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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
48/102

夢四十八話

 男だらけの樹海探索はやはり現実のものとなった。

 新顔の二人はもとより、黒白を激戦区へやる理由はない。

 あの子たちはお遊び半分な改築作業の合間に、過去がかすむほどの放蕩期間を楽しんでほしいと思っている。

 甘さ極めた保護者の要望に応える形でリハビリ中のミヤマを含め、今日は四人で東南にある小売店総合商業施設へと出かけているはずだ。


「冒険王が将軍の単独行動をよく許したな」

「竜騎士たるハイ・イェンの末裔ドーディ卿、アルダーヒルに並ぶものなき勇士と知るものからは称えられるウンシンどの。双方に寄生すれば千の軍勢を連れて行くより安全だとの仰せで」

「武人として恥辱的な命令だと将軍は思わぬか」

「数ヶ月前ならそう思っていたでしょう。しかし西からやってきた妃の一人に諭されました。そんな矜持は城に置いていけ、後々あほらしくなってくるから、と。彼女が語る確信のような言葉に押されて、誇りはひとまず置いてきました」


 ドーテイ卿とのやりとりのなかで、赤い猛牛との異名がある大男が闊達に笑う。

 ジュディッタ姫の無茶苦茶な説明は正しい、とうちの娘たちなら言うかもしれない。

 そうこうしながら道なき道をかき分け、クラスタール樹海の奥へと進む。

 そんな道中には見慣れぬ奴らや襲ったろ、という殺気立った魔物が多くいて、それを俺や赤牛が駆逐していくうちに、隠密だという建前どころではなくなった若き竜人が、二又の薙刀を抜くほどの相手と遭遇することになった。


「これは」

「首巻き角蜥蜴の上位固体だろう。この騒乱で凶暴化したと見える。縄張り争いで凶状に収まりがつかなくなったようだ」


 バルクフォーフェンが獲物の赤いランスと円状の赤い盾を構え直す。

 ニメートルを越える彼が子供に見えるほどの巨体を誇る爬虫類が、のっしのっしと四足で近づいてくる。

 以前に砂漠の蜥蜴と戦ったことはあっても、ここまで巨大なエリマキトカゲは初見だ。

 鼻っぱしの角で木々をなぎ倒しながらやってきた暗褐色の魔物は体長十メートル、海蛇以来のでかぶつだった。


「激昂しとる」

「縄張りをあらす竜の化身、牛、得体の知れない人間がこぞって来ては気合も入るというもの」


 赤い猛牛がそう答える。緊張感のない俺に比べて総毛立っており、ドーテイ卿も薙刀を手にしてすでに臨戦態勢だった。

 

「飛べ!」


 竜人の若い声が森の中に響く。首巻き角蜥蜴の尻尾回転攻撃で、巨躯のバルクフォーフェンが軽く吹っ飛んだ。

 鋼の盾で防いだ彼が仰け反りつつも踏ん張って転倒をこらえた。風圧を受けたドーテイ卿が宙返りして着地する。

 まともに衝撃を受けた俺だけが地面を転がり、白頭巾の額で大木の幹をへし折って連日の木こりの所業を達成していた。


「しかし一頭だけか。あんな化け物が群れでいると思うと」

「単独行動が多い種族ゆえ心配はない。しかし凶暴化したとなると痛みも感じず、肉体が崩壊するまで暴れ回ると聞いている」


 どっかんばっかん粉砕される木々や岩や地盤の大騒ぎに、牛や竜人は様子見で逃げ回る。

 俺は火山の大爆発とか表現されてたことが気にかかり、駄々漏れなオーラを制限しようと試みてそれどころではなかった。そんな当方のだらけた姿を見た赤牛が溜息をついている。


「これほどの魔物を前にして弛緩しきった立ち振るまい。逃走する気なしでありながらもやる気のなさ。ジュディッタ姫から聞いていた以上のでたらめさだ」

「将軍、どうだ俺の霊気はへろへろになったのでは?」

「……最上級とされる銀の霊気を視ることができるのはごく一部の……いや今はそれどころではないぞ二人とも」


 ドーテイ卿の叱咤が飛んでくる。

 重戦車のような赤牛は盾で、竜騎士たるハイ・イェンの御曹司はときどき防御壁を張って角蜥蜴の飛び掛りや尻尾の攻撃に耐えていた。

 それに比べて似非サムライといえば敵に捕まり、怒涛のネコパンチや頭突きを受けて蹂躙される始末である。


「いたたた」

「……あれが古今独歩の勇士?」

「爪で引き裂かれ角で突き刺さされたように見えようと、実際ウンシンどのは無傷ですぞ」

「……」

 

