夢六十一話
伝説の鳥獣アンカーの催眠まがいな洗脳から解けたジルバンジャー城塞の魔道士たちは、長年勝手放題に構築された総本山の修復にかかりっきりな様子だった。
隠密同然な外交使節に対応できる余裕など、三日四日で生まれるものではない。
魔道公代理として忙しいなか、せめて自分だけでもと客室にやってきて、午後のお茶会に参加してきた銀髪のイケメン公子が、薬草を煎じた青汁を娘っこたちに注いで回っている。
この苦い魔道飲料(勝手に命名)で気力を回復した覚えのある二人の姫が渋い顔をしながら飲み干し、もう一杯と催促していた。
「魔道本家シストラ一族から権限を任された者として、冒険王の使者に対し、相互の不可侵と協力の盟を結ばせていただく。内乱後の騒動でで僕らは勢力の体を成していないかもしれないが、幸いこのジルバンジャー周辺に敵性の軍閥は存在しない。南に割拠する大勢力、ハイ・イェン竜人公が何故か動きを見せていないし、当面は滅亡の危機がないと断言できる」
というこちらからの親善への返答と、解説のかしこまった物言いを聞いたあと、建前は終わったとばかりに気楽な関係のお茶会が再開された。
「これで今回のお使いは終わったぞウンシン。目的を達成したからにはあとは帰還するのみだ」
「そうですねえ」
「三日三晩ヴァクーの街を楽しんだことだし、そろそろドラーゲン城塞周辺で待っているミヤマんたちと落ち合うにゃむ?」
「ドラーゲン城塞?!」
内輪の話にエディン公子が食いついた。白がドーテイ・ハイ・イェンなる竜人公の跡継ぎと知り合いだ、と告げる。
「そんな縁故が」
「名高い竜人の嫡子はウンシンの女であるエヴレンに好意を抱いている。惚れた弱みでドーティ卿はあの子の頼みを断れない。かの勢力と渡りをつけたいのなら、エディーは黒に要請すべき」
「……」
そんな容易くいくものなのかと押し黙る隻眼銀髪のイケメン。
しかし常日頃は鉄火面のメイ・ルーが魅惑的な美少女スマイルを浴びせかけたため、彼はそうだねと頷きながら、その眩しさに目を細めて微笑み返していた。
「ありえない、が通用する天人一行ではなかった」
「それに関しては一緒に旅をしてみればわかるにゃむ」
「誇り高いハイ・イェンの若君がエヴの前では形無しだ。ニャム姫の言う通り、ともに行くなら歓迎するぞ」
二人の姫が気安く誘いかける。外の世界を見たほうがいいと白もそれに続く。
有能にして沈着な魔道公代理がいないと成り立たぬ、という緊急事態が彼の出立を許さなかったが、時期がくれば必ずわが御殿へお礼参りに訪れる、と三人娘と約束を交わしていた。
「父と弟が復権したら旅に出よう。僕がいるから後継問題がいつまでも終わらない。自我を取り戻したユーグなら跡継ぎとして何ら不足はないはずだ。そうなれば後腐れなく外の世界に飛び込める」
衝撃の台詞に固まっていたのは俺だけで、わはは大気者と褒めるジュディッタ姫、主の座など重苦しいだけと無責任なニャム姫の能天気な笑いが客室にこだまする。
メイ・ルーといえば魔道士として飛躍する一歩、とこちらを見つめながら満足そうにお菓子をもふっていた。
エディン公子の優しいまなざしがアルビノ美少女に向けられている。
ほほうこれは、と思った保護者サムライが白にも春が来たか、とほんわか気分で陶磁器のティーカップを手にとった。
それが青汁であることに気付いたのは、苦いそれを口に含んだ後だった。
§§§§§§
修復の突貫工事で騒がしい城塞のなかを通り抜け、帰りも搦手の門からの退出となった。
公式な修好条約を結んだとはいえ、こそこそ外交使節団としては裏口のほうが気楽にさようならができるというものだ。
小柄なポニーに姿を変えた白が旅の荷物を満載してぶるるといななく。
俺も姫二人も土産物で荷物が増えている。物見遊山な我々にお見送りのエディン公子が苦笑したあと、アルビノポニーのたてがみを撫でながらお元気で、と告げていた。
白が尻尾を振って頷く。
「エディン・シストラ魔道公代理は亜人好きか。飄々としたお人柄といい、ところどころウンシンに似ているな」
「女性の趣味は一緒かもしれないね」
ジュディッタ姫の軽口に軽口で応える深緑のローブの魔導士。
一重鷲鼻無精ひげの当方と、爽やかな銀髪イケメンのどこが似ているのか、出発前でないならそれをお茶うけに小一時間ほど問い詰めたい心境である。
「ウンシン天人。いつかまた」
「ああ、またどこかで」
打ち解けた口調のエディン公子と握手をする。ちなみに他者へ手を預けるというのは、術士としてこれ以上ない信頼の証らしい。
それまでさよならですお父さん、という聞きなれない諧謔を耳にした気がするが、まあいいかと先に進みだした姫コンビの後を追った。
ぱっかぱっかと駆けるメイ・ルーが俺の隣にぴったり寄り添う。
「今から山越え。その背の荷物がてんこ盛りになっているけど、大丈夫か?」
得意顔のポニーが余裕だと鼻を鳴らす。なでろ、という合図にも等しい。
さすさすなでなでを実行しながら坂を上がる。
「ニャムもなでろにゃ!」
ネコ娘が動物としての本能でムラムラきたのか、逆走しながら白とは逆側に並行してきた。
黄金の馬に跨る金髪姫が振り返ってほくそ笑む。
「誰よりも勇武の士ながら人間ではなく亜人の女ばかりに囲まれる。馬、ネコ、サソリ、烏と見た目はよいが獣だらけだ。その点わらわは正真正銘人間の女。最後に勝つのは誰か明白だな」
右の白いたてがみ、左のピンクな針毛をさすりながら、ジュディッタ姫の高笑いをスルーした。
「冒険王の妾という立場を忘れているあのでか女。一番ないのはあれにゃむな」
辛辣な台詞が能天気なニャム姫の口から放たれた。
メイ・ルーも同感だといなないている。俺といえば、この件に関ってはいけないと本能が告げていた。
それらを聞き流したしたまま南下する。
「これよりドラーゲン城塞までは小さい港しかない。つまり」
「干し物が主食になる。肉、ぶどう、主食の焼き生地……その他色々。せめて魚くらいは釣って新鮮味を堪能したいもの」
俺の独語に金髪姫が溜息をついて反応する。焼き生地とはパンのことだろう。するとネコの姫が両耳をひくひく動かして飛び跳ねた。
「それならニャムが素潜りでとってきてあげるぞ。銀どのに貢ぐにゃむ」
「これこれ不穏なことを言わない」
「ウンシンに奉仕するのならばわらわとて遅れはとらんぞ」
高らかにいななく白がメイも! と馬体を摺り寄せてきた。
この子がどう思っているかをリアクションでわかるようになってきた身としては、人のメスより亜人のメスに囲まれている現状を再認識せねばなるまい。
次の目的地で待っているのも、そんな亜人の娘っこたちだ。
風の町で手にいれた交易品を飛竜の翼膜でできたリュックに大量に詰め込み、サソリと烏に貢ぐ用意も万端だった。
野宿生活のはじめとなる今夜の食事の後に、サプライズでケーキ生地の甘菓子を皆に進呈するのも、そんな貢ぎ野郎の使命のひとつである。
される側ではなく、いつだってするほうでありたいと思う夢人なのだった。