夢七十二話
干しレンガ造りに勤しむ。繊維質の植物、砂、灰などを混ぜ水を加えてこねこね。木枠にはめこんでならし、枠を抜いて板版の上に並べ、乾燥させる。
サムライ御殿の補修建材の作成において、素人は職人たちのフォローに回る。
ニャム姫やメイ・ルーとともに、泥だらけになってのお手伝い。
労働の尊さを知る作業が連日のように続くなか、ここにはいない身内のことをふと口にした。
仕事終わりの夕方のことである。
エロヒムを連れたミヤマ主従がかつての山塞に旅立ったことで、南の砂漠地帯にあるオアシスに滞在してはや半月以上という黒とドーテイを思い出したのだ。
「あれはあれで元気にしているはず。嫁の里帰りが多少長くなろうとも、ウンシンはどーんと構えていればいい」
「そういうメイ・ルーは里帰り……じゃない、かつての棲家だった森からの帰還は早かった」
「メイの場合は木の家の周りに張った結界を解除して、それに使用した護符とか小物とかを持ち帰ってきただけだから」
「メイルんのおかげでエヴレんの館の物置が満杯になったにゃむ」
ネコ娘の言葉に館の主が帰るまでに整理する、と答えた白が結界をこの砦に張りなおすかも、と付け加えていた。
「ありゃ、城塞からお使者がやってくる」
目も耳もよいニャム姫が、夕日を受けて赤く染まった丘からやってくる誰かに気付いた。
「ジュディかな?」
金髪姫のあだ名を呼びながらネコ娘が飛び跳ねた。俺も白も彼女を追って石の階段を下り、あぜ道で待ち受ける。
馬を駆ってきたのは大柄な女剣士ではなく、巨漢の騎士だった。
「ウンシンどの!」
「バルクフォーフェン将軍」
「またお使いの要請かにゃ」
「そんな暇はない。いい加減おうちを建てないと」
二人の娘っこのイヤそうな表情に、赤い髪の猛将は豪傑らしくなく肩をすくめている。
しかし少なくとも急にどこかへゆけ、とかいう用件ではないようだ。
「冒険王が会見をお望みです。いつものあの牧場へお越しください」
「へい」
この際行く行かぬの問答は無用。夜が近い。焚き火で暖をとりながら、会見の場は屋外での語り合いになりそうだ。
§§§§§§
以前にも訪れた城塞下の公営牧場で、久しぶりにヤル・ワーウィック冒険王と対面することになった。
今回は東屋のような場所で火を焚きながら、設置された簡易な木椅子に座る。ブラウンのチリチリ頭だというのに、中東系の彫りの深いイケメンと向かい合っている。
同じ無精ひげでもワイルドさと渋さが俺とは段違い。そんな権力者が頭に巻いていたターバンを膝に置きながら、今回の用件について話し始めた。
ちなみに同行者はネコと白、向こうは赤い猛牛がいるのみだ。
「風雲公の台頭に対応すべくサムライには西へ東へと手間をかけたが、もはや東部アルダーヒルだけの問題ではなくなってきたようだ」
「とは?」
名産のワインを口にして一息置いた冒険王が、ガラスの杯のなかを見下ろしながら言った。
「古来より北の騎馬民族は幾度となくこのアルダーヒルに南下し、征服したりしきれずに引き上げたりを繰り返してきた。そしてここ近年、各地に散らばっていた彼らの末裔たちがかつての大勢力をもう一度、と夢見たかはしらんが、互いに糾合しだした」
それが北東に広がる草原の民、大小数十の長の集合体たるゲレオン連合王国だ。そう言い切って冒険王が残りのワインを飲み干した。
「それぞれ部族は代々騎兵戦の達者揃い。なかでも選りすぐった二十四人は猛者として世に聞こえている」
「ブライトクロイツ二十四将にゃむな」
「うむ。ここにいる赤い猛牛と名高いバルクフォーフェンもな、その一人だった」
にゃんと、と驚くニャム姫に続き、俺も白も仰天して巨漢の赤い騎士を窺う。
「王国から出奔したのは数年前のことで、王にお伝えしている内情は古いかもしれぬが」
