夢三十二話
ベルグラーノ城塞からの風光明媚な海景色に貴賓館のふかふか寝台、港町の交易品の数々が懐かしくなる山の中を歩いている。
西世界で手に入れた荷物はひとまず置いて身軽の出立となっており、黒白は都会からサバイバル道中に戻った不自由で不平不満を申し立てていた。
俺といえば可愛い生き物のわがままに、ビスケットのような保存が利く甘いお菓子をつまんで酒宴を開く。
果実酒と洋菓子もどきでご機嫌を取っている次第である。
「そういえば誓いの宝石だと勘違いしていたジュディだけど」
「うむ。使い慣れた大剣の刀身に取り付けるように仕上げる、とほざいておった」
ジュディッタ姫と対等の口を利く彼女たちがよっこいせ、とおばはんくさい掛け声で焚き火の前に座り込む。
同時に背後の茂みから犬型の魔物が数匹踊り出てきたものの、エヴレンはサソリの尾で、メイ・ルーは裏拳で対応して追い払い、キャンキャン鳴きながら去っていった犬の方向へ振り向きもしない。
若さを取り戻し、埋め込んだ数珠の効果からかパワフルになった二人を見るに、金髪姫と再会したときにも同じような現象が起こると理解しておかねばなるまい。
大柄な姫剣豪の誕生を想像して、すぐに頭から打ち消した。
「生き神さまは真ん中。わしらが挟んで寝るのじゃ」
「ウンシンの体温を感じて寝るのが一番の安眠方法」
短時間の酒宴を終えて早めの就寝となる。塩水で口をゆすぎ、ガラガラぺっとしたあとのおやすみのチュー攻撃を受けた。
ここ最近始まった唇どうしの挨拶に、もういちどガラガラぺっしなさいと叱るも、サソリ娘も馬娘もどこ吹く風でそのまま横になって抱きついてくる。
むにゅむにゅの肉にサンドイッチされながら森林に囲まれた夜空を見上げつつ、あくびのなかで目を閉じた。
§§§§§§
東へ向かうこと数日、あいも変わらず森丘をゆたりゆたり進んでサバイバルな旅は続いている。
行く手を遮る魔物を蹴散らし動植物を食すのはこの世界に来てから変わらぬ風景だ。
山菜採集に向かった黒白の帰りが遅いと思った似非お父さんな当方は、寝具を片付けてすぐ彼女らが消えた方角へ足を向ける。
おーいと大声で呼ばわると、はーいという声が返ってくる。
「なんだなんだ、いい食材でも見つけたのか?」
「雑魚じゃ」
「雑魚」
姿は見えぬが大声のやりとりで会話は成立している。
様子が気になり、木々を掻き分け小川のほとりに飛び出たとことで、彼女らをとりまく状況を理解した。
見慣れぬ出で立ちの雄にナンパされている光景は珍しくもないが、人里はなれた山中とあっては異様さが目立つというものだ。
知り合いかというわが質問の呑気さに、エヴレンとメイ・ルーが肩をすくめている。
「知らぬな。同じ影でも青羽のものどもではない」
「青というより赤黄色の影」
爽やかな朝というには殺伐としすぎる相手の殺気を受け、思わずため息が出た。
息つく暇もない騒動に巻き込まれてヤレヤレ感が否めない。
「サソリと角獣の飼い主。お前が銀の霊気を持つ人間だな? 得体の知れない鎧でそれがわかる」
「……」
黒白がはっとして顔を見合わせる。その呼び名はネコ耳ケモ娘のものだ、と俺同様察したらしい。
「青羽どもの口は固いがあの獣人は不用意に教えてくれた。西に向かったお前の元に逃げ込むつもりだと」
「……どうしようもないうっかりさん」
「それがツインコーツィの片割れの特徴といえるな。あと食い意地が張っている」
娘二人がそう呟いたとたん、遠くの峰からニャム姫の大音声が聞こえてきた。
