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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
57/102

夢五十七話

 昼間だというのに薄暗い謁見の間に足を踏み入れた。

 植物が生えているような壁の模様も、その燭台にあるロウソク灯が風もないのに大きく揺らいでいるのも異様だった。

 香でも焚いているのか、広間全体の視界が悪い。

 案内役のエディン公子に従い、暗い色の絨毯に跪く。空席だった玉座に、何者かがいつの間にか腰を下ろしているのに気がついた。

 恰幅のよい深紫の法衣、素人目にもわかる金色の魔素(自分で例えると霊気)を身に纏い、フードの奥から漏れる眼光も金色のようだ。

 一見して人ならざる存在だとわかる玉座の主こそ、ジーン・シストラ魔道公なのだろう。

 広間にはペストマスクもどきな家臣たちの姿はない。公のそばに薄紫の魔道士が控えているだけだ。その者がエディン公子を一瞥して鼻を鳴らしていた。

 使節団長たるジュディッタ姫が白基調な甲冑姿で名乗りを上げ、来訪の趣旨を告げている。

 飾り立てる言葉を知らぬ大柄な女剣豪が言上を終えると、公は儀礼的に頷いて肘を立てた。

 冒険王の意図など興味はないとばかりにこちらを観察してくる。そばにいる魔導士も同じ感慨のようだ。


「銀の霊気、余ですら初めて見る……エディー、ユーグ兄弟ともに観察しておけ。闇に属するシストラ家とは対極にある光の持ち主たちだ」

「エディンめは一足先に希少な彼らを見知ったようで」


 薄紫のフードの奥の瞳が敵愾心むき出しに輝いた気がした。エディン公子を煽ってくる声は隻眼のイケメンよりさらに若い。

 ちなみに大雑把に言うと、深緑の公子は俺と同じ二十代前半に見えるし、ユーグと呼ばれた魔道公のそばにいる少年はドーテイ卿と同じで十代半ばほどだと推測できる。

 

「宮殿横広場で仕掛けを施した。その後の彼らを見たか、エディー」

「は」

「大結界ですら女どもを止めきれず、サムライとやらに至っては術が無効化されていた」

「そのうえ陣地を切り裂いたのは身内だという。本山も末ですな」


 公と公子のやりとりに少年が割って入った。風の魔道で我らを助けた兄を直接に批判しているのだ。

 魔道公の手が持ち上がった。中東系な明るい色ながら血色の悪い肌だった。その仕草で、俺以外の旅の連れが身構えようとして、三人同時に崩れ落ちた。

 

「護符の貼り取りなど父の一念で思うがままよ。不用意なやつらめ」

「大結界で下半身を封じる。広間に漂う余の魔素を吸い込んだことで、上半身も麻痺させた。地の利を生かしてなお縛り付けにここまでの手管が必要とは、恐るべき銀の霊気どもよ。けして侮るな」


 嘲笑うユーグとやらに公が小声でたしなめた。

 同じ明るい肌の親子といっても、エディン公子のそれはまだ健康的に思える。その彼が腰を上げたが、助け起こそうとするのを父が止めていた。


「光に属する気の者どもを侮るなと言っておろうが。小僧どもは危機感が足りぬ」


 若い魔道士二人が充満する魔素のなかで平然と動く俺を見る。信じられないと目を見張っている。

 ジュディッタ姫、ニャム姫、メイ・ルーを介抱し、床に落ちた護符を貼り付けなおす。剥がれないよう念をこめておくことも忘れない。

 

「金色の魔素とやらを吸い込んだせいか、思考も動きもままならない」

「神経毒のようにゃむ」

「他国の使者にここまでの非礼、そなたらとは交渉にならぬようだな」


 彼女たちは荒い息をつきながら、暗い色の絨毯に手をついてなんとか倒れこむのを支えている。

 珠のご加護がないニャム姫はとくに苦しそうだった。

 金髪姫の台詞に公が薄気味悪い微笑を向ける。悪魔の笑いというべき代物だった。


「金色ながら闇に属する立場の嫉妬と心得られい」

「親善などもってのほか、というのならさっさと退散しますが」


 ネコ娘を抱えて俺は立ち上がった。

 ジュディッタ姫の視線を受けるまでもなく、今の自分は事なかれサムライである。

 そうそうなんでもかんでもプンスカと暴発してよいものではない。


「最高級の霊気を纏うその体に用がある。返せぬな」


 公の一声でまばらに漂っていた金色の魔素が密度を増した。

 少ない光源のなかでも光り輝くそれは、もはや瘴気に等しい。


「にゃ」

「息が……」

「見えぬ手で首を締められているようだ」


 咳き込む彼女たちを見て数秒前の自身を忘れた。ニャム姫をそっと下ろす。

 いい加減にせいやと言いかけたとき、深緑のローブの銀髪ハンサムが瘴気から三人娘を守るようなバリアーを張って、間に立ちふさがっていた。

 それを玉座側から窺っていた弟が嘲笑う。


「その小さき壁でこの広間全体の魔素を支え切れるかな」

「確かにこの重圧では、この防御壁が崩れるのは時間の問題だね」

「どうするねサムライ」


 息子たちのやりとりを興味深く見守りながら、公が重々しく口を開いた。

 魔道士というよりは魔物そのものな口元が禍々しい。

 

