夢四話
「あっぶねえ! 直撃したらどうすんのよばばあ!」
「……」
「おばあちゃん子な俺が反撃できないのを知っての狼藉だな? くっそおやり方がきたねえぞばばあ」
杖から放たれた閃光にびびったのは内緒だ。その光の後で、猛烈な突きが飛んできて数メートルは飛ばされた。
それは杖の打撃によるものではない。明らかに尖ったもので突かれた衝撃だった。そう確信しながら立ち上がる。
黒紫色のなんちゃって甲冑に傷がないことを確認して、占い師のような格好の年寄りに迫った。
「無傷……?」
「コラこらコラばばあ」
エヴレンと呼ばれた婆が驚愕して呟き、見物人たちは声を失っている。
俺としてはどこかに槍のようなものを隠しているのか気になったが、そのまま距離を詰めた。
「あんたが自称する十八の娘だったら、今頃お仕置きしてた所だ……って」
いきなり伸びてきた赤褐色の手に手を握られ、問答無用に裏路地へと引っ張り込まれた。
ひょこひょこ動きのパワフルな先導者が薄汚れた裏通りを突き進む。おばあちゃん子の当方はそれを振り払えず成すがままだ。
その行く手をさえぎる命知らずは誰もいなかった。表通りよりいかつくなった不逞の輩すら見て見ぬ振りをしている。
それを気にした様子もなく彼女が薄く笑った。
「わしの八つ当たりを恐れておるのよ。同じように老けたくはないんじゃろ」
石造や木造、テントのような簡易な造りのものまで統一性のない雑多な密集居住地が並ぶなか、俺が押し込まれた場所は、他の家屋より一段高い位置にある石の館だった。
§§§§§§
「ぬしのいるこの城下町は、各地に点在する軍閥の一人であるヤル・ワーウィックの支配区域に当たる。城塞の主は一代で成り上がった冒険王じゃ。剣で生きる者たちの英雄と称えられておる」
「邪神ヤーシャールが棲家である火山アラストラハン、縄張りである樹海クラスタールから姿を消したことで、きゃつの勢力範囲内における生態系や力関係が混乱中での。近隣のシストラ魔道公、ハイ・イェン竜人公、ツインコーツィ獣人公もその対処に追われるじゃろう。更なる乱世の始まりじゃ」
「生命豊かな樹海を巡って、今までおとなしくしていた魔物どもが互いに争いだした。わしに老いの呪いをかけたあやつもおそらく動きだす」
占い師の館もどきな一室にて、婆相手に情報収集の真っ最中である。
引きこもり館主の情報屋ばりな話を聞き、ここの世界の情勢に少しだけ触れることができた。
俺の知るファンタジーな世界よりも、亜人という人間に似た種族は俗世における征服欲が旺盛らしい。
ヤル・ワーウィック冒険王をはじめとする城塞の主たちは、俺が嵌っていたネトゲの狩人のようにモンスターを狩って武器防具を鍛え、人間には成しえぬ力を手にして勢力を保ってきたとのことだ。
古代からこの地域はアルダーヒルと呼ばれている。
そしてこの東アルダーヒルには、現在統一された政治権力機構はなく、いくつかの群雄や強力なモンスターが割拠する乱世の状態になっている。
「邪神が消えて数日、いきなり城下町にやってきた不思議なぬしの姿をな、わしは気に留めておった。銀色の気を放つ「人間」など見たことも聞いたこともないからじゃ。スラム街に迷い込んだのを幸いに、わし自ら見定めにやってきた、というわけで」
「(銀色の気? 竜も似たようなことをほざいてたな)その心は?」
「銀の霊気は伝統、格式、古風を表す。当然にして寿命の短い人間では出せぬものだ。竜人や妖精でさえよほどの古齢でないと発せられぬ。千年ほどの時を経ねば成せぬ、神やそれに準ずる者が示すことができる至高の気であり、色なのじゃ」
「あー。そういえばびしゃもん」
「ビシャモン?」
「イヤイヤ」
軍神の発祥は千三百年以上は前だと記憶している(憶測)。銀色に光り輝くオーラを持っていても納得できようというものだ。
しかし軍神を模した外面はともかく、わが内面は精神年齢中学生、二十三歳のただのオタクであることは心しておかねばなるまい。
頂上竜を相手に思うがままやりたい放題していたテンションは、ひとまず封印しておこう。
権力者レベルの騒動に巻き込まれるのも御免だ。
元のいた世界でぼっち旅をしようとした途中だった。どうせ夢から覚めぬなら、異世界でもその続きをしたいと考えるのが人情というものであろう。
「霊気を理解するものは限られておる。それでもぬしと接触した最初の「見える者」がわしでよかった。初対面じゃが、わしの生死に関わることゆえ頼みがある」
「なんの?」
お茶菓子代わりに出されたチーズをワインで流し込みながら聞き返した。
数日のサバイバルを経た後の製品化された食物に、気ままな旅への欲求が消し飛ぶほどの感動を覚えている。
「わしを老いの呪縛から解き放ってほしい。もしもぬしが消えた邪神に関わりのある何かだとすれば、誰にも解けなかったこの呪いをどうにかしてくれるかと」
ヤーシャール(なんか知らんけど皆がそう呼ぶから)をブッ飛ばしたのは私です、とも言えず、ワインをボトル飲みして息を吐いた。
原始ならぬ飲み物食べ物の有り難味を痛感して、うんうん頷いきながらチーズを口にする。
そんな様子を勘違いしたタウィ・エヴレンなる占い師もどきが了承と受け取ったのか、皺深い赤褐色の肌をさらに紅潮させて両手を握ってきた。
「この者に巡り合わせ賜うた、わが部族の神ラフシャーンに感謝じゃ!」
互いの温度差が気になってつい微笑んでしまったおのが心の弱さを、内心でバカバカと突っ込む。
大体三本足の異名のことも聞き忘れている。
夢はまだ続いているが、なんだか悪夢っぽくなってきたと思わないではない。
アルダーヒル全体地図の情報は、六月十一日の活動報告に記載しております。