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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
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夢四十四話

「わが道衣は羽、そして翼なり。非力な烏に鷹の爪を受けきれるかな」


 赤黄色のマントが広がった。それが鷹の翼に変化していくのを見ていたミヤマが、手中の暗器を投げつけた。

 青い羽は鷹の羽ばたきひとつで地に落ちた。凄まじい風圧に、見物していた娘たちが大きく身を仰け反らせながら踏ん張っている。ミヤマも後ずさる。

 いつの間にか敵は飛び上がっていた。手の甲から生えた長い爪で彼女の体を抉ろうと懐に飛び込んでくる。

 それに対し烏女は自身のマントを手に取った。

 しなる青紫の布が上翼の脳天に打ち込まれる。同時に印を結びながら鷹との間合いを離した。

 鉄槌にもまさる打撃をくらった相手が顔をしかめ、頭を撫でている。


「火薬か」


 次の瞬間に仕込んだものが爆発した。広間が煙だらけになったものの、鷹の翼の羽ばたきで見通しはすぐによくなった。頭頂がバーンになったことでアフロな髪になったと思いきや、上翼のおっさんは頭巾をはたいて驚いた、と驚きもせず呟いている。

 カッチカチの頭やんけと俺は内心毒づいた。


「小手調べか? 余裕だな上羽」


 さらに距離を取ろうとするミヤマに、翼の生えたおっさんがせまる。

 再度飛ばした濃紺の羽は、同じような赤黄色の羽で全て撃ち落とされていた。


「その利き腕はもはや使えぬとあのお方から聞いている。それでは必殺の術も出せまいが」

「ミヤマんの青い刃を知っているにゃむ?」


 うっかりネコ娘が思わず口走る。あっと口を押さえたものの、秘術の名をばらした彼女はごめんにゃむ、とミヤマに謝っていたが、それどころではない。

 当人は術が出せるものならしている、と言いたげに相手の攻勢をかわしている。余裕の回避ではないようだ。


「大技が使えぬのならばおぬしとて本職の敵ではない。しかし殺すには惜しい逸材、降伏せい」

「諦めが悪いのが影なわけで」

「その身は烏の残党を誘い出す罠のようなもの。四肢をもぎとって抵抗できなくしてから捕らえてもよいのだぞ」

「笑止。鷹に降る烏などおらぬ。私を誰だと思っている」


 そうミヤマが告げた途端、鷹が放つ風の渦にとらわれて彼女が宙を舞った。

 回転しながら床に叩きつけられたものの、さすがに影衆の頂上にいた使い手は無様に転がり倒れることはしなかった。受身をとって跳ね起きる。

 肌身を晒さずとも、ミヤマは布の下のいわゆるインナーを露出させていた。


「刀剣の類を弾き返すミヤマんの装束を、あれほど簡単に切り刻むにゃんて」

「鷹の爪は全てを切り裂く。硬質の帷子とて無意味だ」


 ニャム姫の驚愕に満足気な上翼のおっさんが小さく笑う。

 両手の長い爪を誇示して膝をつくミヤマに近寄ったが、何かを感じたのだろうか、踏み出す足をふと止めた。


「……何かを隠しているな? 奥の手か」

「わからぬ」


 戦闘当初から利き手の甲を気にしているミヤマに、俺と戦った際の体術や技の鋭さはない。

 しかし余裕のない戦いぶりに反したその落ち着きは、鷹でなくとも怪訝に思うほどだった。

 

「わからぬが、鷹程度の爪なら受けきれる気がした。これのせいだ」


 ミヤマの言葉におっさんが細い目をさらに吊り上げる。エヴレンとメイ・ルーが額に埋め込んだ珠に指を添えていた。

 

「わしの珠が光っている」

「メイも。銀の霊気とやらがなにか……共鳴というか」


 絶対有利な状況で侮られ、それでも平静を保つおっさんが静かに爪を構えなおした。

 内心はともかく、さすがに影の者は激昂を表に出すことはないようだ。


「その奇妙な光を放つ利き腕を、まずは落とす」


  

§§§§§§



 キィィン……と耳に響く音がした。

 鷹の爪とミヤマの手の甲にある珠が擦れあった音だ。

 弾かれたのは上翼のおっさんであり、その爪に利き手を差し出した上羽のほうは、首を傾げて埋め込まれた珠を見る。


「本職の爪撃が跳ね返された……?」


 両足を踏みしめて吹き飛ぶ体を支え直したおっさんをよそに、烏女は未だ不思議そうに手の甲を見下ろしたままだ。

 鋼鉄をも貫く爪の与えるダメージを考えると、ミヤマの利き腕ごと木板岩盤を巻き込み、その周囲は切り裂かれているはずだった。

 しかしその衝撃は珠に吸い込まれ、彼女の手はおろか地面にひっかき傷すら与えていない結果になっている。

 部屋のなかの埃が風圧で巻き上ったのみだ。


「……どういう魔道を施した?」

「魔道? いや」

「にゃっはっはっはっ」

 

