夢六十四話
光やら灰色からなる双撃を受けることになり、両手デコピンでそれに対応しようとしたダブルピースサムライだが、不意に背後からの殺気を感じて無防備に振り返った。
視界に映ったエヴレンとミヤマが跳躍するのを見る。
次の瞬間ドラゴソニックをケツに食らった俺は、闘技場の端へと吹っ飛ばされた。ずさささと匍匐の体勢で壁に激突し、顔面から強打する。壁面を壊すなと言われていたものの、それは不可抗力であった。
建物の二重の壁をぶち抜いて庭園まで転がった。観客の悲鳴や混乱をよそに、砂埃だらけになりながら起き上がる。
脳天をさすりつつ、崩落して穴が開いたような闘技場の中へ再び入った。
「なんということだ、なんという……」
「上位竜族ハイ・イェンの後継者たちが亜人の女ごときに一撃で」
竜人の観客たちによるざわめきは止まらない。目を凝らして闘技場の中心に近寄る。
両膝をついた光の竜騎士が胸を押さえて苦悶していた。
オレの光剣をすり抜けた……と苦々しくほざいている。
ミヤマが青い炎の刀身には実体がない。彼女の必殺術を食らったのだろう。それでいて苦悶するだけで済んでいる辺り、さすがハイ・イェンきっての使い手だと称えてもよいくらいだ。
石畳の地に走った太く長い亀裂が衝撃の大きさを語っている。
烏が濃紺の影衣装を翻して黒の背中に声をかけた。
「そちらは」
「わしが相手では竜気の放ちようがない。やせ我慢というか甘さというか、有言実行のドーティ卿はあっぱれにもアラクランの尾をシリに食らってほれ、このとおり」
巫女衣装のエヴレンがすらりとした肢体を引いた。
一族側に寝返った宗家の若君の立場は察するにあまりある。しかしけつを抑えて転がる灰色のドラゴニックオーラの持ち主が無様は、闘技場を埋め尽くす一族らにとっては驚天動地の光景だったはずだ。
「しかしねえ君ら」
俺に自制を求めておいて自ら言葉を裏切るとはなんじゃい、と問いかけた。
わが体についた埃を払ってくれるお母さん二人が、本気になったドーティ卿が敵になったことで話が違ってきたと弁明している。
「灰と光の竜気が相乗したアレはいかんじゃろ。生き神さまは相手が強ければ強いほどオラつくではないか。貴種の若君二人をまかり間違えて不能者にしてみい、寝覚めが悪いというものじゃ。わしらが相手ゆえあれで済んでおる」
「つまり私もエヴレンどのも彼らを救うために飛び込んだわけだ」
「……」
一概にそれは違いますとも言えず押し黙った。おおこいつらやるやんけ、そやダブルパンチで本気で殴ろ、と俺が思わない保障は、あの時はどこにもない。
娘っこにやりすぎをいつも心配される似非サムライは、しょうがなしに首を振る。
見せ場どころかやられっぱなしの当方、エヴレンやミヤマに拭き拭きなでなでと過保護に扱われ、観客からはあれヒモ? などと疑われる始末である。
「若君に一蹴された男が若君を一蹴した女に囲まれている」
「やはりヒモ……」
「雄は力だけではないということか」
役立たずのヒモ扱い程度でなにを、とムキになるほど男らしい性格ではない。
そないでっかの心境で身内から成すがままにされていると、主催者たる青の胴着のおっさん竜人があらたまった表情を浮かべてやってきた。
「予想外の成り行きで驚倒しかけとる。サムライならばともかく、その連れのおなごに後継者候補が二人も打ち倒されようとは」
「想定の成り行きとはなんじゃ?」
「サソリ女とカラス女を小僧どもが叩きのめす。ワシが出張ってサムライに少しでも食らいつく。古今独歩の勇士と名高い存在がどれほどのものか、頑迷なやつらに見せてやりたかった」
東のおっさんが闘技場を見回す。どうじゃい想定すら越えるものどもだろうが、とどこかで観察している三門の長へ呟くように語りかけていた。
「一族を率いる立場としては、冷ややかな目を向けてくる奴らほどお気楽にはなれん。竜気の双撃を無防備に受け、闘技場の壁をぶち抜いて吹っ飛ばされながら、あいてて程度で済ませる人間のどこが役立たずのヒモなのか。真贋すらわからぬとは、ハイ・イェンの先行きが思いやられる」
同族の観客たちを一瞥し、娘っこに敗れた次代の当主二人が配下に助け起こされるのを苦々しく眺めながら、青いおっさん竜人が今更自分がサムライとやりあっても恥の上塗りか、と肩を落としている。
