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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
37/102

夢三十七話

 連れがいれば数十日、ソロでは五日ほどの強行軍でベルグラーノ城塞に到着した。

 すでにジュディッタ姫から身分を保障されていることもあり、城門から街、街から宮殿までにある二つの関所を通過して貴賓館に戻る。

 買い込んでいた交易品の品々を確認し、大層な荷物にため息をつきながら居間で緑茶をすすっていると、当方の帰還を知った花嫁予定の乙女が長身を揺らして駆け込んできた。


「待っておったぞウンシン! こちらの準備はすでに万端だ」


 お茶を吹く俺にかまわず、男装の麗人のような格好で抱きついてくる。

 大剣を挿しているのは、進呈した珠を埋め込んだその後を語りたいゆえだろう。

 蒼い瞳を爛々と輝かせ、会わなかった間の鍛錬が上場であったとマシンガントークを展開してきた。

 館のメイドも執事の爺さんもそんな主人の奔放ぶりが珍しいのか、目を白黒させている。

 普段は謹厳な姫の浪人に対する気安さはまだまだ見慣れぬものなのだろう。

 後から続いてきた御付の女子隊は熊との戦いや港の海賊退治などで俺と戦場を共にした経緯があるからか、姫さまはしたない、とたしなめるだけで落ち着いたものだ。


「わが剣の上達ぶりを聞け。どうやら城中ではわらわに敵うものは誰もおらぬようになったぞ。男どもからは岩をも貫きかねない、と恐れられるほどだ」

「それ褒め言葉じゃない気がします」

「そのうち本当に岩を叩っ斬ってやるわ」


 はっはっはと大股開きで笑う金髪姫のご機嫌なこと、人間ではありえないスピードで強化された自身の武勇を誇って止まない。


「では再会を祝して」

「いい酒がありますよ、それで」

「剣闘じゃ!」

「……そっちなんですね」


 剣豪そのものな姫に裾を引っ張られ、闘技会場へと向かう。

 酒宴はその後ということで、廊下を出る前に立てかけてあった鉄の杖を手に取った。

 


§§§§§§



 剣での挨拶を終えた翌日のことである。


「また望まれぬ来訪者が?」

「きゃつらからすれば当然の報復だろう。誇り高きブライトクロイツ騎兵団としては、マクシム候がやられたままで放ってはおけまい」

「熊退治の姫に勝ち逃げされたままではゲレオン連合王国の名にかかわる、というわけですな」


 彼女の嫁入り前に一矢報いようとわざわざ重騎兵を寄越してきた彼らの面子を思いやりつつ、城下に満ちる戦の気配に目をこらした。


「では朝一番のいくさに出るとしよう。昨日の打ち合いでウンシンには及ばずとも、敵にわらわが剣技を見せつけるよい機会じゃ。お師匠さま、供をせい」

「へい」


 城壁から駆けおり、馬に乗り上げた彼女に騎兵と長槍隊が続く。それに徒歩で付き添った。

 鉄の城門が開かれる。

 

「突撃じゃ!」


 姫の鋭い号令に百人余りの精鋭が丘を下る。

 長大な鉄の杖を肩にかけて走る俺は、朝日を見上げながらいくさばっかやなほんま、と心のなかで毒づいた。

 軍神の化身に模した格好でこの世界にやってきた以上、その宿命からは逃れられないのかと思い始める。

 マクシム候の手勢と同じく、今回のブライトクロイツも紅の兵団だった。

 

「いつ見ても火炎の如き色の騎兵ども。壮観だ」


 そう呟いた姫の一隊が立ち止まる。距離を置き、互いに睨み合う状態になった。

 彼らの兵力は五百ほどであろうか。相変わらずこちらを数倍する軍勢である。


「見覚えがある。そなた、ブライトクロイツ二十四将が一人、マウリッツ・デューリングだな。熊に代わって出てきたのが「蜂」とは」


 馬上で大剣を抜き放ちながらジュディッタ姫が語りかけた。

 蜂と呼ばれた赤い馬に乗る小柄な鎧騎士が、痩躯を包むマントを風に靡かせて静かに笑った。


「見知りおき光栄に存ずる。あの熊めを倒した女傑がこのような美女とは驚きだ」

「正直者に免じて首を払うのはやめておく。感謝せい」


 そんな高言に鎧の下の蜂なる細い目がさらに細まった。

 相手は腰の帯剣を抜かず、弓を引いている。

 あのデューリングという騎士は、弓使いとして勇名があると姫が説明してくれた。

 空気を切り裂く音ともに飛んできた長矢を、彼女は造作もなく打ち払う。

 

「ほお」

「小手調べならやめておけ。今のわらわは虎の威を借る狐じゃ」


 矢を弾かれた蜂が感心していると、俺だけにしかわからないエヴレンと似たような台詞を口にしたジュディッタ姫が、颯爽と馬腹を蹴った。


「シッ」

「させるか!」


 つがえる弓が姫をロックオンする前に、狐を名乗る女傑が馬から飛び上がり標的に剣を振り下ろす。

 ズシン、と重量音が響いた。

 大地を砕く女の剣に、飛びずさった赤い馬に跨る騎士が細い目を見開く。

 

「なんという剛力。当たれば小官も熊のごとく不随になって」

「何を言う」


 砂塵にまみれて立ち上がる姫が馬を呼んだ。


「小手調べに遊ぶそなたのおせじに喜ぶほど調子には乗っておらん」

「いやいやとんでもない。いかに豪傑とて人間の女が地を叩き割る程の膂力を持てるわけがない。まさか姫は魔道に身を堕したのか」

「魔道だと?」


 がはっと笑った雄雄しい姫君が金髪を揺らして俺を見た。

 

「いくさの神のご加護じゃ。その威を借りたわらわに恐れるものなどなにもない」


 馬上から第二、第三の弓を斬り落としたジュディッタ姫が再び蜂に迫る。

 上段振り下ろしを弓で受けた紅の騎士が表情を歪ませたが、ぬおおと叫んで重圧を弾き返した。

 剛撃を受けた自身より、その重さに耐えかねた馬がふらふらとよろけだす。


「やりおったな」


 地に降り立った紅の弓使いがお返しとばかりに姫の馬を狙い撃ち。

 三本同時の一斉射撃だった。

 それは小手調べの矢とは違い、蜂の針のごとく反った矢先をしていた。


「大樹をも貫くわが針の矢、その剣で弾けるものなら」


 カーン、キィンカン。三連続の金属音が鳴って蜂の針は叩き落された。


「……」

「わらわはまだまだ未熟。しかしウンシンの珠を埋め込んだこの剣は、当世で比べるものなしの業物になっておる。そなた如きに砕けるものか」


 呆然とする蜂に向かって姫の意味ありげな言上が戦場に轟いた。

 字にして珠ながら声ではタマ、である。

 背後の味方も前方のブライトクロイツ騎兵団もタマってなんやねん、という気配を示している。

 銀の霊気が溢れる大剣を一振り、ジュディッタ姫が吹き付ける風を切り裂いたように見えた。

 そういえば黒白も数珠を額に込めて以降、そんな霊気を発して戦っていたような気がする。

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