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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
52/102

夢五十二話

 恒例となったお使いサムライ一行は大陸交易路を東へ、沿海都市に向かって旅立った。

 主命を受けたとはとても思えないほんだら道中になることは、すでに出発時点の面子で決定となっている。


「そなたの女のうち二人は置いていくかと思っていたが」

「置いていきます」

「では後ろについてくる三人一頭と余りものの竜人はなんだ?」

「ドーテイ卿の里帰りとそれに付随する娘っこ二人」

「……途中までご同行、というわけか」


 赤い刺繍を施した白頭巾の金髪姫が振り返る。なんだその顔は、というジト目を向けてくる。

 顔中につけられたちゅーと甘噛みの跡は今朝になっても消えていない。

 黒がちゅー、烏が甘噛み。残留させようとした娘っこからの猛烈な抗議を受け、ドーテイ卿の仲裁を受けて和解に至った次第である。

 ジーン・シストラ魔道公と同じ沿海地帯に城塞を持つ竜人公の嫡男が、ウンシンどのを近くで待とう、と気配りな提案をしてくれなければ、当初の予定を変更してでもエヴレンとミヤマを連れていったことだろう。

 ちなみにそんな若い竜人は、ツインコーツイ城塞の新しい主になった風雲公なるものが、愛するサソリ娘と同族だということを未だに口にしていない。

 アルビノポニーに戻ったメイ・ルーが残った角で腰をぐいぐい突いてくる。

 旅路に必要な荷物を積んだ鞍を見下ろしながら、お前は絶対に必要だとそのたてがみを撫でた。

 彼女が得意顔でぶるると鳴いている。

 ジュディッタ姫も荷馬としての使い勝手がある白の選抜は当然という様相だったし、それについて他の三人の異議はないようだった。

 もう一人の同行者にうっかり大食いネコ娘を選んだのは消去法というやつだ。

 残った二人、黒も烏もドラーゲン城塞内であればドーテイ卿の庇護下で安全に滞在できることだし後顧の憂いはない。


「なるほどニャムは腕っ節が買われたわけだな?」

「へい」


 似非サムライは英雄にあらず、いつでもどこでも小悪党である。この程度の嘘では良心は痛まない。

 季節も秋深くなり、一頭を除いた四人は丈の長い服にブーツ姿になっている。

 俺も甲冑のその下はモコモコを着込んで防寒対策は万全だ。

 

「生き神さま、お別れの前にあそこに寄るのじゃ」

「なんです?」


 メイ・ルーを蹴飛ばさんばかりに追い散らしてエヴレンが寄りかかってくる。

 前世でいうチョハなる民族衣装の胸部分を押し付けてくる黒が、俺の腕に肉感的なそれを挟み込んできた。思わずうっと仰け反る。

 サソリ娘のばいんばいんに劣らぬものをお持ちの烏女からも挟まれ、両手に花の状態で易路の大通りを闊歩する。

 

「もう冬も近い。ミヤマんの湯治がてら、皆で天然温泉の露天風呂といこうではないか」

「露天風呂とは」

「混浴かっ?!」


 初見のミヤマとエロ竜人が食いつく。

 お猿さん占有の温泉地が東アルダーヒルの高原地帯にあったということを、俺もやっと思い出した。



§§§§§§



 大陸交易通路はその名の通り東西の世界にまたがって続いている。

 東へ向かうこの大通りも街が点在し、それらを通過していくだけでも沿海地方にはたどり着くことができる。

 そこからさらに東になると道は分岐し自然環境も厳しくなっていく。お遊び感覚で気軽に足を延ばすわけにはいかなくなる。

 そんな黒の説明を受けながら、夕方の市場のなかを進む。入り乱れるさまざまな人種のなかで、どうしても目立ちすぎる美人さんたちの一行は、地域住民や冒険者らの興味を引いていた。

 ドーテイ卿といえば、黒の要請で金髪姫が乗る馬を馬留めに連れて行っており、その姿はない。

 俺はポニー化した白、食いしん坊なネコ娘とともに屋台でつまみ食いをしていたが、予想通りの騒動が大通りのなかで展開されるに及んで、金髪姫率いる本隊と合流しようとした。