「どれほどの魔物とてウンシンどのを見誤る。貴方は賢明にも戦いを避けた。つまり一族の今後はそう暗くはない」
力をもって接すれば存亡に関わる、と烏女に死神扱いされたものの、フォローされた側はした側の美貌に感激してその手を握り返していた。
「さすがはイェロヒムを一刀に沈めた武人。見た目だけではなく気立てもよいのか。気に入ったぞ」
光の竜騎士はエロヒム卿と覚えておこう。わしの妻にならぬかと誘う彼がおほっと叫んで腰を抜かしていた。
ミヤマの利き手にある俺の珠に触れたようだ。
「オヤジ殿、銀の霊気に不用意に触れるでない。竜気の持ち主なら浄化の対象じゃぞ」
「……やけどしてもうた」
笑いをこらえるエヴレンの説明に、女たらしのおっさんが手の平をふーふーしながら起き上がる。
憎めない中年の竜人がイベントの終了を観衆に伝えていた。
強い女が好みだというハイ・イェンの一族の傾向を理解したのは、この後東殿たる彼の邸宅に招かれて開かれた酒宴でのことだった。
§§§§§§
「おうイェロヒム。気後れせずに顔を出したか、結構結構」
「敗残の身ながらのご招待、痛みいります」
「ワシなんぞ不戦敗よ気にするな。ほれ飲め」
東門の長たるおっさんの気さくな声が、邸宅の中庭に響く。
燭台の明かりや篝火などの光源で夕方ながら明るい酒宴の会場は、噴水が設置され、それを囲むように参加者が敷物に座って乾杯を交わしている。
酒さえあれば動機などなんでもいいというのんべえたちのなか、光の竜騎士が鎧を脱いだ軽装で宗家の若君とともに敗戦の詫びを入れていた。
「あれは?」
「蜂蜜酒、葡萄酒、乳酒を一気飲みさせられているようじゃな。竜族ふうの詫びなのだろう」
「風習なのか当人たちも乗り気で飲んでいる。あれはふらふらになると思う」
俺の問いに黒と烏が解説する。
無責任な一族が囃し立て、拍手のなかで酒盛りはさらに熱気を帯びてきた。
芝生のような草地に手織りの高級絨毯を敷いて座り、左右の美人さんにお酌をされる当方も庭園を見渡してお花見気分だ。陶磁の容器を傾けて絞りたての果実酒を喉に流し込む。
「今日は月夜でないのが残念だ」
杯を夕方の曇り空に掲げながらミヤマが呟く。
果実酒の酒瓶をラッパ飲みのエヴレンがしかしだな、と口をぬぐって返答した。
お上品な屋内ディナーでないのが何よりだ。
「空景色はともかく、この庭といい料理といい、地上には趣があるぞ」
「うむ」
羊肉の煮込み、串刺しチキンのグリル、ガーリックチャーハンを始め、交易都市ならではのスパイスのきいた品目が多い。
それらにはハーブやフルーツが添えられており、前世界でいうペルシア料理に近い特色があった。
肉や豆煮込みのおかずを薄焼きパンに乗せてかぶりついていると、詫びの酒盛りに付き合っていた二人の後継者たちが危なっかしい足取りでふらふらとこちらにやってきた。
すでに日は沈み、完全に夜になっている。
「エヴレンどのミヤマどの。日中の無礼はお詫びしゅる」
まずはドーテイ卿が膝を折って頭を下げていた。主催者側に寝返ったことを謝罪しながら、その視線はエヴレンに集中している。
「かまわんかまわん。嫡流としての立場であろう。それにぬし程度が寝返っても」
「酔っているなドーテイ卿」
同じく酔っている黒が台詞の後半で本音を漏らしかけたことで、俺が間を取り持った。
「叔父上にかなりやられてもうて」
「そうかい」
なまっている鉛色の髪の竜人がこちらとのやりとりもそこそこに、エヴレンどのの武勇はやはりすばらしいなどとほざいて手に持っている銘酒を彼女に注ぎ、ホストのように侍り始めた。
相変わらずのドーテイ卿からもう一人に意識を向けると、くすんだ白い肌に光沢の髪をした西殿の若君がミヤマの前に両膝をつき、最大級の礼を尽くして貴女の舞いに感服した、と告げている。
顔が赤いのは酒によるものか、はたして己を一撃に降した相手への敬意以上のものか、ともかく酔った勢いを借りて堂々と口説きにかかっていた。
ハイ・イェンの雄どもはどうやら誰もが女たらしのようだ。
赤褐色の手の握るドーテイ卿、青白い手を握るエロヒム卿、それに対しぶん殴りの行動に出ない娘らの大人な対応にほっとしつつ、またも小用に立つ。
庭園を抜けて屋内をてくてく歩いていると、背後から気配を感じて振り向いた。
「サムライ・ウンシンどの」
おっさんやないかいと言いかけて口をつぐむ。せめて用だけは足しておきたいところだ。