴っても壊れない」
「それはかっちかちですね」
数珠を手にしたケモ娘の正拳突きでも破れない封印の強度を考えれば、これを施した術士の力量は相当なものと考えられる。
この地下一帯はその術士の住処なのだろうか。そう考えつつ、妖気を感じさせる護符の通行止めを蹴り破る不法侵入者なのだった。
「銀どのに不可能はないにゃむ」
スキップしながら中に入ろうとしたピンクの髪の娘っこより先に進む。
六畳ほどの広さの部屋には方陣らしきもが地面に敷かれ、さらに難解そうな文字の護符が貼り付けられていた。
祈祷所なのかどうか、アホには理解しかねる。しゃがんで地面を調べていたニャム姫が、これは「飛ぶ」装置にゃと説明してくれた。
「ニャムの城にも似たようなものがあったぞ。他の軍閥の城塞にもこれがあるはず。お抱え魔道士を持つものなら必ず飛べる術士を「目」として使っているにゃむ」
「ではこれは冒険王の」
「たぶん違う。城塞からこの地下まで距離がある。頻繁に使うには不便すぎるにゃ」
ならばこれを使っているのは誰だ、と疑問が出てくる。
しかし護符が貼り付けられた扉を蹴破って中に入ったことで、飛んだ術者は帰ってくることができない、とニャム姫は断言していた。
「これで飛んだ何者かは、ニャムらが土足で踏み込んだことで帰る術の機能を失った。自力でここまで戻るしかないにゃむ」
「ひどい話ですねえ」
「今頃ここの術者はおこりんぼになってるぞ!」
あほうとうっかりさんの笑い声が地下洞に響く。
どちらにしろこの遺跡の所有者たる自分からすれば、この地下室もわが家なりということで、いずれ術者と話をつけなければならない。
平和的に話し合うという状況にはならんだろうなあと思いながら、この地下は影衆たる青羽が使えばいいんじゃねと考える小悪党なのだった。
§§§§§§
同日中に、埃砂まみれになりながら地下基地のお掃除にとりかかった。
どこぞの術士が生活していたのか、荒廃ぶりは上の階ほどではないので、再利用はこちらのほうが先になるだろう。
ひと段落つくまでに地上と何往復したのかすでに忘れている。
汗だくになった俺とニャム姫が外の風を受けるころには、空はすでに暮れかけていた。
カーカーと聞き及びのある鳥の声を聞きながらエヴレンの館に戻る。
途中で大陸交易路の市場にてお買い物。食いしん坊のうっかりさんを満足させるべく、買い食いついでに飲食の品々を購入して帰宅した。
煮込みシチューや串焼きの日干し魚、肉などをもふガフする彼女をよそに、中庭にある石造りの浴槽に沸かしたお湯を投入し続ける。
建材の残りで薪代わりの木に事欠くことはない。
夕食を終え、おなかぽんぽんなニャム姫にお風呂どうぞと勧めておく。
飛び跳ねて中庭に向かうご機嫌さんな背中を見送って、残ったナンのような主食をシチューに浸して口にする。
外から聞こえてくるにゃにゃにゃにゃ~という歌声を聞きながら、歌い手ばりのもふガフを展開していると、にゃにゃにゃの歌詞がふんぎゃーという叫びに変化したことに驚いてお茶を吹いた。
俺を呼ぶニャム姫の声に木の扉を開けて中庭へ駆け込む。ランプでライトアップされた夜の風呂場には薄ピンクなネコ娘のまっぱな姿があったが、空から舞い落ちてくる濃紺の羽に気をとられて上を向いた。
「おお?」
「最初は敵襲かと思ったにゃむ」
天を仰ぐニャム姫のぷるんぷるんをなるべく見ないように目を凝らしていると、つむじ風とともに濃紺の影が姿をあらわした。
おかえりーと告げる付き合いの長い彼女に対し、その影は手を上げるのみで膝をついたまま息を荒げている。
「文字通り飛んで帰ってきたのかミヤマん」
「……一族の交渉方だったワタリが見つかった。それで」
「ほうハゲのおっさんが息災だったか!」
知り合いゆえか、容赦ないニャム姫の呼び名だ。思わず自分の頭皮を触る。
呼吸を整えつつミヤマが立ち上がった。探索を切り上げて身一つで帰ってきた、と俺を見ながら目元をほころばせている。
「下羽を取りまとめるコクマルもいることだし、後は二人の幹部に任せることにした。後方で吉報を待つのも当主の務めだ」
「にゃははは、そんなこといって銀の霊気どのに会」
ネコ娘が湯のしぶきを受けてぶっと吹く。俺が吹いたのと同時だった。
濃紺の胴着を脱ぎ捨てた影の棟梁がその下の衣類もポイーして、石の浴槽に飛び込んだからだ。
「わっぷ」
「長距離走の果てで汗をかき、疲れもたまっている。お邪魔するぞ」
「したあとで何を言ってるにゃ!」
天然の泡立ち活性剤を手ぬぐいに浸し、湯の中でばしゃばしゃと泡立てる。
体を洗うまっぱの美人さんにまっぱの可愛い生き物が、こりゃなにをすると抗議している。
「汗臭い体ではウンシンどのに背中を流してはもらえぬ」
「それはニャムがしてもらうのにゃ!」
背中を流すのに綺麗にしてからというそんなルールはないし、ネコ娘にそんな約束をした覚えはない。
一族の生き残りをさらに得た烏の喜色満面に口を挟めず、ピンクの顔を真っ赤にさせて一番はニャム! と吼えるうっかりさんにも抗弁できず、湯を足しに焚き場と露天風呂とを往復する作業に集中した。
それが一段落したところで、蒼白い肌と薄ピンクの背中を同時に、両手を駆使してごしごしするイエスマンなのだった。
石の浴槽に腰掛ける白とピンクのくびれが素晴らしい。しかしながらその下の桃は見ないことにする。
果実酒を二つの杯に注ぐ。これも俺の役目である。
夜の空に乾杯する娘っこたちを見守りつつ、お湯の補充を繰り返す。
自然に沸くほんわかした感情は父性であろう。けして劣情ではない。
「銀どのは遺跡の地下室を青羽の本拠地にすると断言していたぞ。掃除のときに聞いたにゃむ」
「秘密基地のような場所ですぜ」
木製の桶を持つ俺のにへらにミヤマがこちらを振り向いた。
ぼいんぼいんを見ないように目を逸らす。
逃げようとして襟足をつかまれた。湯面に引きずりこもうとする青白いまっぱ娘の頬ずりを受けた時点で、もはや逃走は諦めている。
脱がせ脱がせとニャム姫も甘乗っかりしてきた。しょうがないので自分から脱衣する。
「明日は三人で秘密基地に行こう」
ネコのそんな誘いに烏が目を輝かせておーと応じている。
それはかまわない。しかしいちいち立ち上がらないでほしい。四つの揺れが気になって仕方がない。
曇の流れに月が見え隠れ、そんな夜の空を肴に酒をあおる。
再興の夢が叶いつつある、という女当主の言葉を耳にして、俺はめでたいなと呟いた。