「ちょっと、破壊しますよ」


 一応粗相のお断りを告げておいた。単純な当方が相手の目論見などわかるはずもなく、公に誘われていると知りながら太刀を抜いた。

 


§§§§§§



 見通しがよくなった謁見の間に、外からの風が吹きつけた。

 金色の魔素をからませて空へと消えていくつむじの音を聞きながら、崩れ落ちた玉座の方角を見る。

 密室でなくなった星型城塞の一角は瓦礫の山と化している。

 なにこれ、と事態が読み込めないエディン公子をよそに、魔素が消え去ったことで体の自由を取り戻した三人娘が身を起こした。大結界が綻んだかとやれやれの様相だった。


「魔物ばりの魔道公と若い術士はどこへ消えた?」

「水平線の彼方に吹っ飛ばしたにゃむ?」


 屋根の一部が抜け落ち、壁のなくなった広間のあちこちから砂煙が上がっている。

 ジュディッタ姫とニャム姫が魔道植物らしきものをなぎ倒しながら、玉座の近くに向かった。


「父上の本体は別の場所にある」


 深緑のローブの魔道士がそばにいたアルビノ美少女の額に目を留めて呟いた。

 それに気付いたメイ・ルーが、外の景色が広がる玉座の方角を見る。

 

「本体? じゃあ今までの彼らは」

「にゃんかお面の手下が瓦礫の下から出てきた。気を失っているみたいにゃむ」

「二体いるな」


 マスクたちを発見した二人の姫に、エディン公子がそうかと呟いた。


「父上とユーグの幻体を見せるために、中継の役割を果たした存在の成れの果てか」


 遠隔操作の捨て駒だという銀髪ハンサムの説明に、白がなるほどと頷く。


「コソコソ隠れて企みばかりとは、男らしくないにゃむ」


 ニャム姫のプンスカを聞きながら、これが魔道士の闘い方なのだろうと一人合点していると、得体の知れない植物の開いた花から本体らしき少年の声が流れ出した。

 エディン公子の名を呼び、やはり裏切ったなと板についた嘲笑を聞かせてくる。


「内情を語るその軽い口、サムライとやらの登場で好機と見たか?」

「虚実どころか虚しかない輩と」


 言いかけた深緑の魔導士が台詞を中断させた。

 実体を探そうという三人娘のお誘いにより、謁見の間の横壁を足蹴にしてぶち抜く俺の粗相に仰天しているようだ。

 星型城塞の角の区画全て破壊しようという脳筋な所業に、兄はもとより声だけの弟も何が起こったと狼狽の叫びを放っている。

 

「ウンシン、この城に一般人はほとんどいないようだ。踏み破れ」

「大多数の人間が住む風の街とは距離がある。結界ごとやっちゃっても問題ない」


 ジュディッタ姫とメイ・ルーの軽口にニャム姫がやってしまえいと飛び跳ねる。

 こちらとしても奇奇怪怪な魔道公に付き合っていては調子が狂うというわけで、念を入れた破壊衝動に身を任せることにした。


「何をしている? 地鳴りと轟音で聞こえん」


 映像を中継する仕掛けもどこかにあるのだろうが、人災(他人事)は崩落する建材と砂塵のなかで発生しており、状況を確認できない少年のやめんかという声が、植物からむなしく流れ出すばかりだった。

 エディン公子は立ち尽くしたままの自失が続いており、ナニコレの表情から動かない。

 解体工事の任務を請け負った俺は、五芒星の形に広がる宮殿と仕込まれた結界の陣地を蹂躙しつくした。

 別の部屋にいたマスクたちが悲鳴や雄叫びをあげながら逃げ惑う。

 時計回りに星の角を斬り払い続け、吹き抜けの正五角形になった城塞ができるまで、そう時間はかからなかった。

 時折聞こえる少年の激昂をスルーして仕事を終える。

 一周し終えて荒廃した謁見の間に戻り、娘っこたちと合流した。

 

「代々に渡って構築してきた城塞内の大結界が、これほど簡単に壊されるとは……」


 うめいていた深緑の魔道士が我に返る。揺れる地面に片膝をつくそんな銀髪ハンサムが、不意に耳を澄ませる所作を示した。

 当主以外立ち入り禁止という地下施設から何かが暴れている気配がする、との仰せだ。

 

「地鳴りの原因はそれ?」


 白が問いかける。エディン公子は星型城塞の半壊に頭が混乱している、としながらも憶測を口にした。


「……わからない。しかし結界が壊れだした瞬間、地下の何者かが蠢動しはじめた」

「魔道公はそこで魔物でも飼っていたのか」

「人間離れした魔素をそこから供給していたにゃむ?」


 彼と彼女たちのやりとりが終わると同時に、謁見の間の石畳が盛り上がった。

 何か来る、と誰もが思ったに違いない。

 蚊取り線香の企業名である二文字が頭に浮かんだ。石の床を引き裂いて羽ばたき、宙に浮かぶ巨大な鳥を、俺以外の誰もが耳を押さえて見上げていた。

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