夢三十一話
海賊の港町襲撃は奴隷となっていた同族を解放するためでもあった、と噂話の域を出ない話を聞いた偽善サムライは、それでも米料理をかきこんで得た上機嫌から急降下、濡れた体を温めるために、カフェテラスでホットワインを痛飲していた。
サンドバッグほどの大きさの米袋二つを脇に置いてのやけ酒である。
戦後処理を終えて帰ってきた金髪姫はそれに関して不干渉の考えだったし、黒白もそれがこの世の道理だというリアクションを示している。
奴隷商が荷揚げした(こう表現されていた)女子供を舘に連れて行くそんな光景を見なければよかった、と思いつつ、無言で酒をあおる。
「ウンシン、力に相応したおせっかいを行使すると思った」
「この港を守ったのが間違いだと表情で語っておるが、口には出さぬな」
「その制度に関しては王家も黙認というか追従している立場で……なんとも言えぬ」
膝上に真っ白な肌のメイ・ルーを乗せながらエヴレンのお酌を受ける。
対面のジュディッタ姫を含め、この時代を生きている者の当然な解釈に異存はない。
当方としてもこの世界では人殺し魔物殺しの常習であって、今更とやかく言える分際ではないのだ。
自主的な酒宴のなか、脳内では奴隷商やそれと取引する個人、団体、この町全てを踏み潰す暴れっぷりを思い描いている最中である。
「生き神さまが気にくわぬというのであれば、この町どころかアルダーヒル全体の軍閥どもが消し飛びの対象となるじゃろう。奴隷を扱わぬ都市など存在せぬから」
「それはしない方向で」
胸糞悪い事実から目を逸らす意味で、エヴレンの赤褐色な胸の谷間を見てエロにシフトした。
「そんなにデカい胸がいいのか!」
「白の桃もよいですね」
怒れる膝上のアルビノな下半身を褒めて納得させたところで、ようやく気分を切り替えた。
わらわの城塞やこの港町の価値はエヴやメイのとりなしひとつなのか、と金髪姫が苦笑している。
「そなたらは大事にされておる」
「ふふふ」
「ははは」
姫の言葉に黒白が立ち上がって大イバリで仁王立ち。
木製のコップで乾杯したあと、薬草を配合したビールの一気飲みを披露する。
それを飲み干した彼女たちが、それぞれ俺の呼び名を叫びながら飛びついてきた。
酔ったためだけではない。わらわも、と胸元を披露しだしたジュディッタ姫からわが視界を遮るためだ。
§§§§§§
夏季の海洋リゾート地でもあるこの自治都市、ニュンファイオンは、当然上流階級御用達のプライベートビーチも完備されている。
白い浜辺でゆったりすごす予定が昼過ぎにずれたものの、海水浴の準備を整えた娘たちはさっそく波打ち際で球技を展開していた。
「てぇりゃ!」
「っせい!」
戦後の混乱が続いている湾口区域とは違って、ここは天国だった。
木陰の下で果実酒をがぶ飲みしながら、ちらほら見かけるセレブたちの視線を独占している黒白の戯れに目を向ける。
熊や海賊退治で武名をあげたトゥルシナの姫剣士からのお墨付きがある以上、サソリだろうが馬の亜人だろうがそれに対して難癖をつける者は誰もいない。
どこの馬の骨だという前提のジト目は、赤褐色のぼいんぼいんとアルビノの引き締まった肢体が跳ねるに及んで、歓迎の雰囲気に状況が変化していた。
柔軟性とか伸縮性のある魔物の皮を膨らませて競技用ボールにし、人間業ではない速度で打ち合うエヴレンとメイ・ルーのビーチバレーの掛け声は、観客が増えるに及んで一層熱がこもるばりだ。
「上界の人間といいながら亜人の娘の半裸に夢中とは、男というやつは」
「雄ってのはまああんなもんです」
ジュディッタ姫の気配を感じ、ぼやきに応じて見上げたところで果実酒を吹いた。
