夢三十六話
ほんま世の中金やで。そんな方言の台詞が頭の中でこだまする。
とある勢力が治める交易路沿いの宿場町、貸切のドーム型個室浴場で久しぶりの温泉を堪能している最中だった。
石造りの浴槽のなかで旅の連れと肩を並べる。
ちなみに俺は裸のニャム姫とミヤマの手前、視界を遮るように布を巻くことで混浴の許可を得ている次第である。
黒白の不満と恥ずかしがる二人の対比が面白い。
男だと言い張る烏女の言葉は他の連中にスルーされているようだ。
「滞在費は太っ腹な銀の霊気どのに全て任せたにゃむ」
ミヤマの遠慮と比べニャム姫の横着振りは板についてきた。
確かに成金サムライが経費の心配をする必要はない。
体を洗いっこする黒白のはしゃぐ声をよそに、視界の通らない俺はお礼にゃ、とばかりに背中を流してくれるネコ娘、体が少し動くようになってきたという烏女からちりちりアフロを洗髪されるという接待を受けている。
それを見た黒が思い出したように、遊びが終わったらなと声をかけてきた。
「わしらはジュディの興し入れに際し身辺を警護する。ニャム姫とミヤマどのも旅の連れとして同行してもらうつもりじゃ」
「逃亡者同然の我らに否やはない」
「銀の霊気どのがそうするなら付き合うぞ。金がないから体で返す」
ミヤマはともかく、ニャム姫は自分の言葉の意味を理解していないようで、黒白の驚愕にむふふと笑って応えている。
おのれわしが先じゃとか、メイがするという争いを目隠しの布の向こうで感知しながら、俺は壁づたいに再度浴槽へと身を沈めた。
「ミヤマんは相変わらず胸の形がよいにゃむ」
「姫っ」
「あうあう」
「わしとて大きさでも形でも負けぬぞ。メイ・ルーはちっぱい」
「なんだと黒女」
「ニャムも小さいけどそのぶん尻はある!」
「それなら私も負けない。エヴレンは寸胴」
「ハハハ、小さいの。このくびれが目に入らぬか」
ひどい会話の応酬を聞かないフリで天井を見上げ、ふううと息をつく。
黒と白にうっかりさん、忍びのものとどこかの諸国漫遊記そのものな面子だ、と思いつつ顔を洗う。
ふいに今夜の宿を決めていないことに気がつき、アカンと立ち上がった。
ナニを見たのか、四人の女の子たちの黄色い声が飛んでくる。
きゃーと騒ぐのは古い面子、ぎゃーと叫ぶのは新顔だ。
§§§§§§
魔物の素材からなる皮幣の価値は、貨幣と違って地域が変わろうとゴミになることはない。
ここは東西からやってくる商人も多く滞在していて、それぞれの世界の珍品も流通している湯治場であり、その価値観における恩恵を物々交換で受けたところである。
世の中金やで、の成金一行は上流階級御用達の宿屋を飛び込みであっさりと確保した。
贅沢を忘れた獣人の姫、元々節制の生活しかしていない烏女の驚愕を聞き流しながら案内されたのは、当然にして貴賓室だった。
二つのベッド、ひとつのキングサイズベッド、椅子や机、洗面台、ベランダなどが設置され、照明や装飾など贅を尽くした広い部屋のなかを、怪我人らは怪我を忘れて探索しだした。
キングサイズのベッドにダイブした黒白が、スイートルームに滞在する期間を尋ねてくる。
「君らは姫の到着まで二人とともにここで滞在。その間俺はベルグラーノ城塞に戻って、館に置いていた米やら大量の香辛料などを持ちだす。ジュディッタ姫を連れてくるまで、ニャム姫とミヤマんが傷を癒す時間は十分にあると思う」
「ミヤマんて」
「ニャムがつけたあだ名が霊気どのに移ったにゃむ」
憮然とする凄腕の影にネコ娘はよいではないか、と笑ってベッドの上で跳ねる。
同じようにミヤマも片方のベッドに身を横たえた。
「わしらは二人の看護をしながら待てばよいと」
「飲んで食べて温泉に入って……惰眠をむさぼる数日間になる。役得」
エヴレンもメイ・ルーも幸せとはいえない半生を過ごしてきた。
新顔の彼女たちを含め、一時的でも安穏な生活を送ってらいたいと思っている。
保護者になった俺の役目はそれに尽きる。
「でもウンシンと離れ離れになるのはやだな」
「そのぶん今宵は密着して寝ようぞ。朝の温泉でも一緒じゃ」
「ごちそうは?!」
「ありますぜニャム姫。甘辛い肉を焼き生地ではさんだやつとか、ぶどう酒、香辛料たっぷりな芋の素揚げ。地域野菜の煮込み豆汁、乳製品の甘菓子やら、ここの交易場ならではのやつが」
「にゃんとにゃんと!」
俺の説明によだれを垂らしかねない食いしんぼうが、ばいんばいんとベッドで飛び跳ねる。
今すぐ外の飲食店に突撃しかねない勢いだ。
今回はミヤマの体がまだ不自由ということで、持ち帰りの宴会となるだろう。
黒白がお使いの俺に同行を申し出た。べたべた甘えてくる十代の美少女たちとデートのようなお買い物に出かける。
結局のところ毎日忙しない。しかしバイオレンスなどよりよほど有意義な時間だった。
明後日からの一人旅にそなえて暴飲暴食をしておこう。
「わしらがいない間は羽を伸ばせるであろうが、浮気はいかんぞ」
「ウンシンがそこらの女など相手にするわけがない。この武神は美人好き」
相変わらず人間の女には相手にされない俺のことを理解している白の達観と、生き神さまはいい男じゃから、と余所見を疑う黒とが両脇で睨み合う。
廊下の赤絨毯を進んでいると、通りすがりのお貴族さまから奇異な視線を受けた。
一重鷲鼻の東洋人がなんでモテてんだ、といわんばかりだ。
美貌の亜人たちはこれみよがしに当方の頬へ吸いついてきた。
夢心地はまだ続いている。