夢三十四話
周囲をはばかることなく、問答無用に打ちかかってくる鷹の集団に突っ込んだ。
首なしの大型土人形を蹴り破りながら、あるいは火炎放射のような術を息吹で消しながら、水圧の刃を素手で打ち払いながら、ズンズンとのし歩く。
ぱたりと倒れた彼らを踏んで、真打登場とばかりにやってきた偉そうな使い手が、何やら技名を言いながら疾風の斬撃を放ってきたが、小太刀で風もろとも切り裂いて黙らせた。
高原の地に転がるは、四大属性の術士たちと近接の影どもばかりである。
そんなおねむだらけの集団から離れ、そこらへんにある岩に腰かける。
懐中からひょうたんを取り出し、汲んだばかりの川の水を堪能していると、戦闘開始からこちらを窺っていた何者かが、ゆっくりとした動作で坂を上がってきた。
今回の死合い相手であろう全身藍色に黒ブーツという格好の、話に聞いていた槍使いと対峙する。
「数ヶ月ぶりにお目にかかる」
「知らん」
鮮やかな藤色の髪を風に靡かせたイケメンが、赤褐色の肌に白い歯を見せて笑っている。渋い笑顔だ。
「サムライ・ウンシン。オレが力を手にしたとき、あんたは滝で水浴びをしていた」
「あんだって?」
「あんたと会ったとき、オレはヤーシャールの置き土産、ねじれた黒い角を手に入れていた。そして今では亜人でありながら、その頂上竜の力を持つ人ならざる身になっている」
「はあ」
なにいってんだこいつ、といった当方の表情を見た藍色の青年が首を傾げた。
「本当に覚えてないのか」
「だれだキミは」
「……まあいい。あれから数ヶ月、オレなりにこの角の槍を少しは使いこなしてきたところだ。上位の魔物を狩り続け、そして念願である一城の主にもなった。あとは」
「嫁とりか?」
「……」
からかうつもりがなんでわかった、という顔をされ、男どうし無言で見つめあう。
長身のイケメンが咳払いをしながら槍を構えた。
「鷹どもをけしかけて力量は試させてもらった。手加減はいらないな」
彼の黒い目がエメラルド色に光った気がした。人ではありえない妖気を感じたときには、相手の槍先が鼻の先にあった。。
血しぶきが上がる。頬を掠めたそれは、確かに俺の皮膚を切り裂いていた。
「この至近距離でかわすかねえ」
驚愕する相手にこちらも驚きを返す。
まともな裂傷を負ったのはこの世界に来て初めてのことだ。
黒いねじり角の槍全体から、黒い霊気が宿っているように見える。
それほどの迸りだった。
白頭巾のない素の頭の状態では、当たれば無事では済まないことを思い知った。
「上位の竜体か竜人のみが放ち得る黒い炎。竜の力に包まれた敵は黒に染まり、鎮火の術もなく消滅する……はずだったんだが」
どうしてか、あんたは燃えねえな、と槍使いが呟いた。
「オレの一閃を食らった後で生き残っている。そんな相手は今までほんの数体しかいなかった。それらは例外なく伝説級の魔物であって、あんたのような人間の形をした生き物じゃない」
「っと」
「しかもそいつらが無様にのた打ち回って避けていた竜属性の攻撃でも燃えないとなると」
突き、薙ぎ、払い、抉りというあらゆる攻めで高地の地面が崩れ散る。
時折転がっている大岩も障害物の用を成さない。
地響きのなかで舞い上がり、落ちていく雨のような砂塵が視界を遮る。
「あんたは魔物や竜以上の存在だ!」
「……」
「そんなものはオレだけでいいと思っているのさ」
いつの間にか蜘蛛の巣のような模様が地面に刻まれていた。それがわが両足の動きを止めた。
ガスレンジで点火、という表現がぴったり当てはまる勢いで炎が湧き上がる。
黒い竜巻にさらされ、白頭巾のない髪の部分が燃え上がる。頭の毛はチリチリパーマになっていた。
「ははっまじか。一面黒火旋風で燃やしてもその程度なのかよ」
