夢六十九話
「滅亡した影の跡地に何用か?」
「持って帰りたい何かを手に入れに」
そういう年増……ヤルミラ女史が大将二人を連れてこの山に入ってきた理由を、東アルダーヒルの地形探査とあっさり暴露していたが、一介の浪人でしかない当方はさいですかと流して遺品らしきものはないか探し出す。
道場の看板のような木片を持ちながらあちこち動いていると、それはなんだと見咎められた。
「俺にとっては木碑のようなもの」
「……それに記されている文字のような記号の意味は」
「知らん」
「どうやらみどもはサムライに嫌われているようだな」
注意深くこちらを窺う女史が独語した。美人を嫌う理由はないので違うと答えておく。
「我らが赤備えの総大将も」
言いかけて、彼女は言葉の内容を変えた。
「……同じ勇士とはいえ、威厳も見識も人物としての器もあの方のほうが上か」
「あっそう」
凄みもない、頭も悪い、人として奥行きもない。そんなものは言われるまでもない。
女史が総大将とやらと比べて小物に見えるのは無理もない、と考える似非サムライなのだった。
「ただ尋常ならざる力だけは劣らぬ」
「おっと」
いきなり雷光が飛んできた。廃墟に燃え移らないのは小雨のせいだろう。
飛びのきながらまたも適当に考えを巡らせる。
「あの方は刃向かった者をけして許さぬ。しかし女に甘いと噂に聞くサムライ・ウンシンならば、みどもの術がどれだけのものか試すことができる」
雨のなかで雷の柱が立ち上がった。雷神ヤルミラと呼ばれた女術士が明らかな殺意を向けながら、光の玉を放ってくる。
こちらとしては白頭巾のなかの髪をチリチリにしたくない一心で、横薙ぎに太刀をふるった。雷光が跡形もなく霧散していく。
「すばらしい抜き打ち。お見事」
一振りで術が消されたことにヤルミラが目を見張っている。こちらとしては小手調べをしのいだところで威張れない。
この世界に来てからポカスカのやりあいに慣れた俺の勘が、相手が気力を溜めていると告げていたからだ。
雨天のなかで雷が炸裂する。一瞬目を閉じた。
「うお」
一気に間合いを詰めてきたのも驚愕ながら、雷界設置と告げて同速度で飛びのいたのにとまどって、反応が遅れた。
やにわに空が明るくなった。間合いを詰められたときから電気を纏ったようになった俺は、咄嗟に大地を蹴って山道のほうへと転がった。遺跡を巻き込んだ衝撃になる、と判断したためだ。
直後に天から光が降ってきた。直撃雷というやつだろう。
近くの木々が裂け、水たまりが蒸発した衝撃で周囲が爆散した。
しかし爆風は一瞬だった。煙の中でよいせとて立ち上がる。
「大自然を利用した雷が直撃、みどもが圧を加えても無傷なのか」
「ちょっと頬を擦りむきました」
「……」
びっくりしたなもうの表情を見た雷の魔道士が呆れた顔をしている。
「こっちに行きませんか。砦が壊されると探しものに支障が」
「くっ」
以前は広場だったかもしれない何もない草地に移動した。
屈辱だ、と呟く彼女に舐めている気はないと弁明しかけたがやめておく。
誰かの命がかかっている。当方がプンスカである。そういう場合以外はオラオラ度がほぼ上昇しない。
しかも相手はとし……女の子である。怪我でもさせたら、という悪びれない偽善サムライのテンションを察したヤルミラ女史が、紅のくせっ毛を指で弾きながら、ひとつ気合の入る情報を、となにかを伝えようとしていた。
「あ、その情報はいらないです」
耳をふさいだわが行為に彼女は間を置いて呟く。
「……おぬしは子供か」
向き合った際、赤紫の装束の敵は珍妙な男、と俺を見極めたかのような台詞を口にした。