焚き火を挟んで照らされる猛牛が俺を見る。その目は意味深に、誰かと比較しているようだった。
「連合を束ねる盟主は尋常ならぬ魔物だった。拙者や他の長のように騎馬の民かどうかもはっきりしない。あの「虎」は、今も子飼いの蜂や蜘蛛のような魔物を各部族に送り込み、長を暗殺し、騎兵団を乗っ取り、王国の統一化を図っているのだろう。われら牛の一族も同様になりかけたが、なんとか数十の身内を連れて亡命することができた。そして放浪の身を拾ってくれたのがヤル・ワーウィック冒険王だった」
「数十とはいえ赤備えといわれる練達の騎兵やバルクフォーフェンほどの猛者を他の軍閥が放っておくはずがない。おれはおれ自身のために真っ先に招待しただけのことさ」
会見か酒盛りか判別がつかない乾杯が続いている。そのなかで俺も情報を提供することにした。
風雲公が青羽衆の山塞でゲレオンの偵察部隊と干戈を交えていた、と伝えると、チリチリ頭のイケメンが状況はそこまで進んでいたのかと眉をひそめている。
「ラウ・クーダー風雲公とやら、ただの成り上がりとは思えぬ聡い男だな。まだ青年だと聞くが、東部の軍閥のなかでは情勢の変化に対する動きが最も疾い。邪神の槍使いならではの嗅覚というやつか……」
「そいつはニャムの仇。ツインコーツィの城を奪い取った男が野心よりも北への備えを優先するほど、事態は切迫しているというわけかにゃ」
ピンク色の顔をしたネコ娘が蒼白になりながら拳を握り締めて震えている。
他人事ではない白がその背中をさする。思わず当方も彼女の肩に手を回した。
「風雲公だけではない、東アルダーヒル全域の軍閥が手を組まねば、あの連合王国には対抗できない。ただの一勢力ではジュディッタのベルグラーノ城塞のように」
夫たる壮年の男が顔をしかめて言葉を切った。
先日ヤルミラ女史から聞いたベルグラーノ城塞陥落という情報通りのいきさつを、猛牛が補足してくれた。ゲレオン側の大々的な戦勝報告で、アルダーヒル全土の軍閥が知ったようだ。
金髪姫の兄上、グレイグ・ベルグラーノ・トゥルシナ当主代行と一族郎党、城塞内の戦闘兵の大半が討ち死にした、と続けて牛は語った。
妹を頼む、と何かしらの覚悟を当方に見せていた金髪マッチョマンは、このことを予想していたのだろうか。
病気がちの当主であるウイダル・ベルグラーノ老公は行方知れず、生死もわからない。
ここ最近ジュディッタ姫が姿を見せない理由を知って声をなくした。
「東の大勢力といえばわれらが冒険王、シストラ魔道公、ハイ・イェン竜人公だが、さらに風雲公も加えたこの四勢力で連携するのが大前提になるだろう。他の中小の軍閥が敵につくか否かもそれで変わってくる。ウンシンどのが魔道公や竜人公との縁故を持っていた、というのはこの際有難い」
「なるほど」
バルクフォーフェンの見解はもっともだ。確かにかの二つの勢力に対しては太いパイプがある、と自賛させていただこう。
白に好意を持つエディン・シストラ公子、黒と烏に夢中な次期当主の若き竜人たち、彼らを理ではなく情だけでこちら側に留め置くことができる関係を、うちの娘っこたちは構築している。
外交戦略の主導権を握る彼女らに対し、平身低頭に頼み込むのが政戦ともにセンスがないアホにできることだ。
エヴレンやミヤマが帰還してからまとめて話すことにしよう。
お使い野郎とお得意様との酒飲みは世界情勢を左右する壮大な流れになったものの、一個人で動くしかない俺が何を期待されているのか、それは後々に知らされることになる。
とにかくも冒険王が東アルダーヒルの有力軍閥と共闘する考えなのは承った。
まずは四者首脳会談、その渡りをつけるのが今回の仕事らしい。
気楽な夢を見たい気分になって、ワイン盛大にあおった。