 答えかけたミヤマにかぶさって、ネコ娘が笑いながら立ち上がった。

 まるでわがごとのように威張っている。


「魔道に見えるのか鷹のうっかり者め。不自由になったミヤマんにゃむが、しかしながら青羽随一の使い手は、今では銀の霊気の使い手になっておる!」


 うっかりものにうっかりと名指しされたおっさんが光るものの正体を知って絶句する。

 オーラのなかでも最上位とされる銀のそれを、確認できずとも察知したようだ。


「むろんサソリ娘も馬っこも銀の霊気を持つ者にゃ。本来ならニャムを含んだ四人でタコ殴りのところ、一騎打ちで済ませていることに感謝してほしいにゃむ」


 無邪気な高笑いのなかで思う。そこに俺は入っていないことを。

 今のところは傍観者で間違いない。


「感謝はしてやる。その首を並べてわが前に差し出してくれることにだ」


 侮られるも内心を見せなかった上翼のおっさんが、哀れに思われていることにようやく気付く。

 にやりとしたその顔は青ざめていた。


「まずは男」

「いかんいかんいかん」

「それはダメ。絶対やめて」


 俺に標的を絞ったおっさんの方向転換に、黒白が別の意味で止めようとしている。

 

「影のものならもっとも不自由な相手を選ぶべき。ウンシンに関わってはいけない」

「生き神さまでは戦いの醍醐味は味わえない。でたらめに立ち向かってはいかん」


 本気でおっさんを心配する二人に、心配されたほうが殺気を殺がれてミヤマに振り返った。

 おのれ、と叫び、彼女に飛び掛る。手加減なしの鷹の爪撃だった。

 敵をアシストする彼女らの意図はミヤマを叩いて鍛えるつもりなのだろうが、こちらしては心配でしょうがない。

 本気のおっさんの攻撃を利き手のほうはなんなく弾き返している。しかし支える体のほうが悲鳴をあげて態勢を崩した。

 第二波が放たれる前に、甘やかしサムライが怪我人の烏女を守るべく間に割って入る。

 そいやと軽いしっぺを放った。


「あっ」

「あ」

「あーあ」


 ニャム姫とメイ・ルー、エヴレンが興醒めのリアクションを示すのを横目に、わが人差し指と中指のしっぺを額にうけた鷹のおっさんが、壁板を突き抜けて庭園をも飛び越え、竹に似た材質の林をなぎ倒しながら山手のほうへ消えていった。

 彼の頭をかっちかちだと見立てた俺の予想通り、上翼の使い手は全身かっちかちだったと思われる。

 

「……」


 コントの終了である。緊張感とは縁のない総大将との立ち回りが終わるに及んで、蹲っていたミヤマがゆっくりと立ち上がった。ニャム姫がその肩を貸している。


「ウンシン、ミヤマんをあまり甘やかさないように」

「あのままやられても死にはせん。死力を尽くすが珠との一体化を早めるというに、生き神さまは気に入った女を宝の如く扱いおって」


 正座の俺は白と黒の説教を聞いている。

 その前にミヤマがやってきて腰を下ろし、光る利き手を当方の手に重ねてきた。


「過保護はわがためにならぬ。しかし貴方はこの二人にも過去にそうしてきたはずだ」

「……」

「武人として心許なきと判断された私は本来恥辱に思うべきななのだろう。しかしなぜか嬉しい。とても嬉しく感じている」

「ちっ」

「ちっ」

「エヴレン、メイ・ルー、はしたない」

「ちっ」


 ニャム姫の甘乗っかりはスルーする。ミヤマが何かを思いたったように頭巾を下ろし、目から下の顔を見せつけてきた。

 茶色と青い目の美人さんがにかっと笑っている。笑っているミヤマんは珍しい、とネコ娘が驚いていた。


「ワタリ……コクマル……カササギ……父上……」


 俺の手の甲に一滴の雫が落ちた。伏せた姿勢でミヤマの表情はわからない。

 皆の仇は今は預け置く、とミヤマが呟いた。同時に青羽式の祈りを捧げている。

 正座してそれを見守るこちらの硬直はいつまで続くのか。

 黒白のジト目も痛い。軍神の泰然たる外面は演出できているだろうか。

 作り物の真顔が崩壊しないうちに、この流れを終えたいものだ。

 今夜はこの屋敷で飲み明かすにゃ、とはしゃぐうっかりさんが空気を変えてくれて助かった。

 湯治場で購入した銘酒で乾杯といこう。

 よい夢が見られそうだ。

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