「猛々しい、もしくは凄然やら狂気、または人を食った不敵な死合い相手を今まで幾人も見てきたが、おぬしはそれのどれにも属さない。薄っぺらい、だがしかし不思議な男だ」
薄い、というわが真髄を言い当てた女史が、ゆらめく雷を手中に発生させた。
道具もなしに、弓を引き絞る動作を見せている。
矢を放つイメージの魔道なのだろうか、それは極太の雷光を発射する前奏かと思われた。
「頭の毛がちりちりになる結末しか予想できん」
我知らず毒づいた。
雷の矢の連射、そんな印象の遠距離攻撃が飛んでくる。
§§§§§§
光が爆撃のように降り注ぐ。まるで雨だ。ピリピリする感覚にさらされながら、腕の十字受けでそれらを防ぐ。輝きと轟音の二重奏が連続するなかでゆらめく赤紫の眼光を、俺はしっかりとらえていた。竜の如き形態をした紫色の雷は彼女が放つ最終の術のようなものだろう。
そんなファイナルアタックに真剣白刃取りで応えようとしたものの、挟みきれずに見事にスカった。極太ビームが似非サムライの全身に放射される。
いてええと心のなかで叫んだが、スカったのが痛いのか物理的に痛いのか、双方のもやもやを吹き飛ばすべく喝、と自身に向けて気合いを入れた。
二本の足を踏みしめ、空に向かって大音声に吠えたことで天地が揺れる。
銀の霊気が雷雨を掻き消し、そのまま曇天を割って裂いていた。
小雨となったものに打たれているヤルミラ女史が空を見上げて自失している。その長い時間の間、俺は反撃することなく我に返るのを見守っていた。
「吠えるだけで天を衝くとは」
赤紫色のローブの魔導士が天を仰いで唇を震わせている。狼狽する彼女の見開いた赤紫の瞳がこちらに向けられた。
「……まさに神気」
お見合いをはじめてどれだけ経っただろうか。やがて動揺から回復した相手が俺のむずかゆい表情を窺って、ふううと深く息を吐いて言った。
「居心地の悪い顔をしている……みどもに触れることなく心を砕いておいて、なぜ勝ち誇らぬ」
白刃取りの失敗と白頭巾のなかの髪がチリチリ、これがなんともいえない表情になった理由なのだが、サムライパワー(笑)に感化された相手はそう思わないようだ。
無体な武威を示したことでしかめっ面になっている、ととらえているらしい。
「想像を絶する存在だ。だがゆえ頂上種を蹴散らすのもわけはない」
「想像を絶するバカだという自負なら」
「……なんとも、いかなる男とも違いすぎるお方だ。浮世離れも甚だしい」
力なく笑ったヤルミラ女史が膝をつく。大技を放ったことで気が尽きたのだろうか、呼吸が乱したまま肩で息をついている。
あの方以上の力か、と呟くのを背に聞きながら、砦の残骸に立てかけてあった道場の看板もどきを手に取る。
ほぼ同時に、闘技場がある方向から轟音が聞こえてきた。
「あれは」
「風雲公が蜂や蜘蛛とやりあってる」
「……ラウ・クーダー風雲公?! 黒ねじりの槍使いか、いかん」
赤紫の魔道士が起き上がり、胴着のなかからなにかを取り出して飲んでいる。
気力回復の妙薬だ、とあえて説明してくれたのは、生かしておいてくれた礼だというが、返事をする前に彼女は「ベルグラーノ城塞はすでにゲレオン連合王国の手にあり」という虚実のはっきりしない言葉を残して、闘技場のほうへ飛翔していった。
彼女の捨て台詞を検証する必要があるものの、こちらとしては焼け落ちた砦の探索に忙しい。
白頭巾のなかのちりちりになった髪を指先でつつきながら、瓦礫の山をかき分けた。
凄然(せいぜん。態度が冷たくて凄味のあるさま)




