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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
53/102

夢五十三話

 どれだけでたらめな力があろうと、失われた命を取り戻す術が俺にあるわけではない。

 数珠は元々本体に備わった生命力をさらに増幅させるアイテムのようなものであり、無から有にするような効力は期待できなかった。

 知り合いの魔物の子供を抱えてそう思う。


「客人らは引っ込んどけ。息子だけはたのまあ」


 息遣いを感じないわが手のなかの小猿を見下ろした小柄なお猿さんが、オレンジ色の体毛を逆立てて背を向けた。

 高地の一帯に平らな野原がある。かつてそこの露天岩風呂で宴会を興じたものだが、今は怒号と悲鳴が重なり合う戦場になっている。

 天然温泉の所有を巡って猿の魔物が他の種族と対立したようで、小さい命が争いの犠牲になってからこの地に到着した我々は、どうにもやるせない気分で殺し合いを見守っていた。


「殺す立場にあるわらわが見てもやるせないな……」

「いくさに大人も子供もない。しかし今の私には耐えがたい状況だ」

「ニャムも」


 お猿さんたちの知り合いではないジュディッタ姫とミヤマ、ニャム姫が、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。

 彼女たちとしてはそれ以上のリアクションはできないわけで、以前にボス猿と親交を深めた黒白とは立場が違うのだ。


「ウンシン、ちょっと行ってくる」

「弔い合戦じゃ」


 傍観しろ、と味方である群れの主から告げられたメイ・ルーとエヴレンが、その主の子の死に顔面を蒼白にさせながら戦闘態勢に入った。それぞれ袖をまくっている。


「今はこの子を放っておけない」

「うむ」

「それでいい。メイたちでじゅうぶん間に合う」


 お猿さんの子供を抱きかかえたまま俺がそう言うと、二人がかすかに微笑んだ。

 その視線を鉄火場に向けたとき、膠着している戦いが一気に決着に向かうのを確信した。


「相手は狼獣、数も多い。我も参戦しよう」


 二又の薙刀を手にしたドーテイ卿が黒に続いて歩き出す。

 その必要はない、と言いかけて口をつぐんだ。今回はあえてその言葉に甘えよう。

 失われていく小さい体の体温を感じながら、頼むと彼に頭を下げた。



§§§§§§



「いやあすまねえな客人たち。いろいろあったがよ、これで狼どもとの縄張り争いが一段落するかと思えば、めでたしめでたしの結果になったってもんよ。ありがてえ話だぜ」


 湯気を立てる天然露天風呂のなか、いくさを制したオレンジ色の猿が気炎を上げている。

 そんな小柄な長の勝鬨のような言葉を、大きい体の一族たちは神妙に聞いていた。

 戦死者をまとめて埋葬し、送り出しの儀式を終えた夜のことだった。

 無理に酒を煽る彼の相手をするのは、ここでも客人扱いな我々だ。


「なんでえなんでえしめっぽいのう、いくさで誰かが死ぬのはしょうがねえ。たまたまガキがそうなっただけのことだ。親としてちゃんと見送ってやったし、冥福も祈ってやった。その分ワシが長生きしてやる。だからいい加減暗くなるのはよそうや」

「うむ、その剛毅やよし。とにかくもそなたはよい長であるな。見上げた男っぷりだ」


 種族の違いはあれど、金髪姫から尊敬の眼差しでお酌をされた小柄な猿が、うへへと笑って痛飲している。

 

「ぬしはよくやった。わしらが何を言うべきことがあろうか。気休めとて肩でも揉もう」

「いい男、ではないがいい猿」


 黒白からのマッサージをうけるエロ猿の幸せそうな表情に、ネコと烏が吹いている。

 露天風呂は雌雄入り乱れる混浴となっていたが、さすがに女性陣は体にタオル生地のようなものを巻いて湯に入っていた。


「エヴレンどのと気安くしすぎではないか、あの猿め。両手に花どころか花園ではないか」


 人間でいえば十五歳に相当する若い竜人が、舌打ちしながらぼやく。

 黒の対応は素早かった。お湯をしみ込ませた布生地をぼやき者の脳天に打ち付けてくる。

 水分を含んだ鞭の重低音で被害者が押し黙った。

 辛気臭く沈んで死者を弔う風習なんぞねえ、とばかりにボス猿が酒をかっくらっている。

 黒白に挟まれ、金髪姫のお酌を受け、ネコ烏から手放しで絶賛されては調子に乗るのも仕方がない。

 がはははと仁王立ちしかけたが、素っ裸のために黒白以外の女の子たちからお行儀が悪いと蹴り飛ばされていた。

 岩盤に頭を打ち付けて仰け反った小柄な長が、いてえなあオイとわめきながら泣いている。

 

