夢六十三話
ドラーゲン・ハイ・イェン竜人公の一族は、城塞の東西南北にある四つの門を守っている。
中央にあるアルハーン宮殿を囲むように、一族が四辺に分かれ、衛将としての役割を果たしているのがこの勢力の特徴だ。
城内に一般の住民はおらず、下界とされる港町テスカガナに人々は集中して居住していた。
魔道公における風の街と同じ形態の統治であるが、湾口の規模や人口では沿海都市のなかで二番手に甘んじている。
サムライ一行はハイ・イェンの宗家たるドーテイ卿に連れられて、四辺の門のひとつ、東門をくぐり、東の当主の居館に案内された。前述したドーテイ卿の解説を聞きつつ、噴水が印象的な庭園を抜け、二階建ての円状な建築物に導かれるに及んで、やっぱりなと心に毒づく。
そばにいる黒と烏が歩きながらストレッチを開始していた。
白い石造りの闘技場には、様々な色の胴着を身にまとった見物客で溢れており、当たり前ながらそのほとんどは竜人だった。
「青龍か」
「偉そうな奴が来おった」
ミヤマとエヴレンが不敵に呟く。
もったいぶってやってきたこのイベントの主催者は、たしかに青みがかった暗い色の肌をしている。
青い胴着の目上の者に向かって若い竜人が礼を施す。
彼がぼそっと「東殿だ」とミヤマの発言を補足していた。
「叔父上」
「よう来た、待ちかねたぞ」
「歓迎が大げさすぎませんか」
「ある程度人数を抑えてこれだ。なんといってもわれら竜のそれを上回る銀が霊気の女ども、若輩らが色めきたつのは仕方があるまい。噂に聞くサムライが同行しているのであれば尚更よ」
「……最初から見せしめのつもりでしたか」
ドーテイ卿が小さく息を吐いた。長刀にかけてこの流れにはさせん、と見栄を張った手前、自分は客人側につくと無機質に告げていた。
我々が礼を失さぬ程度の挨拶になったのも経緯からしてやむを得えまい。
「それにしても蠍に烏の亜人、確かに若が心を奪われるのも無理はないほどの美形だな」
「叔父上、それはウンシンどのを呼び出す建前では」
「わはは小僧、それはそれ、これはこれよ」
豪快笑いの青い竜人がドーテイ卿の肩を叩く。
一見傲慢に見えて身内にはそうでもないらしい壮年の主催者が、さてやるかと後ろを振り返る。
最初からそこにいたように、四体の竜騎士がいつの間にか控えていた。
ドラゴンナイトというやつだろう。一般人なら見ただけでも腰を抜かしてへたり込むレベルの威容を誇っている。
「東西南北、四門の胴着が竜の騎士。一族全てを絡ませてくるとは」
「滅多にない見世物だ。西、南、北の一門をのけ者にするわけにもいくまい。各当主たちは今もどこかでわが仕切りを見ていよう」
ドーテイ卿が今更のように驚く。
四方は互いにライバル関係なのだ、と言外に匂わす発言をする青いおっさん竜人なのだった。
「改まって断っておきますが」
若き竜人が初戦は自分だとばかりに二股の長刀を抜いた。
「二人は我の妾ではありません。サムライ・ウンシンどのの」
「嫁じゃ」
「妻なり」
背後の黒と烏が当たり前のように告げる。そういうことです、と苦笑しながら東の騎士を指名した。
「若とはいえ、わしの持駒は手加減せんぞ。宗家がいきなり先鋒で敗退となると、ちと醜聞ではないか」
「ご心配には及ばず」
ドラゴニックオーラが放たれた。ドーテイ卿の背中が気合で燃えている。
闘技場の歓声が一瞬にして静まった。
おっさん竜人の東殿がぴくりと眉を動かし、東以外の騎士に下がれと手振りする。
我々も下がって壁際の長椅子に腰かけた。
「四方の叔父上たちはあえて若手で様子を探るつもりでいるようだが笑止千万。外の世界で頂上竜の息吹に触れた我が以前のままだと思うと、死ぬぞ」
彼の竜気で地鳴りが発生し、全闘技場に響き渡った。
殺伐としすぎやろと思い、長椅子に座っていた腰を上げる。
俺が何か言う前に、エヴレンが手にした小石を殺気立ったドーテイ卿に放り投げた。
本気投げ、というやつだ。あまりの速度に観客は対応できず、意識を敵に集中していた鉛色の若き竜人も避け損ねた。
この場合、飛んで衝撃を和らげたドーテイ卿の反射神経を褒めるべきであろう。
しゃがんでこめかみに指を這わせる少年に、サソリの尻尾をかくかくさせながら黒が近づいた。
「身内を殺すな。殺すぞ」
藤色の長い髪を束ねた赤褐色な肌の美人さんが、味方であるはずの相手を冷たく見下ろす。
