夢七十一話
エヴレンの館に戻り、修復建材の調達のために、樹海近辺の山と遺跡を往復する毎日がまた始まった。資材置き場での休憩がてら、力仕事を手伝ってくれているネコ娘が近くの岩に腰かけながらふと疑問を口にした。
「銀の霊気どのはミヤマんと青羽衆たちの再会に立ち会わなかったにゃむ」
彼女から受け取った水筒を傾けながら、邪魔はいけませんと返答しておく。
「中羽のおっさんが大泣きしてたぞ。あらたまってミヤマんと主従の契りを交わしていた」
「それは何より」
「一族水入らず、というにはイェロヒム卿が邪魔だったにゃ」
「忠実なる護衛が竜気の使い手。配下の羽以上に頼もしい。結構結構」
今日も曇天。肌寒くなってきた空を見上げながらあくびを放つ。ニャム姫もつられたのか、背伸びしながらふぁ~と息を吐いている。
「どんどん出来上がっていくサムライ御殿。みんなと一緒に住むのが楽しみ」
ふと口にした彼女の台詞で、この遺跡の名称が即決した。
改修工事が進むいにしえの建築物を見ながら、その名はいいなと立ち上がる。
年齢二十三歳頭の中は十三歳、女に弱いどあほうがニャム姫に囃し立てられ、上半身裸でふんぞり返っていると、階段下の丘陵沿いの道から白と青羽主従がやってきた。
「ウンシン!」
「おうメイ・ルー、おかえり」
南の隠れ家から戻ってきたアルビノ美少女を抱きしめる。長い髪をなでているうちに、汗まみれの上半身だと気付いた。
彼女が抱きついて離れないので、しょうがなしにミヤマら影衆をそのまま出迎える。
感謝の言葉を述べてくる彼らによきよきと適当に応えておいた。
そんなおっさんと下羽二人を誘い、ニャム姫が新しい青羽の拠点を案内するにゃと飛び跳ねる。
「われらが本拠がここに造られると?!」
吃驚仰天な影たちが予定地に向かい、ネコ娘の後を追う。
白を抱いたままミヤマにもおかえりと告げた。
「ウンシンどの。コクマルたちを守り、青羽の遺品の品々を持ち帰ってくれた心遣いに、あらためて礼を」
深々と頭を下げるミヤマの挨拶をかしこまって受ける。恩を受けたと恐縮する相手の気持ちを楽にするためにもそれは必要なことだった。
メイ・ルーを抱いたままというのが舐めた態度と見えなくもない。しかし当方のでたらめに慣れた彼女はそのまま礼を終えて姿勢を正し、気にする様子もないようだった。
顔を上げたミヤマの美しい顔に、なにやら見慣れぬ模様が施されているのを発見して、なにそれと疑問を口にする。
「歴代青羽当主は頬に青塗りの紋章を描いて任務に当たる。貴方が持ち帰ってくれた木箱のなかに入っていたものだ」
「ああ、あれか」
「当主を示す化粧。ミヤマん似合ってる」
影の当主に振り向いた白が頬の模様を物珍しそうに見つめながら、いい柄だと呟いた。
「しかしウンシンどのの私室に身をおく場合はただの女、これは必ず落としてからにする」
濃紺の髪を風に揺らしながらミヤマがはにかんで笑っていた。当主は化粧を施す、などと極秘情報を聞くも、身内だからいいかで軽く受け流す。
完全に乾くまで時間がかかる漆喰煉瓦の外壁を眺めつつ、城門を経て屋内に入る。
本殿をはじめ各区画には、木組みの隙間に煉瓦を入れて崩れた壁を組み立てる職人さんたちの姿が見受けられた。漆喰だけではなく天然アスファルトのような接着剤で貼ったり繋げたりを手伝ったこともある。
これはヤル・ワーウィック冒険王が所有する領域から産出される特定資源らしいので、他ではあまり見ることはない。
その固着力に瞠目しながら石畳の階段を上がり、おっさんたちとニャム姫がいる三階屋上までやってきた。
「ご当主」
稚気ましましのおっさんがミヤマの前に跪き、興奮したように言った。
われらが率先して工員となりましょう。各地に散らばっている一族をかき集めて、皆で一斉に工程を早めようではありませんか、と。
下羽の二人も同意見らしい。ミヤマも肯定するように頷いた。
「確かにこれ以上ウンシンどのや冒険王の職人方に手数をかけるわけにはいかない」
「いあいあそんなことは」
「それには以前の本拠を中心に、届く範囲で「鳴らし」て者どもに知らせる必要が」
おっさんに俺の声は届かないと見える。
鳴らし、とは集結の合図であろうか。影には影の言葉がある。
「いいだろう。鳴らすのは他の影や波動の合う魔物も呼び寄せてしまう難点があって今まで使えなかったが、今の私なら問題ない。血筋固有でしか成せぬ仕業なれば、私の指揮が必要だな」
「御意。ご当主の呼び声ならば、どれほどの罠があろうと決死の覚悟で集まってくれるでありましょう」
俺と白を置いて話が進んでいく。ニャム姫がミヤマんとはお友達、自分もついていくぞと譲らない。
負傷で本来の力を発揮できないおっさんの身代わりだ、ともっともらしい理由をつけている。
青羽一族とネコとの間で話がまとまったあと、ミヤマが俺を主呼ばわりして傍から離れる無礼をお許しください、と両手を組んで頭を下げてきた。どこの礼儀作法か知らないが、それは東のものだと本能的に察した。
感謝と敬いの心意気に、ええよと答える。
当主たるミヤマから何かを感じ取ったのか、下羽二人がニャム姫と未だに抱きついている白をこちらに、とうやうやしく誘導しだした。
休憩がてら甘菓子でもいかがです、とのおっさんの殺し文句に、食いしん坊たちはころりと参ったようだ。
去っていく彼らを見送る。ミヤマに振り返ろうとする。その途中で、烏女からの抱擁を受けた。
「旅立つ前に、ウンシンどののぬくもりをもらっておく」
甘えたのスイッチが入ったようだ。本殿の屋根の上とか、窓から職人の囃し立ての声が聞こえてきた。
この時代の彼らは一人一人の地位が高く、組織のなかにあまり囚わない気ままな気質のものが多い。
そんな幾人かに若いもんはいいねえと拍手まぎれに冷やかされ、ミヤマにちゅーを受けたまま逃げた。
逃げた先にお茶休憩のネコと白がいたのは偶然だ。
もう開き直るしかない。純真なニャム姫には頬に、ヤキモチの鬼と化したメイ・ルーには唇に、それぞれキス魔人となってこちらから襲い掛かった。娘からの物理的な反撃を食らわない異様な姿に、おっさんと下羽二人がほおお、と静かに唸っている。
そこへ建材の調達から帰ってきたエロヒム卿が、藁のようなものを担ぎながら同じように目を見張ってうらやましい、と本音を漏らしていた。
夢ともなればなんでもできる。前世でもてない腹いせのようなセクハラを、ミヤマを含めた娘っこたちに繰り返した。




