夢五十九話
「余を阻んだ抜け殻に礼をしてやろう」
白と少年がいる場所に向かって黄金の羽ばたきが放たれた。
兄たる風の魔道士が咄嗟に術を放つも、蟷螂の斧に等しい。
疾風の威力は伝説の魔物が繰り出す風圧でかき消された。
「待っ……!」
エディン公子が絶望の叫びとともに手を伸ばす。
その光景がスローに見えた俺は地を蹴った。
メイ・ルーとユーグ少年の前に立ちふさがり、壁となって爆風に身を晒す。
涼しい顔をしているであろう当方の反応にアンカーが激昂し、抜けて落ちた地下の屋根部分に滞空しながらさらに羽ばたこうとした。
だがその瞬間、地上一階の床から二つの影が真下にいる金色の孔雀に目掛けて降りてくるのが見えた。
数珠を首にかけた状態のニャム姫が、奇襲を悟って金の羽を飛ばしてくる敵に対し、ピンクの髪を振り乱して対応する。
無数の髪は針となり、飛んでくる羽の全てを打ち落とした。
カウンターへの防御で力を使い切ったネコ娘が体勢を崩す。推参なる獣人め、と吠えたアンカーが殺気を飛ばしたものの、追撃が発動することはなかった。
「ニャム姫、わらわが気合溜めの時間稼ぎ、感謝する」
大柄なほうの姫が吠えながら、銀の霊気を放出する大剣を振り下ろす。ネコに気を取られていた孔雀のような魔物の頭部に、剣豪の渾身の一撃が炸裂した。
不意を衝かれた金鳥が身をよじって宙がえり、浮遊していた状態から地上に降り立とうとして、足を滑らせている。
霊気を出し尽くしたジュディッタ姫が空中から転落していた。
「伝説の鳥獣アンカーがたった二人の女子相手に気圧されるとは、痛快なり」
半死半生のユーグ少年が険のない笑顔を見せながら、白に支えられてエディン公子の元へ向かう。
皆で協力して黄金孔雀に一矢報いた結果になっていた。
「小癪な虫けらども」
唸りを上げた大敵がまた浮き上がった。しかしすでに準備は整っている。気合十分、俺は太刀を抜き放った。まき散らしてくる金色の魔素を、飛んでくる羽の全てを薙ぎ払う。
口から吐き出す超音波のような衝撃を、うるせえと足踏みしながら霧散させた。
その余波で空中の相手が大きく仰け反る。絶叫ともいっていい台詞がアンカーから放たれた。
「こ、こやつ。魔獣の神たる余の怒涛をことごとく潰しおる!」
金髪とネコの姫が這いずりながらも範囲外に逃げたのを確認し、大吼一声。
広間全体に響く気合の振動で飛べなくなった鳥獣の頂上種が、おのれと喚きたてながら石畳を蹴って突っ込んでくる。
「余が人間ごときにあしらわれるなどありえぬ! 消え失せい!!」
「消え失せるのは」
お前だ、と告げながら、カウンターのような袈裟斬りで迎え撃った。
一刀両断といかなかったのはさすが伝説の魔物と称えねばなるまい。
身体修復能力が発動したようだが、当方は降魔の化身。
切り口に迸った銀の霊気が金の魔素を浄化し、回復機能を遮ることに成功していた。
肩から腹まで斬り裂かれた黄金の孔雀が七色の尻尾を振りたくり、のた打ち回って暴れだす。
「なにものだ……うぬはいったい何者だ……!」
半狂乱の問いをスルーして灰燼と化した石畳の上を歩き、アンカーに近づいた。
代わりに答えたのは娘っこたちだった。
「魔物退治を生業とする古今独歩の勇士」
「東の果てからやってきた悪霊退散の武神。メイの神さま」
「あほうを自認する地上最強の旅人にゃむ」
魔物退治を生業という、半ば真実を言い当てるジュディッタ姫も、黒から影響された武神呼ばわりの白も、あほうという的確な評価のニャム姫も踏ん反り返って得意顔を並べている。
人災の渦中で父を抱えた兄弟魔道士が魔物の七転八倒に硬直していたが、どや顔をし終えて満足したジュティッタ姫とニャム姫からここは危険だと促され、ようやく我に返ったらしい。
「ナニアレ」
「あれはなんだ?」
ユーグとエディン公子が当たり前の疑問を口にする。あれがウンシンというメイ・ルーの簡潔な説明に、あっそう、という生返事を残して外へと去っていく。
そんなこんなで荒ぶる舞台でのコントは局面を迎えていた。
「……これが、あのヤーシャールを退転させたというサムライの力」
「それはシーッ」
横転し続けるアンカーのうめき声は、幸いにも崩落の音で喧しい背後の連中には聞こえなかったようだ。
余計なこと言うなという悪党から放たれたサムライキックが金鳥のどてっ腹にヒット。
魔獣の神とやらが巨躯を大回転させながら、壁がなくなったことで崖のようになった星型城塞の外へと落ちていった。
百数十メートル下の水堀に落下したかと思われる効果音を発しているが、伝説級の存在ということで、あれくらいでは死にはしないだろう。
しかし全力に近い袈裟斬りと口止めな前蹴りを考えると、当分は再起不能といっていいダメージを与えたことは間違いない。
太刀を収め、大きく息を吐く。
コント形式の立ち回りだったとはいえ、黒ねじりの槍使いと死合った以上の疲弊を心身ともに感じてうなだれる。
夢人も楽ではないと思いながら佇んでいると、背後からメイ・ルーがとことこ近寄ってきた。
「浮き上がってくるかな?」
「どうだろう」
崖の下を見下ろしていた白が俺の返答にそっかと頷く。
魔道公とその子息、二人の姫は、城内の応急医療室的な施設へ向かっていると聞いてほっと一息、白皙の手に手を取られ、城塞中心部へと足を向ける。
「鳥の面の魔道士たちがそこかしこに倒れている」
大理石のような通路を歩きながら、至るところに転がっているペストマスクたちを見て白が呟いた。
城塞全体を間接的に支配していた鳥獣の神が失心したのが原因であろう。
元々は魔道公麾下の術士たちなわけで、アンカーの拘束から解き放たれたとすれば、意識が戻れば本来の主に従うはずだと思われる。
「ウンシン、頬が擦り傷と煤だらけ」
「久しぶりにボコられてびっくりですよ」
「頂上種の猛攻にそれで済んでるのがびっくりだよ。どれほど名のある勇者だろうと、人の身で倒せるような相手じゃない。あれの羽ばたきひとつで貴方以外の誰もが蒸発して終わり」
そんなもんすか、と生返事。珠をもらったメイたちならなんとか耐えられるかも、と補足するアルビノ美少女の拭き拭きに成すがままにさせている。
外傷はともかく、疲労感はかなりのものだ。
あてがわれた客室で一眠りしたいものである。
少し夢を見よう。