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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
56/102

夢五十六話

「こらあそこは尻尾にゃ!」

「無礼者め」

「メイに馴れ馴れしく触るな」


 得体の知れない魔道士に体を触られて、めんこい娘たちが三者三様の悲鳴を放つ。


「動けまい。銀の霊気とて結界と陣地という二重の構えには」


 嘲笑しかけたペストマスクの指揮官が言葉を切った。部下が地面に崩れ落ちたからだ。

 白の頭突きと大剣を抜いた金髪姫の柄殴りを受けたらしい。

 え、動けんの? といったリアクションを示すマスクらの狼狽に一瞥すら与えず、彼女たちはおのが体の具合を確認して憮然としていた。


「剣を抜くのがやっとか、情けない」

「上半身は動く。でも足は固定されている」

「むむむ……ニャムは指一本動かない」


 這いずって後退する部下たちが指揮官を窺った。このままでは対象に近づけないと無言の意思表示を示している。

 

「ジルバンジャーの大結界でさえ動きを止めきれない。銀の霊気どもめ、想像以上の難物だ……やはり爆破しかないか」


 まさぐり部隊たちが立ち上がり、道案内役のマスクがキーワードを唱える。

 石畳の五芒星が光りだした瞬間、広場のどこからか風が吹いて、仕掛けられた陣地を削ぎ飛ばした。

 突風にあおられて、三人娘がわーと叫んで宙に浮く。

 それぞれ腰から落ちていたが、尻への強打だけに心配なさそうだ(大きさ的に)。

 

「裏口からの出迎えとはいえ、外交使節団に対して囚人扱いはないだろう。これだから魔道の輩は人ではないと揶揄されるんだ」

「……坊やは引っ込んでろ」


 のっそりとやってきた深緑のローブの魔道士をちらりと見て、指揮官が冷たく言い返す。

 パーカーらしき上着のフードをかぶった若い男のため息が聞こえた。

 

「女まで絶地に引き込む。父上の仰せかい?」

「さて」

「外で打ち負かされた土の者がいたな。それの報復とか」


 問い詰められて舌打ちしたマスクが部下たちを下がらせた。

 

「本山の魔素に仇なす霊気への備えだ。報復などではない」

「周到な用意の魔道本家、比べて銀の霊気一行の鷹揚なこと。格の違いが如実すぎて笑えないね」

「公に対し口がすぎるぞ」

「妾腹ゆえ礼儀を知らない」

「使者の前で内情を漏らすか。うつけが」


 何やら訳ありのやりとりを聞きながら、俺は落ちていた護符を三人娘に貼り付ける。

 拘束を解かれた彼女たちのなかでけつが痛いと訴えかけるメイ・ルーの甘えたに応えつつ、内輪もめはもういいすかと深緑のローブのほうへ問いかけた。


「……君、護符がないね」

「なくても動けるようです」


 わが返答に魔導士の全員がたじろいだ。指揮官マスクがじりじりと後ずさって、余計な割り込みをした若いほうへ指をさした。


「この横槍は公の目に届いている。いかに坊とて捨て置かれぬぞ」

「ならば君に代わって僕が彼ら外交使節の応対を引き受けることにしよう。それが罰ということで」


 越権行為の連続にマスク側が絶句する。間の悪い雰囲気に耐えきれなくなったのか、好きにしろと掃き捨てて、部下とともに宮殿内へと消えていった。

 本気ではないプンスカを装い、ネコと金髪の姫が応対係になった深緑なローブの魔道士に文句をつけている。

 やあすまないねえと返答する銀色の髪の若者は、他の軍閥の誰よりも鷹揚に見えた。


「風の魔道はほぼ初見、それでもわかる。貴方はよい術士」


 陣地を裂いた疾風を思い出したのか、白が手放しで褒め称えている。

 アルビノ美少女の偽りない称賛に、飄々としたタレ目の青年がフードのなかの頭をかいていた。

 案内の代理を強引に引き継いだ彼の先導で、ようやく尖塔アーチ内の宮殿に案内されることになった。

 黒や赤を基本としたゴシック調な客室で待機する間、山越えの旅でお疲れの三人娘は騒動の直後にもかかわらず、グースカおねむの大胆さを発揮している。

 改めて入室してきた風の魔道士はそんな臆面のなさに驚愕していたが、こちらとしてもメイドに頼らずして自ら供応する妾腹の子とやらの行動に瞠目するばかりだ。

 俺の視線に気づいた彼がティーカップを受け皿に置いて苦笑する。


「ここでは変人と言われています。しかしもう慣れました」

「共感するばかりです」


 なぜか給仕の相手と握手をしてしまった。

 彼女たちのすやすや寝息にもう一度苦笑した青年が、黒のカーテンで窓からの光を遮ったあと、フードで顔を隠したまま名乗りはじめた。礼儀を知らずと聞いていたので特に何も思わない。


