夢六十六話
ほんだら外交使節一行は、通常考えられない行程で寄り道を重ね、二つの海洋交易都市で休暇を満喫してからようやく帰路に就くことにした。付き添いの娘らも惰眠とペルシア料理に似たそれを食らいつくし、気力体力を回復させたようだ。
足取りの軽い彼女たちとともにテスカガナの町を出る。
段々の田園風景が広がる郊外へと進むうちに、見送りのためなのか、待ち受けていた若き竜人二人の姿を発見した。
「あれが噂の竜騎士かにゃ?」
「エヴレン、ミヤマん。あの子たちが来る」
ネコと白がこちらを振り返る。曇天の下のあぜ道をいそいそとやってくる女好きに、黒や烏がやれやれ気味に応対しはじめた。
結局ドラーゲン城塞の主とは一切の接触がなかった我々だが、使節団の長たるジュディッタ姫は縁故を構築する必要あり、とモテ女たちに紛れて挨拶を交わしている。
俺といえば儀礼的なやりとりを手短に済ませ、さっさと先に進んだ。
貴種の双方にまったく興味がないメイ・ルーとニャム姫を左右に北西へと進む。
「三人を置いていくの?」
「この先の山のふもとに川がある。そのそばでお茶休憩がてらに待とう」
「よい茶葉を手に入れたのだ。ニャムが淹れてあげよう」
「ありがとね」
ご機嫌なネコのツンツンな髪の毛をわしゃわしゃ。ウンシン以外なら指が切れているとこちらを見ながら呟く白の撫でろ、な視線を受けて、アルビノの綺麗な長い髪に触れる。
荷物持ちのための馬に変化するのは休憩先ということで、それまでは俺が馬の鞍ごと港からの入手品を担ぐことになっている。
背負子といわれる運搬のプロもびっくりな積載量ながら、朝の坂道をゆったり歩いた。
§§§§§§
お茶休憩の川べりで危うく貴重な紅茶を噴き出しかけた。
追いついてきたのは三人娘だけではなかったからだ。
「なんだ君らは」
「なんだと言われても、余はドーティ・ハイ・イェン」
「それがしはイェロヒム・ハイ・イェン」
灰と光の竜が胸を張って名乗る。そういう意味ではないと突っ込む気が失せて紅茶をすすった。
そういえば二人とも旅装である。フード付きの暗い色の胴着はなるべく目立たないようにとの配慮だろう。
「旅のお供をしたいとな?」
察したうっかりさんが代弁してくれた。うむ、と偉そうに頷くエロヒム卿はやはりええとこのお坊ちゃんである。
以前にも嫡男の武者修行を許したドラーゲン一族の適当さを思い出した。分家のそれも許すはずだ。
「エヴとミヤマんの小間使いでもいいから同行させてくれ、と半泣きで懇願しておったぞ。力仕事も厭わんというからわらわが口添えしてやった。ウンシンがよいというのなら、ぬしらも無碍に扱うでないと」
「無碍になどと。まあわしらからすれば根城造りに必要な人員が確保されるわけで、生き神さま次第じゃな」
「……確かに改修工事の労働力は多いほうがいい」
ジュディッタ姫のアシストに現実的な落としどころを口にした黒と烏の反応で、ドーテイ卿とエロヒム卿がおおっと身を乗り出した。
こちらに無言の重圧をかけてくる。お前次第だ、という視線に、身の程を弁えろと好いた相手からの拳骨を食らっているのを見守る。
ドーテイ卿は以前にも冒険王の城塞で月日を過ごしている。エヴレンの館にしても、今更一人増えたとて貧乏所帯ではあるまいし、食うに困ることはない。
「身内ともなれば敬称つきではなくなるがよろしいか?」
「ドーティ呼ばわりは当然、余らは敗者だ」
「望むところ。成り上がっていつかはサムライを呼び捨てに」
ミヤマの鋭い眼差しで口をつぐむエロヒム。敬称なしで尚更いかがわしい語感になったと思いながら、彼らに木製のコップを手渡す。
「ニャム姫が見繕った茶葉の淹れたてがある。これで乾杯といこう」
「おお」
「では遠慮なく」
「ではドーテイとエロヒムの武者修行完遂を願って」
皆が紅茶が入ったコップを手にする。音頭を取った俺の言葉が終わらぬうちに、若き竜たちは本音を口走っていた。
「ミヤマんとちゅっちゅし」
「エヴレンどのと混浴できま」
青羽の鞭が飛ぶ。アラクランの尾が脳天に一撃する。
ドーテイとエロヒムの凄いところは、結構な衝撃を受けても固めの杯を飲み干してから倒れたところだ。
うおおと転げまわる姿は人事ではない。
結構な大所帯になりつつも我らが一行はしばしの休憩の後、山越えを開始した。
あとは帰国して遅まきになった外交の成功を冒険王に伝えるのみだ(ジュディッタ姫が)。
どこで寝ようが安穏に夢を見る。特技のひとつを今夜も発動しよう。
今話の文字数は少ないながら、東のお使い編終了には必要な回でした。