夢六十七話
タウィ一族の生き残りであるエヴレンが、南の砂漠地帯にあるオアシスに向かうため、我々と別行動となって去っていった。
先代族長の娘として全滅を免れた生き残りを様子見る、という彼女の申し出はもっともなことで、護衛としてドラゴニックオーラの使い手、ドーテイ卿も同行するし、メイ・ルーも以前の住処にしていた森のその後が気になるというので、黒白揃っての一時離脱になっている。
ついて行こうとした俺に、残りの連中が全員同じように南下しようとしたため、外交使節の長たるジュディッタ姫の立場もあるだろう、ということでやむ無く二手に分かれたわけだ。
心配性じゃな、と嬉しそうに頬にキスしてきた黒、メイもと違うほうの頬に触れてきた白のちゅっちゅを受け、自身の顔を彼女らのちゅー跡だらけにさせてからの出発となった。
三人が抜けて五人の旅となる。といってもあとは山々を越え高原地帯を突っ切るのみで、これといったハプニングは発生しなかった。
遭遇した魔物や山賊、傭兵団などを蹴散すのはいつも通りで、特筆すべき価値はない。
そうして冒険王ヤル・ワーウィック公の城塞下にあるスラム街へ戻ってきたわけだが、団長の金髪姫とそれに同行したニャム姫は報告のために登城、俺とミヤマ、エロヒムはエヴレンの館で一泊して、増改築途中の我が家を見学に行った。
「浪人だと聞いていたが、この宮殿の主になるというのか」
冒険王の城塞へと続く小高い丘に建てられた遺跡は、外交に出かけていた期間に急ピッチで修復されていたようだ。トウフ型のそれは二階部分にテラスが増築され、四つの柱の見張りの塔や外壁も補強の手が加えられていた。
くすんだ赤や焦げた色の外観を見上げ、初見である光の竜人が古いながらも重厚な造りだと感心している。
初期ビサンツ様式のようなデザインは、この世界にとって前時代的なものらしいが、芸術的センスが欠片もない当方にとってはどうでもよいことだった。
「ミヤマん」
不意に思い出して、隣で肩を並べる烏女に呼びかける。ついでにエロヒムもこちらを見ていた。
「青羽衆の本拠をここに作る。このなかの部屋のひとつを活動拠点にしよう」
情報収集の担い手を雇いたい、という以前の考えは未だ変わっていない。
新たな影を率いるに相応しい血筋や能力を持つミヤマならば、各地に散って身を潜めているはずの生き残りも応じてくれるだろう。
仇敵の鷹や邪神の槍使いの追跡も今はない。見開いた目で固まる彼女へ、にへらと笑いかけてみた。
「青羽を再興させよう」
「……滅んで、二度と成るまいと思っていた」
「復讐するより前向きだす」
不意討ちの提案に震えるミヤマの肩を抱く。どもったことでエロヒムが眉をひそめていたが、それには構うまい。
仇討ちはともかく旗揚げなど思ってもみなかったのか、濃紺の髪の下で瞳が揺れている。
俺に任せなさい、と胸を張った。威張りの根拠などなにもないものの、サムライですからの一言で烏の娘っこは納得したようだ。
「……そうか。壊滅したとはいえ全ての羽が砕け散ったわけではない」
一族もミヤマの激を待っているかもしれないと楽観的な台詞を吐いてみる。
この宮殿に青羽衆を迎え入れることを約束した。指きりというやつだ。
「ゆびきり?」
「嘘はつかないっていう誓いの印。小指を引っ掛けあって」
ミヤマの青白い小指と、野太い俺の小指がからまった。
ゆびきりけんまんと歌いながら上下に振る。共に唱える必要はない。
当方が果たすべき約束のまじないだ。
「ゆびきった」
小指どうしが離れた。首をかしげながらミヤマが見つめてくる。
「命を救われ、不能になった利き手も直してもらった。そのうえ貴方は一族ごと拾ってくれるというのか」
そんな大それたもんではない、と思いつつ今度は俺が首を振る。
凄腕の彼女と影働きができる集団を館に引き入れることの利点は計り知れない、というビジネスライクな返答をしてみた。
「み、ミヤマん」
若い光の竜人が慌てふためく。クールな烏女が泣いていた。
ミヤマは頷きながらだいじょぶ、と答え、涙を拭いて面を上げた。
「影の者は世間的にも身分は低く、上羽の私ですら軍閥にとって使い捨ての消耗品でしかない。ウンシンどのはそんな我らと「ゆびきり」という誓いを立ててまで力添えをしてくれるという……このお人は、確かに女に弱い稀代のあほうではある」
「はっはっはー」
腰に手を当てて踏ん反りかえる。俺にあほうとは褒め言葉である。
なんであほう呼ばわりで威張れるんだこいつ、というハイ・イェンの若君の驚くまいことか、泣き笑いのミヤマを窺って右往左往するばかりだった。
「ウンシンどの、一族再興への助力と館の提供を謹んでお受けする。それに対する私の返礼といえば」
跪いた濃紺胴着の美人さんを助け起こす。続きの台詞を封じたのは、彼女に恋するエロヒムのプンスカを先読みしたからだ。
「それはミヤマんがこの宮殿で青羽の指揮を執り始めてから、ということで」
「……そうか」
「ほ、えっ?」
ミヤマのとある行動によって素っ頓狂な声を上げたのはエロヒム少年である。わははめんこいのうほっぺに、と思い込んでいた俺は、唇への深いチューを受けて石化していた。
「契りの約束というのなら、私もそうせねば」
口唇を離した彼女が頬を染めながらはにかんだ。
おのれとすごむ光の竜人の低いうなり声で我に返る。
「私にとってくちづけとは神聖なもの。当然夫になるべき男にしか与えない」
「あーなんか殺したくなってきたわ」
なぜか関西弁になったエロヒムがドラゴニックオーラを溜め始める。
やってしまったという困惑と恥じらいで自分の世界に入り込んでいるミヤマを置いて、当方は工事現場をあとにした。
指きりしたからには、青羽の以前の本拠である山塞を再訪すべきであろうし、一族を集結させる手間や時間も必要だ。
改築も含め、お使いから帰ってからも忙しい。
取りあえずミヤマにはエヴレンの館に待機してもらうとしよう。
旅の疲れもあるだろうし、仇敵とのニアミスの可能性も考えると俺が率先して動くべきだろう。
帰還してすぐ北西への山登り、しかも久しぶりの一人行脚だ。
その間の力仕事は、ありあまるオーラの持ち主であるエロヒムに頼むことにした。
今日は早寝で夢を見よう。日の出とともに出立だ。