夢四十三話
東へ向かう馬車での旅は、徒歩でのそれと比べてどうしても迂回のコースになってしまう。
そんなのろのろ道中において、金髪姫が最寄りの宿場町で何日か休養すると言い出した。
ジュディッタ姫のあえてのわがままに感謝しつつ、女中たちを含んだ三人を置いて、鷹の襲撃によって壊滅した青羽衆の山塞へと急ぐ。
最寄といっても一日で古巣に到着できるような距離ではない。
ということで、いまだ傷のいえぬミヤマを背負のは当方の役目である。
わが影があるところ我らあり、と称する黒白のフォローを受けつつ、烏女のナビに従い、馬車馬のように駆ける。
「ウンシンどの右」
「左」
「そこの谷を突き抜ける」
「滝の上に近道が」
白頭巾の横側から顔を出すミヤマが頭巾を引っ張り戻し、そのたびに進路を変える。
「銀の霊気どのはミヤマんの専用の小間使いにゃむか」
「その小間使いの背にある限り、ミヤマんの身に危険が及ぶことはない。地上最強の乗り物じゃ」
前を進むニャム姫とエヴレンに続いて坂を上がる。
隣に併走しているメイ・ルーが、ミヤマの利き手の甲で光る珠を見ながら問いかけた。
「ねじれた黒い槍を避け損ねたというその手の傷、珠を埋め込んでからどう変化してる?」
「……一日ごとによくなっている気がする。痛みも和らいできた。黒く染まった肌の色が少しずつ元に戻っているような、そんな浄化の効力を感じているところだ」
白が頷いたと同時に、前方の黒が藤色のポニーテールを揺らして横顔を見せた。
にやりと笑っている。
「それを授けられた以上、ミヤマんはわしらの身内も同然じゃ。もう案ずることはない。時間をかけてゆっくりじゃが、以前以上の健康体に戻るじゃろう」
「私たちも若返ってから今に至るまで時を必要とした、貴女も同じ」
経験者の二人が自信満々に語る。根拠なく事実だと語る。
ニャムにはないのかというプンスカを聞きながら渓谷を進んでいると、霧のなかで荒廃した砦の残骸を発見した。
「鷹の一族に落とされた前線の……墓標だ」
崩落した関門の前で立ち尽くすミヤマが利き腕を握り締めて言った。
しかし墓標といっても、討ち死にした下羽たちの成れの果ては見当たらない。
天敵によって烏のものどもは全て「処理」されたと思われる。
「この仇は必ず」
「ミヤマんの気持ちはわかるにゃ」
無念を口にしながらしゃがんだミヤマが、何かの欠片に触れていた。
そこへニャム姫が寄り添って背中を撫でている。
もふもふ尻尾のネコ娘は男らしい。同じ痛みを持つ彼女はそれでもにこやかに時期尚早だ、と軽挙に走りかける烏女を戒めていた。
悔しそうなミヤマが不承不承に立ち上がる。
「他の砦や拠点も見回りたい。ウンシンどの」
「へい」
人力車たる当方は予約済みの相手を背に乗せた。
青羽式の祈りを済ませる鎮魂代わりの帰郷ということで、黒白は舌打ちだけでそれを見過ごしている……とわざわざ俺に伝えてきた。
「手加減をお願いします」
日に日に体を預け密着してくるミヤマのそんな様子に、赤褐色やら白い手が両側から伸びて、わが頬をつねってくる。
左右に伸びる俺の顔を見たニャム姫が、われらが神さまは近々しくてよいな、とことさら明るい声で笑っていた。
§§§§§§
青羽の本拠にも鷹の爪痕が深く刻まれていた。
木材を多く使用した東洋建築のような館も、棟梁の隠れ部屋までも無事ではありえなかった。
影の屋敷は忍者屋敷も同然なわけで、そこで待ち構えていた鷹の残党狩りらしき部隊の登場は、アホの俺以外が予想していた展開だったらしい。
「戻ってくると思っていたぞ青羽の」
言い終える前にブッという空気の抜けた音がした。
ニャム姫の足蹴りを顔に受けた潜伏部隊の小頭が吹っ飛んで、石の壁にめり込んだ。
「雑魚だろうと仇の片割れにゃ。本復後の運動ついでに相手してやるにゃむ」
「軽挙を戒めていた本人が率先して暴れまわっている。ニャム姫のうっかりはもう直らぬのだろうな」
「それが彼女の個性」
大広間のような場所で時代劇の最後のチャンパラよろしく、三人の亜人が大立ち回り。
烏の天敵を公言する鷹としては、生き残りたるミヤマへの伏兵に雑魚をあてるわけもない。
しかし怒りのネコ娘や、珠を埋め込んでそれを自分の力にすること数ヶ月という黒白の敵ではなかった。
サソリの尾に弾かれて天井の板に頭を突っ込んだ者。白いポニーテールを十字受けしてドヤ顔したはいいものの、そのまま衝撃を流せずに割れたガラス窓から谷の底へ落ちていった者。
ニャム姫のヤマアラシのような髪から放たれる針に打たれ、痙攣して庭へと転がっていた者。
コントのような戦場はそれでも騒がしい。
群がる敵をデコピンで弾いて応戦していた俺は、最も先走りそうな背後のミヤマが冷静に状況を見守っているのが気になった。
「ミヤマん?」
「なんでしょう」
「落ち着いてますな」
「……自分の出番を心得ているので」
そう言った彼女が利き手を上げ、銀の霊気を放つ甲を見つめていた。
「上羽に申す。本職も鷹の上翼なり、そなたが所望する首に値しよう。一騎打ちといこうではないか」
部下が蹴散らされて形勢不利だと悟ったのか、上翼と名乗る鷹の総大将がミヤマに個人戦を挑んできた。
両目の色が違うミヤマのそれがすっと細くなる。激昂を内心に秘めながら、青紫の装束を身に包んだ彼女が広間の中央に一歩進み出た。
色違いといえど赤黄色のフードとマントという敵の恰好は、同じ影どうし、大きな見栄えの違いはない。
「ウンシン、ミヤマんを戦わせていいの?」
「この場合は止めてはいけない気がする」
「じゃろうな」
「ニャムも手が出せにゃい」
白の問いにどうしようもなく答えたし、黒もネコ娘も成り行き上仕方がないと空気を読んでいた。
似非サムライとしては、危うくなったら卑怯だろうと反則だろうと割って入るのみである。