夢五十一話
五人の共同作業といいつつ、甘やかしサムライは二人を肉体労働に、残る二人を館での家事という交代制で、長期に及ぶ改築作業の生活に緩急をつけていた。
今日の土木要員は馬とネコになっている。
クラスタール樹海方面の山から切り取ってきた木や岩を小太刀で裁断する。紙でも切るようにスパスパ仕分ける。
上半身裸になりながらそんな内職に没頭していると、雑務に奔走していたニャム姫が遺跡宮殿のなかからやってきた。
お昼にゃ、と告げながら土塁の階段を下りてくる。
「相変わらず銀どのの裸体はすばらしいにゃむ」
「うちの娘は全員ムキムキ好きですね」
現世では程よいマッチョながら、以前はひょろガリだった。
鋼の体を褒められようとこちらとしては他人事である。
百七十三センチという身長も微妙だし、一重鷲鼻無精ひげというツラもイケメンとは程遠い。
しかし世界が変われば評価も変わるのか、高くも低くもない背丈はともかく、武勇に裏打ちされた無骨な顔として、数少ない女性(ほとんど亜人)にだけは好評なのだった。
いつのまにかつけられた銀どの、というあだ名も慣れた今日この頃、上着を着せてくるというお嫁さんのような動きを見せたニャム姫にありがとねと伝え、小太刀をしまいこんだ。
弁当袋を手に持った白も宮殿から出てきたようだ。
「ウンシン」
「おう。お弁当か」
「職人たちは中で。メイたちは道沿いの木陰で食べよう」
小柄なアルビノ美少女から竹皮のようなもので作られた弁当箱を受け取った。
食いしん坊なネコにせかされ、早速木陰で敷物を広げる。その前に近くの小川で手を洗った。
三人とも駆け足で舞い戻る。
秋晴れの空を見上げ、小鳥が鳴く声を聞きながらの昼食は平和だった。
これがでたらめな力を持った俺の夢心地な世界が現実だ、と知らしめてくれる、大切な瞬間なのだ。
立身出世という欲がこのひとときを上回ることはこの先もない、と内心で断言しておこう。
パサパサ気味な米を握って焼いたものをほお張り、甘辛い肉野菜の炒め物を口にする。
うみゃうみゃを連呼するヤマアラシのような髪のネコ娘と白い馬娘を見て、浪人でいようという決心がさらに固まった。
ヤル・ワーウィック冒険王から客分扱いされたとて、優先するのはこの子たちだ。
朝市で手に入れたという甘い果物にかぶりついたあと、食後のハーブティをいただく。
「う~幸せじゃあ」
「お腹が見えている」
白の指摘を聞きながら、寝転んだニャム姫の薄ピンクなぽんぽんをチラ見しつつ、丘陵の上にある城塞からくねくねの道を下って駆けてきた馬の一団を確認する。
光沢のある毛つやで有名な「黄金の馬」なる馬種らしいが、俺には原産の微妙な差などわからない。
すべては様々な地方で暮らしてきた身内からの情報だった。
黄白の毛色をしているそれを駆ってきた大柄な女剣士が颯爽と馬を下りる。
メイド兼従者のポチャとホソがそれに続き、俺はようこそと立ち上がって出迎えた。
「久しぶりだなウンシン!」
「さようで」
「自由行動をある程度保障されているとはいえ、城塞から出るとなるとなかなか融通が利かぬ。面倒なことだ」
俺より背の高い彼女はこれでも冒険王の何番目かの夫人というか妾であった。
高貴さや優雅さを兼ね備えたブロンドの毛髪、男顔ながら美人ということで、どこにいてもジュディッタ姫は目立つ。
半帽ヘルメットのごとき兜を脱いだ姫が、何気に感慨深く亜人の姫に語りかけた。
「わらわと違い、いつでもこの勇士のそばにいることができるニャム姫が羨ましい。あえて幸せそうだと言わせていただこう」
「ニャムは帰る国を失ったけど」
ジュディッタ姫の言葉にニャム姫が幸せだと断言して立ち上がった。
「新しい故郷ができたからな! それがここ。仲間と女だけの旅をしたり、お買い物にいったり遊んだり、こうしておうちを作ったりと忙しい。隠遁者ながら暇がなくて復讐どころではないぞ。銀どののおかげにゃむ」
「……そうか。故郷はここか」
闊達さが売りのうっかり姫が高らかに笑うのを見て、金髪姫は白い顎に白い指をあてて神妙に頷いていた。