すさまじい殺気を受けた彼があっハイ、とドラゴニックオーラを素直に消した。
黒の意味深な台詞を理解しているのは、このなかで俺だけだろう。
惚れた弱みで抗う術を知らないドーテイ卿は調教済みなのか平然としたものだ。
漆黒の道着についた埃を払って立ち上がる。
後光が差すような黒の銀の霊気を確認した観客と対戦相手もようやく我に返ったらしい。
あれが至高の気だとざわつき始めるなかで、咳払いをしたドラーゲン・ハイ・イェンの後継者がさあ来いと長刀を構えなおした。
「侮るか」
東殿の若手が気合なしの宗家を見て憤怒する。
「ウンシンどの、どちらへ」
「お手洗い」
死合いにならずに済んだことで安心したのか、少し催したようだ。
ミヤマにそう答えて闘技場から一旦抜け出した。
§§§§§§
慣れないドラーゲン城塞のなかでしばし迷い、円状の建物に戻ってきたときには、すでに模擬戦もどきは終わっていた。
四方のなかで、三方の竜騎士たちが闘技場のあちこちで転がりながら悶えている。
石畳や壁がところどころ崩落しているのは、それなりに若手の彼らが善戦した証であろう。
それでも同族の見物客たちや主催者は呆然として声もなく、この状況を眺めるばかりだった。
俺は閑静に包まれた舞台中央へと進んだ。こちらに気付いた黒と烏がやってくる。
長刀をしまいなおすドーテイ卿を見ながら、彼女たちを受けとめた。
「生き神さまおかえりじゃ」
「なんか静まりかえってますけど」
「ドーティ卿が東の龍を一蹴し、私とエヴレンどのが南北を叩きのめした。ちゃんと手加減はしていたから心配ない」
「……さいですか」
エヴレンの額とミヤマの利き手が銀色に光り輝いている。
サソリの尾でケツを突かれたという北殿の騎士は敗北より恥辱で悶絶しているのだろう。
「ひどいことを」
「それならミヤマんのほうがひどいぞ? 刀身のない青い炎の柄部分で南殿が若手の股間を粉砕しておった。防具があってなによりじゃったが、見よ、彼はえずいて泣いておる」
転がり叫ぶ竜人たちのなか、最後に残った光の竜騎士がドラゴニックオーラ全開でこちらに歩んできた。
他の三方とは桁違いの竜気だった。
被っていた白いフードを下ろし、長い髪のオールバックな竜顔を見せている。
光り輝く肌の少年は、明らかに他の三方とは気品が違っていた。
「……西の若殿がウンシンどのの相手とは」
ドーテイ卿の驚愕と同じく、会場が真打登場でざわめきだした。
主催者の青いおっさん竜人が見たいものはこれだった、という様相でこちらを興味深く観察してくる。
イェロヒム・ハイ・イェンと名乗った竜騎士は光り輝く波打った剣を抜刀した。
彼の背にある長弓は奥の手なのか、それを使用する気はないようだ。
闘技場を揺らすドラゴニックオーラの威容はドーテイ卿以上か。
観客がうおおと叫んで盛り上がる。よそ者をぶっ飛ばせとかいう野次が聞こえてくる。
しかし宗家の若君は一通り驚きを消化すると、今度はこちらにやってきて俺と対戦相手の間に立ちふさがり、両手を広げた。まるで仲裁するかのようだ。
「今更刃は引けぬぞ、宗家」
「イヤイヤやめなさい」
「このサムライとやらを斬って三方の不手際はなしとする。どけ」
西の次期当主が俺を叩き斬ると一部以外は誰もがそう思っている。宗家がそれを抑えようとしているように映る。
「ドーティ卿がウンシンどのの命乞いをしているように見えるから面白い。しかし逆だな」
「宗家として分家の体裁を守ろうと必死なのじゃが、それに気付いているのはわしらだけという」
衆目との解釈の違いに二人の娘っこが吹きかけている。
そうしながらもエヴレンはドーテイ卿の苦衷を思ったのか、俺に手加減を極めよとばかりに拝んできた。
「生き神さま、慈悲を」
「承知しました」
「ウンシンどの、闘技場の壁をぶち抜かないように」
「了解」
身内のそんなやりとりを知らない宗家の若き竜人は、分家に妥協案を告げていた。
引くつもりのない同年代の少年に、我も加勢するという寝返りの意思を聞いたエロヒム卿とやらが、強きにつくか、と軽蔑のまなざしを宗家に向けている。
しかし用件が先だと白い竜気を漲らせ、チェストとかいう剣法に近い動きを見せて突進してくる。
一撃唐竹割りで決めるつもりなのだろう。本来は弓使いなのだろうが剣の心得も相当のようだ。
アカンアカンと何故か方言を口にするドーテイ卿が先にドラゴソニックを放ってきた。