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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
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夢四十話

「ポチャ、ホソ、わらわはこれから仮眠する。異変があったら起こせ」

「かしこまりましたお嬢様」


 ぽっちゃりのポチャ、ほっそりのホソという冗談のような名前のお付き二名が、馬の手綱を取りながら頷いた。双方とも戦闘状態に移行できる勇ましい甲冑姿になっている。

 荷物を抱えて駆け足で並走してきた俺といえば、箱馬車のなかに来いという女主人の命に従い、天蓋つきのボックス内に身を乗り上げた。

 男子禁制の空間ながらウンシンは別じゃ、とのたまう姫に膝枕をせい、と促され、ふかふかソファの長椅子に腰を下ろした。

 短い金髪の頭をわが膝に乗せてくる彼女が仰向けに寝転ぶ。にかっと白い歯を見せる豪快な姫君がおやすみと挨拶してくるのに、良い夢をと返した。

 お貴族様気分で肘を立て、緑の平原を進んでいく窓の外の風景を眺める。

 ちらほらと野生の動物たちを見かけた。草食系だというのは確認できた。

 季節は秋に相当するだろうか。曇り空を見上げてふいいと息をついた。


「こんな平和な旅が続きますように」


 せんなき願いを口にしながらひょうたんを取り出し、山手の湧き水から汲んできたそれを一気飲み。

 姫の手前空気を漏らす粗相を控え、いつしか自身も眠気に包まれて目を閉じた。



§§§§§§



 自分の声で目が覚めた。うっという濁点の叫びが口から漏れた。

 ズシンという重低音もした気がする。なんだなんだと視界を開く。

 崩れた体勢を直して起き直ってみれば、開いた窓の外に立っている見知ったプンスカの顔があった。

 脳天に一撃をもらったようだ。白頭巾を脱いでいたのでダイレクトに衝撃を受けている。

 その衝撃とは、エヴレンのサソリ(アラクラン)の尻尾攻撃だった。


「なんじゃ、今の重い音は?」

「お嬢様、湯治場に到着したようでございます」


 ポチャとホソが異口同音に御者の腰掛から報告してくる。

 眠気眼な金髪姫が目をこすりながら頭を抱える俺を見る。外の黒白、新顔二人を見る。

 関所を越えた馬止め場が現在地だとお付きから知らされ、状況を察した彼女が飛び跳ねた。

 

「エヴ、メイ。数十日ぶりじゃな!」

「姫もお元気そうで何よりじゃ。その手の早さもな」

「ウンシンを膝枕にするとは抜け目ない」


 馬屋に向かったポチャとホソのくすんだ金髪を見送りながら、ジュディッタ姫が異国のネコ娘と影のものを窺った。

 馬車の往来が多い通りから逃れつつ、宿に向かって石畳な街の中央通りを歩きだした。


「……」


 刺々しい視線と沈黙の罵詈雑言が聞こえるように思うのは俺だけであろう。

 貴族から荒々しい輩まで、向けてくるジト目は様々だ。

 亜人ながら美人すぎる黒白、この地域ではやや珍しい金髪の姫(変装済み)、ころころよく動くめんこいニャム姫など、女だらけの一行は大通りでも特に目立っていた。

 性別不明な格好のミヤマがこの際有難い。

 嫉視にさらされながら何も知らんやろお前らと心のなかで言い返し、おてんば娘たちを連れて進む。


 滞在期間が長くなったとて、上流階級御用達の宿屋であと数日はすごすことになる。

 ジュディッタ姫とそのお付きが長旅の疲れを取るのは道理だし、怪我人の新顔二人の湯治もあと少しは必要であろう。

 当然にしてトゥルシナ家三人組は別の部屋で寝泊りすることになる。

 俺は以前に泊まった五人部屋に荷物を降ろし、久しぶりの柔らかベッドにダイブした。

 エヴレンとメイ・ルーが背中に重なってくる。

 ついでにニャム姫もにゃはははと笑いながら乗ってきた。


「あれがベルグラーノの女剣豪と名高いジュディッタ姫。北方の熊を退治したという噂はこの湯治場にも伝わっている」


 ベッドの上のおふざけに参加しないミヤマが、彼女は変装して正解だ、と呟いた。

 黒白が意味ありげに顔を見合わせる。数珠でパワフルになった金髪姫がどれほど腕を上げたのか、興味深々の様子だったが、面倒事はこりごりな当方はこの話をスルーした。


「ニャム姫とミヤマんの体調はどうで?」

「ニャムはほぼ全快したぞ! ミヤマんはまだ不自由にゃむが」

「私の傷の深さから考えるとこの回復ぶりは奇跡に近い。金に糸目をつけず湯治に美食に明け暮れたおかげだろう」

「それはよかった」


 この恩は返すというミヤマ、体で返すとその意味を理解せず吼えるニャム姫、双方にその礼には及ばないと伝える。

 そうこうしているうちに、歓迎会になる今夜の夕食の用意が部屋に運ばれてきた。

 その間をぬって俺は旅の疲れや垢を落とすため、室内に設置されている小さい風呂場へと逃げ込んだ。

 同時に騒がしさが増し、ジュディッタ姫たちの声がして、面子の勢ぞろいを窺い知った。


「ウンシン、そこかっ」

「やめーや」


 木の扉を開けようとするのぞき女と押さえる裸の俺、にゃはははニャムもーという暢気な騒ぎで宴は始まったも同然となった。


「お疲れの背中を流すのはメイの務め」

「いやいやそれはわしの役目じゃろう」

「……命の礼だ。やむを得まいか」


 白と黒の声に混ざって、一人だけローテンションな烏女の独語が聞こえた。しかしそこは遠慮を貫き通してほしいものだ。

 

「ポチャ、ホソ、嫁入り前の姫を抑えて」

「お嬢様のお望みに応えるが従者の役目」

「ははは笑えねえ」


 扉の向こうのメイドたちが主人に合力したようで、ミシミシと木の扉が軋む。

 諦めた当方は乱入される前に一人用の風呂に身を沈めた。

 彼女たちとすごす数日の休暇の間くらいは、ドンパチばかりな外の世界のことは忘れよう。

 とりあえず俺の使命は、港町で手にいれた米で炊きたてのにぎり飯を作ることになる。

 ややあって扉が開く。どうやら娘っこらは半裸になっているようだ。すぐに目を背けた。

 背けてなお、爛々とした目でこちらを凝視する痴女どもの気配を感じる。

 なんかくやしいので、一緒に入るかとヤケになって問いかけた。

 そういう開き直りはヤダーと合唱され、気難しい相手から風呂用具を投げつけられた。

 騒がしいながらも平和な光景を、寝ても覚めても継続したいものだ。

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