「行楽地におけるおなごの生態ぶりを聞きかじってな、見よう見真似をしてみせたところだ。似合うか?」
「……お似合いです」
「ならもう少し褒め称えよ。この暑いのに外套を羽織っているのだ。そなただけにこうして見せている」
マントの中身は旅の連れと同じようなブラとパンツ姿の半裸であった。
そのような破廉恥な格好をする上流階級の娘はおらず、ましてや彼女は城塞の主たるトゥルシナ王の何番目かの娘だ。
前の世界の化学繊維に劣らぬテカテカな水着は、現世界においては魔物素材や錬金術などで精製されていると思われる。
アルビノ娘とは趣の違う白い肌を当方だけにさらし、金髪姫は得意そうにくびれた腰に手を当ててふんぞり返っている。
「ぽんぽんが丸見えです」
「あれらと同じだ」
「父君が見たら仰天して腰を抜かしますよ」
「ウンシンと知り合う前のわらわ自身が信じぬだろうな。嫁ぐ男ではない相手に肌を晒すなど」
大胆な水着姿を堂々と披露する奔放娘の割れた腹筋を眺めた。
エヴレンに劣らぬばいんばいんに意識を向けないためだ。
パンツ一丁なわが姿を観察する姫は筋肉大好きな性癖を隠そうともせず、束ねた髪に指を絡ませながらガン見してくる。
そんな白いばいんばいんが隣に座り、黒白の戯れを眺めつつワイングラスを傾けながら語りかけてきた。
「嫁となるわらわの出立はまだ先のことだ。その準備の間、そなたらはのんびり余暇をすごすがよい。旅の続きをするのもよかろう」
「ではその許可を得て」
うむ、と頷いたジュディッタ姫が俺の表情を見た。
それで何かを察したのか、しばしの別れだな? と念を押しつつ肩を組んできた。
「さらに西へと足を伸ばすのか」
「いえ、一旦東へ戻ります。少し気がかりな用件があるので」
「一緒に行けたらどれほど楽しかろう。そなたのおらぬ間、退屈になるな」
紅唇を尖らせた彼女が海に目を向ける。
「わらわも自由になりたいが、エヴやメイほど傑出した力は持たぬしのう」
「わしらとて以前は中途半端な力しか持たなかった。アラクランの尾がここまで強靭になったのは生き神さまのタマのおかげじゃ」
「秘められた力を呼び覚ますきっかけをくれたタマ。少なくとも熊ごときに遅れをとることはなくなる」
ビーチバレーをいつの間にか終了させた旅の連れ二人が、意味深な台詞を放ちながら木陰のこちら側にやってきた。
従者よろしく俺は大きい手ぬぐいを双方に差し出す。
「ウンシンのタマ?」
下品ななにかだと勘違いした金髪姫が眉をひそめる。俺はスルー。
サソリと馬娘は自身の額に埋め込んだ数珠に指を添えて笑っている。
「そなたらに下げ渡したのならウンシンはタマなし」
「やめれ」
エヴレンとメイ・ルーのシモ感覚に毒された金髪姫が、平然とタマタマを連呼してはばからない。
身内に恵まれない黒白を思い、悪霊退散の法具である珠をひとつずつ渡した経緯があるのだが、ジュディッタ姫に詳細を語るのはお門違いというものだ。
勘違いさせたままにしておこうとしたのだが、そうなるとおれはタマナシ男ということになる。
わざとらしい姫の落胆の表情に亜人娘らが大爆笑。
タマナシウンシンかあ、と肩を落とす白い肌のお姫様に誤解を説く意味で、珠のひとつをそっと手渡した。
「誓いの宝石じゃな!」
「メイが先にもらったもの」
「わしが一番手だというに」
三すくみの女の子たちから逃れるべく、ひとりで茶屋に避難した。
数日後にはこの港町ともお別れだ。
西から中央アルダーヒルへ、ニャム姫と青羽衆の山塞に向かい、それからとんぼ返りの強行軍になる。
明日からはまた野宿で夢を見ることになるだろう。
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