 放っておけばいい、という白のアルビノなたてがみをなでる。

 危険なのはうちの子ではない。


「にゃははは。もう遅いにゃ。ほら」


 ニャム姫が指さす先の人ごみのなかで、男たちの何人かが噴水のように舞っている。

 ひえええというリアクションは、ナンパ野郎の仲間のものだろうか。

 すごい女たちがいるぞ、という人々のざわめきを聞きながら、ヘッドスライディングで現場に駆けつけた。


「何をしているウンシン」

「怒りをお納めクダサイ」


 スライディング土下座でごたごたはやめてと頭を下げる。

 見上げれば、先頭のジュディッタ姫は背中の大剣を抜いてさえいない。

 エヴレンもミヤマもあくびをかみ殺しながら張り手で身の程知らずの雄を追い払っていた。


「なんだてめえは!」


 お前らを守るものだどあほう、とは言えず、土下座のけつのほうから聞こえてくる荒々しい野郎どもの威嚇を聞き流す。


「平和的に行きましょう。今夜の宿も決めないと」

「うむ。わらわは淑女じゃからな。暴力沙汰は好かぬ」

「あの腕力でどこが淑女だ」


 見物客から誰かしらのツッコミが入る。余計なこと言うんじゃねえと俺は目を怒らした。


「おーいみんな、銀どのとこれを買ったにゃむ」


 土下座の背中に乗りかかってくるニャム姫が、木の皿に乗せた肉じゃがをほお張っている。


「お。それは肉入りじゃな!」


 黒が飛びつき、ジュディッタ姫とミヤマもお皿に群がる。俺の頭の上で男たちを無視した屋台料理の奪い合いが始まった。


「こらコラこら汁が飛び散る」


 頭上の戯れにやめなさいとたしなめようとしたものの、あーんされて正直な感想を返した。


「人前ではしたない……しかし味はうまいですありがとう」


 平伏したまま煮込みすじ肉を堪能する。

 わがけつを向けられた男どものほうといえば、眼中になさすぎる彼女たちの行動に一層ぶち切れたようだ。


「なめやがって」


 ひときわ大きい冒険者くずれが殺気を飛ばしてきた。驚愕と悲鳴の声が市場に響き渡る。

 人波が引き、我々とちょっかいをかける男だけの空間ができあがった。


「砕けろ」


 肉じゃがは後にしましょうねと身内から木皿を取り上げた瞬間、土下座サムライの腰あたりに木製鈍器の強烈な一撃が降りかかった。

 重低音と砂埃のなかで、アカン、と俺は思った。

 衆目にさらされながら、けつをしたたかに打たれた無様はいっこうにかまわない。その後の男たちの下卑た笑い声にもプンスカする気にはなれなかった。

 にこにこ顔で肉じゃがを食べていた娘っこたちの表情が変わっていくのを見たことが原因だ。

 あれ、おかしいなこいつ痛がってねえぞ、とほざいた男が餅つきのように数回打ちつけてきたが、それどころではない。


「わらわが剣の師たるウンシンになんという無礼を」

「この埃どもは貴方の寛容がわからぬようだ。排除しよう」

「生き神さまへの非礼はわしへの最大の侮辱じゃ」

「大丈夫ですやめて」


 いまだに棍棒の打撃を受けつつ、ジュディッタ姫の大剣を受け止め、ミヤマの濃紺の布ムチを捉え、エヴレンのサソリの尾を歯で噛みながらそれぞれの技の発動を阻止。

 味方からの攻撃を受けつつ棍棒でバカスカ叩かれる珍光景に、見物人たちが石になって固まっている。

 なんだこいつ固えなわはは、という野郎のやりたい放題に、傍観していた白が最後に動いた。

 ヒヒーンといなないたメイ・ルーの馬蹄で、やくざもんのような連中が蹴り飛ばされていく。

 空へと消えた五体の男を横目に、剣豪と影とサソリ、三種類の矛先が引いたのを察知して立ち上がる。

 今度は三種類の手が伸びてきた。頬についた砂を拭いてくれるジュディッタ姫、胴体の埃をはらうミヤマ、けつをなでてくるのは遠慮のない黒のものだ。


「三人はお母さんにゃむか」

「初めて沸いた母性の相手だからしょうがない。これほど世話のしがいがある無敵のお子様もいないし」


 周囲の視線が痛い。

 市場を見て回りたいわが欲求を中断させざるを得ないようだ。

 なんでえなんでえと割り込んできた地元の侠客とか自衛団の登場で、事態はさらにややこしくなっていく。

 ミヤマを背負う。黒と金髪姫の手を取る。もうこの付近の宿に泊まることは諦めよう。

 ネコ娘とポニーが後ろからついてくるのを感じながら、馬留め場へと向かう。高貴なお方の愛馬がそこにある。

 頬の近くで微笑んでいる影の女の息遣いがこそばゆい。

 キャッキャウフフを見せ付けた結果となり、背後にいある自衛団たちの怒号がさらに強まった。

 夢はまだ続いている。

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