メンタルの強靭さは双方とも俺の比ではない。それに感心しながら城からやってきた三人の上客を木陰に誘う。
ピクニックな応対のなかで、ジュディッタ姫があらたまって口を開いた。
「夫たる王がな、わらわの嫁入りを成功させたそなたの外交力にまた目をつけたようで」
「ウンシンはアルダーヒル全土に並ぶものなしの便利屋だもの」
察しのよい白がナッツ類をかじりながら呟き、俺の立ち位置を説明しはじめた。
「権力者側から見ていつでも捨て石にできる客人という身分。どんな局面にも対応できる天井知らずの武。その力に反比例する野望。冒険王がメイの神さま頼みになるのも無理はない」
「……つまり俺にまたお使いの用件が」
「今回の旅はわらわも同行するぞ。西に近いトゥルシナ家との繋がりも訴えかけることができるし」
「ジュディッタ姫と護衛の銀どの、という外交使節になるにゃむか?」
ネコ娘が尻尾を振りながら尋ねると、女剣豪がそうだと肯定した。
しかしながら俺は、建設的で平和な毎日を実感した矢先の頼みごとに対し、うかつな返答を避けている。
いかに金髪姫自らの出仕要請といえど、また長旅かと気後れになるのはやむを得えまい。
「忙しいかウンシン」
「うーむ」
「そなたがいない間の改修なら職人を増やすよう王に頼み込もう。褒賞なら」
魔物を乱獲した非道サムライの成金ぶりを思い出したのだろうか、金に困っていない当方の懐具合に口をつぐむ。
「金品はおろか、地位も名誉もいらない」
「そう」
ジュディッタ姫の確認の独語に白が首を縦に振る。
頭を抱えてしまった彼女があうあうと身悶えるのを見て、俺はふうとため息をついた。
それを察知したニャム姫が肩をすくめ、メイ・ルーは違う意味で嘆息している。
「どの国へどういう理由で赴くのです?」
「う、うむ。それがだな」
「銀どの……相変わらず女に甘いにゃむ」
「見知った女の情を断ち切れないウンシン。成り上がりを夢見る有象無象の男どもより統治者に向いていない」
お山の大将が関の山だということで許していただきたい。
その改築中のお山を見上げながら、大雑把に依頼内容を聞いてみた。
東の海岸を拠点とするハイ・イェン竜人公の嫡男、ドーテイ卿との縁故ができたのは偶然ながら、冒険王としては外交的に有意義なものだった。
ワム・ツインコーツィ獣人公の城塞がラウ・クーダー風雲公によって奪われ、北西方面の政情がきな臭くなっている現状を考えると、多方面に敵性の軍閥を抱えることは彼にとって得策ではない。
つまりはこの際、残った未国交の勢力とも顔をつないでおくべきだと考えた女好きハンサム野郎の発案で、再び俺がお使いに借り出されることになった、というわけだ。
竜人公の支配区域からさらに北東にある内海沿いに、ジルバンジャーという名の城塞がある。
そこは魔道本家と自称する、ジーン・シストラ魔道公の領域だ。
かの勢力と渡りをつけてくれ、というのが、今回のヤル・ワーウィックの要請なのだった。
「そこにある港の名はヴァクー、風の街とも呼ばれている」
「海洋貿易都市ヴァクーは確かに有名にゃ」
馬とネコが四つの目を光らせた。各都市を遊び歩いているうちの娘っこたちだが、さすがに風の街とやらにはまだ縁がなかったようだ。
「わらわの西での働きは、アルダーヒル地方に割拠する軍閥の耳に少なからず届いているらしい。虚名とはいえそれを活用しない手はないとわらわも考える。こちらとしてはそなたがおれば万事事もなし、魔道公をぶっ飛ばしてさえ帰国は容易であろう。出立は十日後となる予定だ」
高貴なお方は返事も聞かず、では前日にそなたの館に泊ってから行くぞ、という奔放な捨て台詞を残して去っていた。
ポチャとホソもそんな主人に慣れているようで、平然と後に続いていく。
それを見送りながら冷や汗をかいた。四人の娘っこを全員連れていくわけにもいかず、改築工事のお手伝いをする残留組を誰にするか、という魔道公をぶっ飛ばすより難しい問題が自身に課せられていたからだ。
期待感をこめたメイ・ルーとニャム姫のまなざしをなるべくスルーしながら、よいせと腰を上げた。
今夜は悪夢に苛まれそうだ。