「ほれお猿どの、座り直れ。わしがなでなでしてやろう」

「おのれ、それは演技であろうが控えろ!」

「ドーティ卿うるさい」


 エヴレンが肩を震わせるオレンジ猿の後ろに回る。おとなしく従った彼が湯の中に身を沈めた。

 竜人が柳眉を逆立てようとするのをメイ・ルーが冷たく突き放す。

 失ったものの痛みを知らないこちらとしては、知っている幾人かの行動を無言で見守るしかなかった。


「ニャムもつられて泣きそうにゃ」

「私もだ。色々と思い出した」

「ばっかやろう、こんなしんみり臭え宴なんぞお門違いって言ってんだろ、酒とってくらあ」


 がさつな猿ががさつな動きで岩風呂を後にする。何を思ったのか、俺はついその後を追ってしまった。

 貯蔵室代わりの冷えた洞窟内までついていく。

 無造作に並べられた木箱に向かい身じろぎひとつせず佇んでいたようだが、当方の気配を察したのか、箱から取り出した酒瓶をこちらに放り投げ、自分のぶんの酒をラッパ飲みしだした。

 

「蜂蜜酒だ。ワイらの自家製じゃけ」

「ほほう」


 底にたまった沈殿物を見ながらガブ飲みしていたお猿さんが、不意にオレンジ色の体毛が逆立てた。


「どうした」

「やつらが近くにいやがる。ワイを呼んどる」

「え?」

「撃退した狼どもの頂点かもだわ」


 心得がない俺には一切感じないが、歴戦の魔物たるこの雄は何かしらの気配を読んだようだ。

 先ほどは暴れたりなかった、とばかりに奮起する彼に続き、天然温泉とは逆方向の高原を進む。

 夜目が利く長の猛進に遅れずついてきたことで、先を行く相手が驚愕していた。


「置いていくつもりで駆けたのに、おかしいのう」

「そいつは残念だった」

「残念なんはおどれじゃい。ワイと関わりあうからほれ、こんな目に会う」


 谷に降り立った我らの目の前に、狼どもが数頭伏せていたことに気がついた。

 月明かりでそれがわかった。


「夜討ちをしかけずワイを単身呼び出すたあ、殊勝じゃねえか」


 小柄な猿が相撲を取る前のような低い姿勢で、隈取模様の顔のボス狼に呼びかける。

 十頭ほどの手下の狼たちが逃がさぬように灰色の包囲網を敷き始めた。

 

「囲まれたてもうたぞサムライ」

「おう」

「おめえを助ける余裕はない、と言いたいところじゃけんど、サソリや馬っこがあれだけ懐いとる男じゃ。捨て置けん」


 守ったるわと笑うボス猿の牙が光る。そりゃお手数をと答えた俺に、抜きん出た体高のボス狼が殺気を飛ばしてがるるると威嚇してくる。


「何で俺に」

「……われらの情報網を舐めるなよ、忌々しい銀の霊気め。うぬの噂はアルダーヒル各地の地獄耳どもに届いている。そのうぬが猿ごときに加勢したせいで、ワシは泣く泣く湯治の決戦場から身を引かざるを得なかった」


 巨狼は黒白や他の女の子たちを銀の霊気を操るうぬが手下、と位置づけていたようだ。

 しかしひとりでいるならば、と大口を開けている。


「おい待てや。ワイはどうなる」

「こやつを誘い出す触媒にはなった。竜族の上を行く最高級の霊気の前では、おのれのような小猿など路傍の石ほどの価値もない」


 息子を殺されたオレンジ色の猿が静かな怒気を発する。

 ちなみに俺といえば、降魔のいくさ人ながら正体は似非サムライ。他人の不幸に関わればきりがない、なので栄枯盛衰は他人事、と常にそう考えている。

 めんこい娘にあらず、獣の雄に抱く憐憫などないとする自身が一番びっくりした状態で、飛んでくる狼の威嚇に真っ向から向き合った。

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