ネコ娘の地獄耳がこちらの会話を聞き取ったかと思われる。
銀の霊気どのー助けてにゃむ、というわかりやすいSOSだ。
エヴレンとメイ・ルーからここは任せて先にと促され、森林を駆け抜ける。
させぬとばかりの赤黄色な影集団をタコ殴りにしている黒白を尻目に山々を越え、ネコ娘が騒いでいる地に突っ込んだ。
「ニャム姫!」
「銀の霊気どのかっ。ニャムはこの大岩の裏におる!」
渓流のような地形にある、巨大な流れ石の壁に阻まれて彼女の元へ辿り着けない。
敵方の気配からして時間の余裕がないと思った俺は、障害物ごと敵をぶっ飛ばそうと思い立った。
「姫、岩から離れて!」
咄嗟の叫びに、にゃ、というもふもふの声と跳躍の音を確認した後、巨大なそれを足の裏で押し出す、という要領でサムライキックを放つ。
ボーリング玉のように転がっていく歪な形の岩が、赤黄色の影集団を巻き込んで川を越え、林をばきばきと破壊しながら遠ざかっていく。
ドドドドズシンという地響きは鳴りやまない。お助けマンは別の岩陰に身を潜めるニャム姫のそばに近づいた。
呆気にとられて絶句している敵方が我に返るまでの間、俺は彼女が守っている青紫の装束の怪我人に声をかける。
「上羽の、無事か」
「見ての如く、守る側に守られている。不甲斐なし」
「ミヤマんはニャムをかばってやられたにゃむ」
「とりあえず二人はここで待機。埃を払ってから事情を聞く」
渓流そばのジャリ地面に降り立った当方の前に、大岩コロコロの衝撃から立ち直った敵の影集団が体勢を整えてやってきた。
「形容しようがない化け物め。しかしこれで確信した。キサマがサムライ・ウンシンだ」
「なんで名を知ってる?」
「主が一度会っている。しかしその主のおかげで天敵を滅ぼせた」
赤黄色のフード、マントの内側が白になっている隊長格が一歩進み出た。
烏を模した青羽の天敵たる鷹のような集団だ。
「飼い主がニャム姫と青羽を狙う理由は?」
「猫と烏の首を取ったあとで説明してやる」
「あっそ」
話にならんということで、サムライ千手観音の手数をお見舞いしてやった。
彼らは近接中距離と様々な攻撃形態があったものの、ツッコミさながらのチョップでそれを跳ね返し、数十人まとめてしばき倒す、いつもの工程となった。
魔道の輩も近接の敵もまとめて太刀一閃で遥か遠くに飛ばし、星にしてから再度岩陰の二人に駆け寄る。
この時点で先発隊の鷹衆を一掃した黒白が合流していた。
ネコ娘も烏女も、白の人化に驚く暇もない様相であった。
「渓流の景観がぶち壊し。なかなかに暴れたのう生き神さま?」
「敵の数と質でそこまで思い至らなかった」
「ニャム姫と青羽の幹部がここまで追い立てられる本隊の力量を考えると、ウンシンの気合が入るのは仕方がない」
エヴレンとメイ・ルーが怪我人二人に肩を貸している。
女性に触れるな、という彼女らの意図らしい。こちらとしてはミヤマの性別がわからないのに何言っとんねんの心境だが、抗弁はすまい。
「青羽を壊滅させたかの者どもを埃扱いとは、貴方の強さは相変わらずでたらめだ」
「夜討ちで不意を衝かれなければ、ミヤマんや他の衆だってもっと戦えたにゃむ」
怪我を忘れて呆れた様子のミヤマに、ニャム姫がネコ耳を動かしながらフォローしている。
食いしん坊のうっかりさんも負傷しているこの状態では、なにがあったか事情を聞くどころではない。
とりあえず今宵の夢を見る前に、身を潜める場所を探すのが先決だろう。