「眉毛も燃えた。無精ひげもなくなっとるわ!」
「二次災害にならないよう結界の中で最大火力にしたのにな……とんでもねえ野郎だ。でもほとんど効いてないってのは、さすがに傷つくぜ」
そのせいで地面は溶けて崩落してますけどね、と心中でぼやきつつ飛びずさった。
「属性では仕留められない、となるとやはり直接刺し殺すしかねえな!」
「御免こうむる」
「ていうか、そっちから仕掛けてこないのはなんでだ?」
「色々と思うことがある」
「なんだそりゃ」
さすがに黒ねじりの角を避けて逃げ回っているうちに記憶が蘇ってきた。
俺が中二なんとか全開、テンション最高潮でぶっ飛ばした初戦にして最大の敵、ヤーシャールという黒い竜のことをだ。
あれだけのオラつきはもう出せないんじゃないか、というくらいのノリで、角や部位破壊をしつつフルボッコにした気がする。
自省を覚えた今では、あのときのオラオラ度は到底出し得ない。それゆえ頂上竜の力を手に入れた、とされる目の前の男に苦戦するのは当然だといえよう。
「上か」
我に返れば、槍使いが黒ねじりの切っ先を上空からこちらに振り下ろすのが見えた。
反撃が届かない距離から衝撃波を放ってくる。死神の鎌のごとき形になっている黒いそれを真剣白刃取り。
黒紫の両篭手によって挟まれた黒色の波が圧迫され、異様な音とともに弾けとんだ。
イケメンのやるせない声が聞こえる。
「ウソだろ、あれを素手で受けきるかあ普通?!」
受けきったのは当方のみで、両足を支える地盤は圧力に耐え切れず砕け散る。
石が落下した水面のような広がりを見せて、大小の岩石と砂塵が爆散した。
その間を切り裂くように、またも黒い角が伸びてくる。
チリチリアフロを気にしつつ太刀を抜き放った。
「!」
刃合わせする前に槍使いが引いた。彼自身が宙返りをしたというより、槍自身に意思があるかのような動きだった。
地面を抉りながら十数メートル程後ずさった藤色の髪のイケメンは、膝をついた状態で顔をしかめて舌打ちしていた。
「……今の状態ではあの刀に力負けする。だから引いたのか?」
赤褐色の肌をさらに紅潮させ、自問自答した彼が血走った目で俺を見る。
「竜の角を使いこなすには、まだまだ融合が足りねえってわけだ」
相手の黒い目が再度エメラルドの緑に染まる。そういえばヤーシャールの目も同じ色だった。
陽気で闊達そうな青年が魔相に囚われる瞬間を目撃して鼻白む。
時間が必要か、と呟いた槍使いが大きく息を吐き、そして槍を下げた。
高原だった場所の荒れた大地を見回し、薄く笑っている。
「今のこのオレに負けいくさの気分を植え付ける。そんなでたらめな存在はあんたくらいのもんだろう」
俺が納刀したのを見たあとで、くるりと背中を向けてイケメンは歩き出した。
「だからこそあんたと打ち合えるまで、城に篭って精進する必要がありそうだ……ヤーシャールの角の力を全て取り込むことができれば、あるいは」
言葉を切り、心なしか背中を丸めて引き返していく槍使いに声をかける。
「負けいくさだっていうのなら、倒れている鷹の連中も連れて帰ってくれ。いい加減追い払うのも面倒くさい」
「……影を投入するだけ無駄なのはわかっていた。こうなれば仰せに従おう。いずれまた」
何をしても絵になる騎士ふうの青年が、マントをはためかせて去るのを見送る。
しかし君の言う俺の全力は最大出力時の七割引だ、ということは言えなかった。
オラオラ全開のサムライパワー(笑)を知るのはヤーシャールだけなのだが、その頂上竜は退転して行方知れずである。
どこかで長寿を全うしてほしいという勝手すぎる願いを胸に、この世界に来て初めて苦戦した相手と逆方向に歩き出した。
夢はまだ続いている。