夢四十五話
数ヶ月ぶりのスラム街に帰ってきた、
アルダーヒル東南部、交易路の近くの丘陵に城塞を構えるヤル・ワーウィック冒険王のお膝元にだ。
城門前で嫁入りのジュディッタ姫とお別れし、その後のことは黒白に任せて先に古巣へと逃亡したが、権力者との関わりを極力避けたい俺の行動は、王を始めジュディッタ姫も承知の上ということで、不遜な行為にも咎められはしなかった。
隠遁中であるニャム姫やミヤマは逃亡サムライと共に、エヴレンの館に待機ということになっている。双方は長旅の疲れもあって、客間で早々ぐっすり寝息を立てていた。
問題はつい転寝してしまった当方の左右に彼女たちがいて、身動きが取れない状況になっているということなのだが……
「もふガフもふガフ!」
「いてててて耳、耳たぶが」
「父上の仇」
「……本気の首絞めですやん」
抱きつかれているといっても食い物とか敵扱いであって、色気の類ではありえない。
そんな二人にプレスされて逃げられなくなった俺は抵抗することしばし、面倒臭くなって目を閉じた。
§§§§§§
「ぐっ」
久しぶりに寝起きの衝撃を受ける。
驚くことに昨日の夕方から朝まで寝過ごしたらしい。ネコ娘と烏女は左右でいまだ快眠中だった。
サソリの尾を脳天に受けて起こされた俺といえば、それをしまいこんだ黒と、額の角で頭突きしてきた白のジト目を受けている。
おはようとの挨拶をいただき、オハヨウゴザイマスと棒台詞を返した。
「お役目御苦労さまです。交易品のお茶がありますが」
「いただこう」
「温かいの」
「へい」
黒はグリーンティ、白にはハーブティを淹れて居間で報告を聞く。
昨日でジュディッタ姫とヤル・ワーウィックの橋渡しもどきに区切りがついたわけで、その成功報酬を依頼者から頂戴してきたという。
「それがお城とは太っ腹!」
「城というよりいにしえの宮殿じゃな。しかし少なくともここのように奥狭く入り組んだ狭い場所ではない。小高い丘の上にあるそれは遺跡といってもよい代物じゃ」
「城館は改装する必要がある。でもここよりよっぽど広いよウンシン」
マイホームかっ、と猛然と立ち上がる。ちなみに今は黒の居候状態である。
成り上がりに興味はなくとも自分だけの基地が欲しい二十三歳、精神年齢小学生の似非サムライなのだった。
§§§§§§
スラム街から交易路の大通りを横切り、草原の坂道を上がっていく。
冒険王がいる城塞へのルートの途中で、まるで本城を守る砦のように建てられた遺跡のようなものがある。
赤土色の石の壁は色あせて荒廃しているものの、過去の建築とは思えないほど堂々とした威容を誇っている。俺から見れば立派な城館であり、黒の言う通り宮殿だった。建物の高さは三十メートルはあるだろうか。
これが娘四人を扶養する(深い意味はない)俺の持ち家となるのだと実感し、思わず拳を空に向かって突き出しながら飛び跳ねた。
「無欲なウンシンがあんなに嬉しそうに」
「男は誰でも一城の主になりたいもの。古くて小さいが、ここはまぎれもなく生き神さまの城じゃ」
メイ・ルーとエヴレンに微笑ましく見守られながら、秘密基地のようなものを手に入れてテンションの上がったお子様サムライは、早速空想の世界に入り浸る。
この宮殿を改修する際にいろいろと手を加えよう。
二階部分にバルコニー、敷地の中庭には露天風呂、青羽衆の再興に備えて隠し部屋を作ってもよい。
夢は広がるばかりだ。
「まずはわしとメイ・ルーと生き神さまが一緒に生活できる部屋を作る。それが設計の絶対条件じゃな。その他ならばわしがとやかく口を挟むことはない」
「承知しました」
「ウンシンと寝起きできる場所さえ確保できたら、メイはそれだけでいい」
「へい」
彼女たちからの要望に口答えする扶養者ではない。
悦に入って高笑いのイエスマンに、二人のめんこい亜人さんが真似て笑う。
大威張り仁王立ちの我らに、坂を上がってきたネコ娘と烏女がどうしたのかと尋ねてきた。
「霊気どのの匂いを追って来たぞ。何を笑っているにゃむか?」
「ここがね。これから俺ら五人の棲家になる」
「……これは」
廃墟の建物を見たミヤマが頭巾を顎の下までずらし、周囲の環境を改めて確認してからなかなかの要所、と武人らしき感想を述べていた。
「あばら屋にゃむ……」
むむ、と難しい顔をするピンクの髪のお姫さまに、これから改修、増築していくのだと説明する。
「みんなで造り変えていこう。ここはもうウンシン一家のものだから」
白の言葉にニャム姫がおうっと答える。
ウンシン一家とはなんだと思ったが、懸命な俺は沈黙を守った。
「ニャムとミヤマんも霊気どのの一味かー。しょうがないにゃむ」
「生き神さまとともにある。それがどんな場所だろうとわしらには御殿であろう」
「然り」
黒の言葉にミヤマが頷いた。さしあたっての成金浪人、金と暇は十分にある。
にゃはははふふふふと新顔が明るい笑顔を見せていた。つられて黒白もまた笑う。
俺を含めたわはは五重奏が丘の上でこだまする。
誰も彼もが変人だった。妙な連帯感を覚えながら、早速改修工事の計画を練ってみた。