夢六十五話
「無体な呼び出し、腕比べ、酒宴へのお付き合いにイスマル・ハイ・イェン、心からのお詫びと謝意を示したい」
青い胴着を折り曲げ、頭を深く下げる東殿の平身低頭を助け起こす。
浴びるほど酒を飲んでいたとは思えないおっさん竜人が気にしないという俺の言葉にニヤリとし、面を上げた。
食えない相手が言質をとったとばかりに、かしこまりから素に戻る。屋内通路での出来事である。
「しかしおかげで残り三方の当主に銀の霊気の力を披露することができた。外界の潮流が現在どうなっているか、自ら調査するきっかけにもなるだろうて」
世の中は以前ほど均衡に保たれているわけではない、とする彼のぼやきをスルー。関係なしを装う。
「東の果てからやってきた勇士はアルダーヒルという世界にどれくらい食い込んでいるのか、ワシが知るのはシストラ魔道公と関わって封印されていた魔物をしばき倒した、というあやふやながら驚倒すべき情報でな」
「鳥頭なので忘れました」
「北西のラウ・クーダーなる成り上がりの青年が、サムライでしかオレを倒せないと非公式で発言しているのも耳にしている。きゃつは邪神の角を獲物にしていると噂の槍使いじゃ」
各地方で暴れまわった結果、知る人ぞ知る危険人物になっているのを悟ってあくびでごまかす。
一般的に知られていないのが救いだろう。
「中で続きでも」
「いただきます」
飲むポーズで誘われ、反射的に頷く。
暴れん坊将軍はボクですと自白せずとも、相手にやったのは君だなと確信させるやりとりだった。
書斎のような狭い私室に通され、その渋さにほうっと思わず声が出る。
少ない光源の部屋でウイスキーのような蒸留酒を手渡され、互いに籐の椅子に腰掛けた。
「若いもんと女は入室禁止だ。大人の酒でないと」
強い酒をすすって咳払い、土星のような髪型のおっさんがこちらを見る。
お前は何者だとか、東西南北アルダーヒル地方で何をやってきたのかと矢継ぎ早に質問されたが、そんな身辺調査に対し曖昧さ全開で答えるしかなかった。
東西に走る大陸交易路を行ったり来たり、物見遊山でお使いしたこと、道中に結んでしまった縁で五人の娘っこと連れ合いになったことなどをはしょって説明し、自分はただの旅人だと主張する。
「騒動を巻き起こしているのではなく、行く先々で厄介事に巻き込まれていると?」
「……まあ結果的にほとんどの相手をぶっ飛ばしてますけど」
「子飼いに調査させるほど恐ろしい情報が手に入る……そのでたらめさに半信半疑になっていたものだ」
「でたらめが本物かどうか見てみたかったと」
「もうその必要はない。亜人の娘、あれだけで異常すぎる力の程がわかる」
竜気を駆逐する銀の霊気は本物だった、と感慨深いおっさんが蒸留酒を一気飲み。
こちらとしては力はあってもただのバカとわかってもらわねばなるまいが、それはおいおい飲み交わしながら説明しよう。
§§§§§§
「わははは古今独歩の勇士! 東から来たサムライとやらは実はただのあほうだったのか」
「なははは!」
出来上がったのんべえが野心と政治的センス、戦略知能のない俺の真髄に触れたようで、単純な性格を理解したのか、嘘がないと実感して安堵の豪快笑いを浮かべている。
ここまで小一時間ほど経っている。
「力に比例した野望を持たない男て……あんたそりゃ変人じゃ。頭おかしい」
「はっはっは」
酔ってくだけてきたおっさんが俺の肩をばんばん叩く。
やかましわと思わず叩き返してしまい、突っ込んだ裏拳な平手打ちが青い竜人の後頭部に炸裂した。
「あ」
書斎の本が舞う。ハイ・イェンたる当主の一人が本棚を破壊して転がっていく姿をしゃっくりしながら見送る。
酔いどれがぐはははと笑いながら頭がいてえと叫びつつ、本に埋もれて私室の壁に激突していた。
「帰ろ」
酩酊とは恐ろしい。暴力をふるったまま気絶したおっさんを置き去りにした小悪党は、中庭に戻ったころには彼の存在を忘れていた。
竜人だらけなナイトパーティ会場をふらふら横切って噴水のへりに腰掛ける。
グースカすやあとすでに芝生の上で寝ている者もいる。
互いに胸倉をつかみあう荒くれ者もいて、ここはどこの下町界隈だと思いつつ、もはや夜食となったナッツ類を口に放りこんだ。
蜂蜜を溶かした熱い湯を飲んで酔い覚ましに集中していると、つかみ合いの竜人どもが押し合いへし合い、噴水のほうへとやってきた。
「落ちれ」
「お前が落ちろばかたれ」
逃げようとしたが遅かった。突き飛ばされた同年代のタックルを食らって、背後の水溜りに落ちる。
コントさながらにコロリンと転がる。どっぱーんという派手な水しぶきの音で、生垣の向こうにいる聞き及びのある男女がなんだなんだとこちらにやってきた。
「あっ、ウンシンどの」
「生き神さまではないか。どこへ行っていたのじゃ」
ずぶ濡れになりながら助け起こされ、おーと生返事で答えておく。ツッコミの力を加減せず分家当主を気絶させてきたことはこの時点で忘却し、朝まで思い出すことはなかった。
黒と烏に促され、白頭巾と甲冑を自ら脱ぐ。そして拭き拭きのお世話になるのを黙って受けていた。
二人の母性本能な行動に、それまで彼女たちを口説いていたであろう若い竜族の酔っ払いどもが羨ましそうに眺めてくる。
「我らは触れることさえ難しいというのに」
エロヒム卿が爪を噛んでいるものの、一日やそこらと数ヶ月を一緒にしてはもらうまい。
ドーテイ卿の据わった目が屈んでいる巫女衣装のエヴレンの胸元をガン見している。
少年の若気の至りをあえて咎めないことにした。
「いつかサムライは倒さねばならん」
「初めて意見が一致したな宗家」
肌身を晒さないミヤマの横顔に見惚れながら光の竜人が頷く。
「体が冷えただろう。テスカガナの街に戻って天然温泉で酔い醒ましといこう」
「わしらも入る。裸のお付き合いじゃ」
両側から亜人の美人さんに寄り添われ、いつも通りな流れの我らなのだが、聞いていたエロヒム卿は目玉ポーン、未だ慣れぬドーテイ卿はそんな破廉恥ダメーと意中の黒に縋りつく。
「エヴレンどの裸のお付き合いて。そこでナニをするつもりですかっ」
「……凛々しくも可憐なミヤマどのが男を混浴を誘うとは」
嫉妬の歯軋りやら殺気が飛んできた。振り返った美人さんたちの視線に射抜かれて彼らが後ずさる。
男は顔ではないらしい、と俺よりまともなツラの二人が悔しそうに、半ば感心しながらほざいているのを耳にした。
無骨な当方からすれば余計なお世話というものだ。
ちなみに外交三人娘を宿に残したまま朝帰りになるという恐ろしい成り行きに気付いたが、面倒事は後回しにしよう。
せっかくドラーゲン城塞からの招待を無難(俺的に)にこなした後である。
両腕のなかのご機嫌な酔っ払い娘たちの鼻歌を聞きながら、城下の温泉街に向かった。
夢はまだ続いている。




