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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
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夢七十話

 木箱を見つけた。お札のようなもので封印されている。

 手中に納まるほどの小さな、宝箱といっていいものを懐に入れていると、今度は風雲公が闘技場のほうから姿をあらわした。

 黒ねじりの槍使いは瞳からエメラルドの光を放っていたが、戦闘状態を解除したことでいつもの黒目に戻っている。


「天を衝く気合いなんぞをぶっぱなす奴はあんたしかいないと思ってたぜ。雷神ヤルミラ相手じゃちょっと本気にならざるを得なかったわけだ」

「そういう君は他二人をどうした?」

「蜂と蜘蛛ほどの手練れが一端逃げに徹すると、とどめを刺すのは難しい。ヤルミラが退散を促してすぐに消えた。さすがはブライトクロイツ二十四将ってところか」


 あんなのがうじゃうじゃいるって考えただけでもうんざりだ、と槍使いが肩をすくめている。

 そんな面倒な相手が東アルダーヒルに侵攻の触手を伸ばしていると聞いてしまった俺も、まったくもってうんざりな気持ちだった。

 

「あんたを凌いでエヴレンを迎えにいく暇もねえ。領土を拡張するどころじゃなくなったし、東側の勢力を糾合して戦力を集中させないと、ゲレオン連合にアルダーヒル全土が呑み込まれちまうぞ」


 東西の軍閥が激突か、と人事のように風雲公の話を聞いている。

 北西から勢力を広げる彼らに対して東もそれに対抗するだけの連携が必要だ、とする正論も、ツインコーツィ獣人公を屠って成り上がった浪人の提案に耳を貸す勢力がいるのかどうか、はなはだ疑問だ。

 

「あんたがその気になったら、蟻を踏み潰すような作業でこんな動乱は収束するのにな」


 政治権力にはなるべく関わらないとしながらも、使い走りの結果としてかなりの知己を得た。

 しかし先頭に立ってとか旗頭になって大勢を率いる器ではないことは、自身が一番よく知っている。

 小悪党のエゴ野郎としては、自分と周りの娘っこが無事ならそれでいいというスタンスで一貫しており、思いつきの偽善で動くことはあっても、大義のためにとは考えたことがない。

 エヴレンと同族のイケメンが何者かの接近を悟ったようで、じゃあなサムライ、と背を向けた。

 一権力者である彼は何かと忙しい。小物の相手はしない、と言いたげなしぐさを見せて去っていった。

 青い羽が舞い、地に落ちる。覚えのある装束の影が上空から降ってきた。


「サムライ・ウンシンどのか?!」

「あれ、中羽のおっさん」

「コクマルと申す」


 名前があったことを初めて知りながらも(もしくは忘れている)、満身創痍を示すように力なく立ち上がろうとしたおっさんが、下羽二名に支えられてこちらに近づいてきた。


「巨大な気のぶつかり合いが遠方に潜んでいた我らにも届いておりまして、半死半生ながら戻ってきた次第で」

「隠れ家があったとは何より」

「小さき洞窟、そんないいものでは」


 仇敵である鷹の追跡が厳しく、ここにやってくるのにも細心の注意を払ったという。


「しかし、貴方以外の何者かはどこへ」

「なんか引き分けでお互い逃げ去った」

「ウンシンどのは何故ここに」


 質問攻めのおっさんに、事の次第をはしょって説明する。


「これを見つけた」


 道場の看板のごとき木の板を差し出した。

 おっさんをはじめとする三人の青羽衆が異口同音に、おおっと感慨深くそれを受け取る。

 記された文字の意味は俺が知るところではないし、その必要もない。


「一族の祭祀を引き継ぐ指標のようなものでござれば」


 よく見つけてくださった、と拝まれかけて、慌てて懐中から小さな首飾りを取り出す。


「あっ、それは……!」


 驚愕したおっさんが体勢を崩しながら手を伸ばしてくる。震える彼の手の平に、宝物であろう装飾品をそっと乗せた。

 紺の胴着が震えている。壮年の男が慟哭しながら膝を折って首飾りを抱きしめていた。


「小頭のご家族の形見です」


 下羽の一人が言う。もう一人が地面に崩れ落ちそうなおっさんの肩を支えていた。


「失くしたと思っていた……よくぞ、よくぞワシの元へ」


 家族に対する独り言に当方が反応することはない。

 男泣きのおっさんが打ち震えることしばし、彼が無念と呟いた。


「お頭が健在なれば……ミヤマ様がいませば」

「あ、ミヤマは」


 生きていると言いかけて思い出す。札で封印された木箱をおっさんに示してみると、小さく泣き崩れていた相手が反射的に起き上がった。


「それは歴代当主の証!」

「札で密封されてる。中身は見てないぞ」

「われら青羽だけに価値がある塗り物でござる。他のものからすればただの化粧品」


 重大な情報を漏らしているおっさんにそんな軽口で大丈夫かと尋ねる。

 

「貴方は青羽の形見を見つけてくれた恩人なれば」

「あ、そうそう、ミヤマはうちで普通に生活してるぞ。力が有り余るほどに元気だ」


 え? というびっくり顔のまま影三人が固まっている。

 彼らは頭巾のために目元しか判別できないが、それがはっきりと認識できた。


「ウンシンどの、お戯れを」

「いやほんとほんと」

「ミヤマ様ですぞ? 青羽衆の実質的な後継者」

「ミヤマんだろ? なんなら確かめに館にくるかね」

「……」


 またまた、いやいやほんま、そんなやりとりを数度繰り返した後、俺の目に偽りはないと確信したのか、三人ともひええと尻餅をついていた。嬉しい悲鳴というやつだ。


「まさか、貴方さまがあの方をお助けに」

「……みんなでお助けた」

 

 怪しい言葉に気付かないほど動揺している影へ、うちくる? ともう一度誘いかける。

 泣き笑いのおっさんたちが膝をついたまま俺を拝みだした。

 やめーやとほざく状況ではなくなって、しばらく神様扱いされたまま棒立ちで空を見上げる。

 いつしか涙雨は止んでいた。



§§§§§§



「小頭、そんなに無理をされては」

「無理をせずにはいられるか! 青羽はまだ滅んでおらぬ、それがわかっただけでも気力は満ちた」

「おっさん張り切りすぎ」


 二人の部下と俺を先導するように歩く中羽の足取りは、重症だった先ほどのへろへろとは違いしっかりとしたものだった。

 不調を気力で補っているのが背中からでもわかる。


「空も快晴、ウンシン様さえいれば青羽の将来は安泰、なんと素晴らしい日であろうか」


 曇天なんですけどと言えないおっさんの張り切りようもさることながら、いつの間にか「様」扱いになっていることも気にかかる。

 稚気なおっさんは憎めない。そんな男の体調を気遣いながら、東に向かって旅立った。

 夢を見ているのは俺だけではないらしい。

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