 そういえばという視線をドーテイ卿から受ける。

 さすがに凶暴化した巨大な魔物の攻撃は激しく、周囲一体が崩壊していくのを見ながら、三人とも防戦一方になっていた。

 森林のなかでは思うように動けない。見晴らしのよい川沿いまで遁走したところで、我々は追いかけてくる角蜥蜴の荒ぶりに向き合った。


「そろそろよいか。狂いの気に纏われたものへ慈悲を与えよう」


 竜人の瞳が光った。竜気を開放したようだ。俺にもエメラルドのオーラが確認できた。

 バルクフォーフェンはそれの判別ができなかったらしいが、とにかくもドーテイ卿が竜族としての真髄を見せ始めた。

 飛び掛ってきた角蜥蜴が畳んでいた首巻きを開く。角や牙はともかく、扇状の首巻きを咄嗟に開いてきたのには驚いた。

 

「いかん」


 赤牛もそれを悟ったようで、俺と同時に盾になろうと動いたが間に合わない。


「ドーティ卿!」


 ギン、という薙刀が蜥蜴の角を受けた音と、チェーンソーのような首巻きを弾いたギギギという音がほぼ同時に鳴っていた。

 

「首巻蜥蜴ごときにハイ・イェンの首は渡せぬな」


 チェーンソーもどきから身を守ったのは、背中に畳んでいた竜の翼だった。

 彼の結界を破るほどの重圧すら防ぐ翼の盾で、若い竜人は必殺の間合いをつかんでいた。

 グオ、と角蜥蜴が唸る。痛覚がないはずの魔物が本能からか身を引こうとした。

 当方の若気の至りが内心で沸き上がる。ドラゴソニック、と勝手に名前をつけたその薙刀の一閃が、体長十メートルの巨体に炸裂した。

 ズズズ、ゴバっという地鳴りと地盤が割れる音がする。

 光の衝撃で頭部から胸部まで唐竹割りになった首巻蜥蜴が緑の鮮血を撒き散らしながらのた打ち回る。

 痛みを知らぬ魔物がドラゴニックオーラ(勝手に)にまかれて悶え苦しんでいた。

 

「ハイ・イェンたる竜の灰炎は魔物どもの再生機能を半壊させる。最上位の黒き炎ともなれば、各部位における修復機能を完全に破壊することができる。凶気に囚われた魔物ですら例外ではない。ヤーシャールという存在が他の魔神を制して頂上に君臨できた所以だ」


 頭から胴を割られたまま出血し続ける角蜥蜴がぐおおガアアと吠えたてる。

 なかなか再生できない己の体に戸惑っているようだが、気丈にも起き上がった。


「血を流しつくせば凶気持ちとて死に絶える。しかしその前に緑の血ごと浄化してやろう」


 ドーテイ卿がむん、と竜気をさらに開いた。闘気といえばわかりやすいだろうか。

 それと同時に灰色の粉塵が舞い上がった。

 ぞわっとした感覚を覚えたのは、若い彼に対してではない。


「あ、なんか別方向からやばい気がやってくる。将軍逃げよう」

「ウンシンどの」

「ドーテイ卿も!」


 思わぬ掛け声に、とどめを刺そうとしていた竜人当人がなにっとこちらを振り返る。

 

「いかん。間に合わん」


 俺は太刀を抜いた。ドーテイ卿に飛び掛ろうとするから竹割りの首巻蜥蜴が相手ではない。


「竜気?!」


 同種の気配を悟ったのか、ドーテイ卿が叫んだ。見覚えのある黒ねじりの槍が上空から降ってきた。

 その切っ先を受け止める。耐えられたのは俺のみで、槍から放たれた渦巻く黒い霊気が四散して、周囲の森一帯に着弾した。

 小隕石が大地に激突したような衝撃が当方を襲う。

 地響き地割れ、爆風、その他滞空する岩や砂が荒ぶるなかで、将軍とドーテイ卿が俺の名を呼んでいる。彼らが無事だと悟って乱入者のほうへ向き直った。

 

「サムライ!」

「おう」


 禍々しい槍と黒い霊気、鮮やかな藤色の短い髪、赤褐色な肌のイケメンに覚えがあっても、エメラルドの瞳に赤い光を放つほどの異相は記憶にない。

 光沢の紺の鎧、濃紺のブーツといった騎士姿は変わらずだが、翼のような切れ目が入ったマントは新調したように思われた。

 そんな相手に呼びかけられ、変形した地面を踏みしめて対峙する。


「そろそろ自己紹介させてもらいたいんだが、なあサムライ」

「そういえば槍使いの名を聞いた覚えはない」

「このごろは風雲公とも呼ばれている」

「風雲公?! ツインコーツィの城塞を乗っ取ったラウ・クーダー風雲公かっ」


 赤い牛の雄叫びが耳をつんざく。ニャム姫の帰る場所を奪い、鷹の一族をそそのかして青羽衆を壊滅に追いやった男の名を初めて認識したのにも関わらず、何故か太刀の構えを解いてしまった。

 身内の仇敵たる槍使いの背後に火柱が立つ。

 灰色の竜炎に巻かれ、割れた岩盤の底に生き埋めになっていた巨大な首巻蜥蜴が雄叫びをあげて、風雲公とやらに襲い掛かった。

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