夢四十一話
行ったり来たりと忙しい旅を一時的に終え、柔らかい寝台で惰眠を貪ってから目覚めたのは昼すぎのことだった。
両脇で寝ていた黒白の姿はない。
同室のネコ娘や烏女も目の前のベッドに見当たらず、居間にも気配がない。外の陽気からして外出中であろうか。
ペルシア風の寝間着からチョハ(コーカサス民族衣装)に着替え、別館にいるジュディッタ姫と御付二人の部屋をノックする。
反応がないのを見ると彼女たちも街に出かけているのだろう。
この湯治場の雰囲気からしてバイオレンスに巻き込まれたとは考えにくいが、それでも太刀を手に取り、息を切らして大通りを駆け抜けた。
回復に向かっているとはいえ、利き腕の負傷はいまだ癒えずのミヤマも心配である。
人通りのなか祭りの雰囲気を感じて広場に誘導される形となった。
そこで繰り広げられているのは、以前ワーウィック侯の使者と展開した力比べの本格的なトーナメント戦であった。
温泉商業組合主催の腕相撲大会だと説明をしてくれた見物客に混ざって、会場で腕力を競う男たちを見守る。
混雑のなかでジュディッタ姫と御付きに声をかけられた。そばにはミヤマが影のごとくひっそりと佇んでいる。
「やっとまいったかウンシン。腕比べの行事はすでに始まっておるぞ」
「寝坊しました。黒白とうっかりさんは?」
「彼女たちとニャム姫は」
いいとこのお嬢さんな雰囲気は消せないものの、金髪姫やポチャホソの三人は、ベルグラーノ出身とは思えない地味な格好で完全なる変装に成功していた。そんな彼女たちに迎えられ、わが質問に答えようとしたのは更なる地味人間を演出しているミヤマのほうだ。
青紫の衣装に身を包んだ怪我人が説明し終えるまえに、俺はひょうたんから水を飲み損ねて噴き出した。
「汚いぞウンシン」
「サムライとやら、はしたない」
ポチャとホソからもたしなめられたものの、それどころではなく会場に身を置く三人の知り合いを指さした。
「うちの娘らが」
「問題は腕の力であって性別ではない」
ミヤマの解説を受けながらなんとか頷いたとき、うげえという男の悲鳴を聞いた。
遠目にも目立つピンクな髪のニャム姫に腕をねじられた大男が、木板の上でのたうち回っている。バカ力は健康体に復帰してすぐ発揮されたようだ。
その一方、白雪の髪を後ろに束ねたメイ・ルーの対戦相手も筋を違えて巨体を痙攣させていた。
その近くの台座で両お下げの髪型をしたエヴレンが亜人の猿男を大回転させて勝利し、やったと飛び跳ねている。
「どうしたものか」
「怒るなウンシン。あれらは隠遁生活のようなものがしばらく続いておったところじゃ。催しを楽しむ程度の息抜きくらいよいではないか」
「……」
変装した金髪姫からこの手の気晴らしは必要だと諭されて口ごもる。
そんな彼女から素手ゆえ珠の力が及ばない、との大会不参加の理由を告げられた。
ふとミヤマを見れば、負傷した利き手を握りしめている。
実戦という意味で復帰したニャム姫の笑顔を無言で見つめていた。
青羽衆きっての武人が守られる立場になってもう長い期間になる。
思うように体を動かせない自身に苛立ちを感じているのだろうか。
「歴史ある腕押し比べの大会に亜人とはいえ、女が三人も勝ち進むなんて初めてなんじゃないか?」
「確かに記憶にねえな」
「女がこういう催しに出てくること自体が稀だわ」
トーナメントの進行につれて観客のざわめきも大きくなっていく。
旅の連れが賞品目当てに奮戦しているのを知った俺は、もう何も言えなくなっている。
街の統治者は好事家のようで、滞在する交易商人から献上された東の果ての旗指物を優勝品の添え物として示していた。ちなみに賞品のメインは繊維のなかでも最上級に扱われるという、東由来の白い絹織物だった。
高く売れるその異国の逸品を手にするために男たちは戦っているのだそうだ。
ちなみに添え物の無地の旗指物も、一応上物の部類に入る。
「エヴとメイを見よ。東の果ての旗指を手に入れようと気合が入っておる。まあニャムどのはどういう理由かわからんが……それでも果報だとは思わぬか?」
男顔の金髪美人にからかわれ、間を置いて頷く。
亜人が人間界で目立つ行動をするには、まだまだ理解が遠い時代だと彼女が言葉を継いだからだ。
ふんぬ、という黒の気合と、っせいという白の掛け声が聞えてくる。
相手の男たちが舞って転がり、あっけなく敗れ去る。
準決勝でニャム姫が白に敗れる因縁の対決を経て、決勝は亜人どうしの戦いとなった。
§§§§§§
「つまらぬな。エヴとメイが同時優勝とは」
「腕比べの競技台をぶっ壊しても決着つかなかったのだ、互角扱いなのはやむをえにゃい」
「剛の黒どの、柔の白どの。互いに特性はあれど明らかな優劣はない。あのままやっても決着はつかないだろう」
夕方になり、大会後に開かれる飲め歌えのお祭り騒ぎが広場で催されていた。
表彰される二人の亜人を見守りながら、立ち飲みテーブルの前で麦芽発酵飲料を飲み交わす金髪姫とニャム姫、紅茶をすするミヤマが試合結果をあらためて解説し合っている。
ダンディな髭親父である好事家の統治者は女好きでもあるようだ。
王侯貴族のような格好で黒白の前に跪き、二人の手の甲にキスを施していた。
そして絹織物を二反、無地の旗指物を手渡している。
彼女らの本望は東の果ての独特な旗ということで、ダンディに接する愛想もそつがない。
女神の笑顔を浮かべている。
「もふもふガフガフ」
鶏肉のすり身団子が入った青菜スープは、食いしん坊のうっかりさんのお気に召したようだ。
パンをそれに浸しつつ、ニャム姫がばくばくと食らいつく。
テーブルに汁が飛ぶ。俺がそれを拭き、ネコ娘の口元も拭いてやる。
金髪姫が真似しようとして御付きのポチャとホソに止められていた。
そうこうしているうちに、自身の肌の色と酷似したチョハ衣装の黒白が戻ってきた。
「生き神さま!」
「ウンシン!」
二人そろって仲良く両手で旗指物をこちらに差し出してくる。
どーぞと合唱するめんこい娘っこに対し愛しさを抑え切れず、彼女たちをまとめて抱きしめた。
ありがとね、という言葉はちゃんと伝わっただろうか。
わらわも混ぜろとか、ニャムもーという割り込みでそんな雰囲気は一瞬で流された。
エヴレンとメイ・ルーに頭をなでられていることから、偽りない感謝は聞き入れてもらえたと思われる。
宴は始まったばかりだ。祝勝会を兼ねて夜明けまで酒盛りといこう。
夢を見るのは朝からになるだろう。