「エディン・シストラ。魔道公の嫡子となっておりますが、お家のなかでは厄介者で通っています」

「それがしはサムライ・ウンシン。お家は只今建築中であります」


 名乗り返した幼稚な台詞はすんなり流された。

 ヤル・ワーウィック冒険王からの命を受けて親善にやってきたと語る。

 腹芸など思いもよらぬお子様外交ながら、それ以外の意図はない、とエディンと名乗った深緑の魔道士だけには信じてもらえたようだ。


「北東の風雲公と名乗る新興勢力に意識を向けたい、今はそれ以外の軍閥に対処する余裕はない。冒険王の意図は道理でありますな」

「ここから南のドラーゲン・ハイ・イェン竜人公も含め、東の沿海勢力に横っ腹を突かれる要素を減らしたい算段ですわ」


 何故かオカマ口調になっておほほほと笑ったものの、これもスルーされた。

 受け流しに長けているお家の厄介者とやらが、ジーン・シストラ魔道公はそんな不安要素を衝く側の人種だと暴露する。

 屈折した父親への思いが垣間見れたことで、俺もスルー野郎になった。


「ならば今回の来訪は足労に終わる、というわけだ」


 鎧を脱いでいた男装な格好の金髪姫が起き上がった。

 頭をかくばかりのエディン公子に向かって無理からずと頷いている。

 緑のお茶の匂いにつられてニャム姫も目を覚ましたが、このおてんば娘は深緑のフードをかぶったままの青年に、いきなりスキありと肉薄した。


「そのほおかむりを取れにゃむ」

「こらこらこら」


 フードがぱさりとめくれ上がった。急襲成功とばかりに喜ぶネコ娘の尻尾が揺れる。

 無礼な獣めとジュディッタ姫が彼女の頭をポカリと叩いた。

 相手が誰なのか思い出してごめんにゃむと謝るうっかりさんに対し、尊顔をご披露した側が大らかに応えて笑い返す。


「白い姫君もいかがですか。温かいうちに」


 ソファで横になっていたアルビノ美少女がお茶を勧めるエディン公子を見た。イケメン好きだと公言していたメイ・ルーはほお、と美しい瞳を見開いている。


「これはなかなかの美丈夫」

「隻眼ですよ。異相かと」

「長めの銀の髪が神々しいにゃむ」

「夫とは趣の違う男前だのう。たれ目もよい」


 隻眼など気にならない掛け値なしの男前に対し、無骨なツラをした当方はやっかみすら浮かんでこない。

 荒々しい容貌の風雲公といい、ヒゲ面が渋い冒険王といい、力のあるイケメンというのは絶対数が少ないながらも確かに存在するようだ。

 俺としては赤い猛牛バルクフォーフェンや、いかつい竜人ドーテイ・ハイ・イェン卿などにシンパシーを感じるところである。

 和やかな雰囲気になったとき、いきなり部屋の扉が開いた。相変わらずのマスク野郎だったが、先程の仕掛け人ではないようでややこしい。

 ジーン・シストラ魔道公が謁見の間で待っていると尊大に告げてくる。 

 フードをかぶり直したエディン公子が同行するよと自薦してきた。

 断る理由はないので彼を含めて宮殿の回廊に出る。

 ガラス越しの外景色を見ながら、白がこの城塞には住人がいないのかと同行人に尋ねていた。


「一般の住民は城下にある都市ヴァクーに配置されていて、ここは魔道士とそれに準ずるもの、あとは宮仕えの人間しかいないね」


 風の街が沿海区域最大の規模を誇る理由は、人口の一極集中にあるというわけだ。


「魔道公との面会が終わればお役御免ということで、のちほどヴァクーへ案内しましょう」


 柔らかい物腰の公子の言葉にニャム姫が飛び跳ねる。

 最年長ながらまだまだ年若いジュディッタ姫も乗り気になり、新しいもの好きの白も異存はないようだ。

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