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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
30/102

夢三十話

 港から海賊が逃走し、それを自衛団の船が追いかける騒動がひと段落すると、広い船着場前通りに面した露店や移動屋台の商売人たちが、火事場で集まった大勢の人々を相手に客引きを展開しはじめた。

 そんな商魂にあてられた黒白が揚げ魚や炭酸ワインやらを購入し、カフェテラスに腰を落ち着けて、快晴の空の下で早くも酒盛りを始めている。

 俺といえば彼女らを残し、目当てを求めて船着場前の商店街通りを駆け巡る。

 ようやく米料理の屋台を見つけ出してうおおと叫んだ。

 フライパンで仕上げた魚貝満載のパエリアもどきを鉄板の皿ごと買い上げ、待てんとばかりにその場でむさぼり食う。

 コンソメの黄色に染まった米は芯がなくとも柔らかすぎず、という絶妙の炊き具合となっている。

 前の世界のそれより粒が大きく硬い気がするものの、望郷の念を抱いてしまう食感に、立ち食いの似非サムライ(格好は西世界の若者ふう)は思わず涙ぐんだ。


「うっうっ」

「泣くほどうまいか若えの」

「米……こめ」

「身なりはいいのに屋台飯で号泣するたあ、よっぽど腹減ってたんだな」

「うっうう」


 俺の泣き食らいになんだこいつという周囲の視線だが気にしない。

 鉄板皿のおこげが香ばしく、それどころではない。

 感慨無量の味を堪能していると、背後の船着場からどっぱーんばっしゃーんという波の音が聞こえてきた。


「おっおい、あ、あれはなんだ?」

「鯨が迷い込んだか?」

「……違うありゃあ」

「海蛇……!」


 騒動の後のお祭り騒ぎがまた一転、港一帯は先の火事場以上の恐慌状態に陥った。


「やばいやばい、あの色見ろ! 海蛇というより虹蛇じゃねえか」


 うわああと叫んで逃げる船着場前大通りの人々をよそに、俺はひたすら海鮮飯を食う。

 もふっては果実炭酸水を飲み、後方で巻き起こる異常事態を完全に聞き流していた。

 黒白模様が虹色にぬめっているのを視界の端でとらえても人事である。

 やにわに天候が悪くなる。小雨が降る。雷鳴も聞こえてくる。

 海賊を追いかけていった自衛団の小船部隊も戻ってきたようだ。逃げ惑う人々の悲鳴からそれを察することができた。

 ふと視線を移し、奥の通りを見れば、この緊急時にカフェテラスでまだ酒盛りをしている黒白がいる。

 俺に似てハプニングより食欲というわけだ。


「ウンシン!」


 数十分前に別行動になっていたジュディッタ姫が、波に打たれてずぶぬれになりながらこちらに駆け込んできた。


「どうひまひた?」

「……あいかわらずおぬしは」


 ため息をつきつつ振り返れ、と催促する姫剣士の仰せに従い、感慨を落ち着かせて港のほうへ向き直る。

 

「縞模様の大蛇がバタフライでゆっくりこっちにやってきますね」

「ばた……? とにかく、こちら側の船が何隻かやられた……どうやら海賊のなかに蛇使いが」


 そう言いかけた姫のすぐそばで放水ブレスが炸裂した。

 石造りの商館の壁が海水バッシャーの衝撃で崩壊する。

 米料理の屋台もろとも周囲は水浸しになったが、船着場前通りの人々はすでに内側の広場に避難しており、俺と金髪姫以外に巻き込まれた者はいなかった。


「なんか蛇の上に術者が乗ってますけど」

「手下の報復に来た東南の魔道士だと名乗っている。海賊に落ちぶれた異国の術士のようだな」

「姫はお耳がいいですね」

「そなたが鉄板米料理に夢中なだけであろう」


 緊張感のない会話のあいだに東南の蛇使いとやらが陸に上がってきた。

 道士たる証の淡い赤のフードや同色マントを羽織った下には、一応海賊らしい体裁の格好を施している。

 確かに浅黒い肌に丸顔というのは東南の人種で間違いない。

 ただし美青年ではなく中年のおっさんである。

 

「トゥルシナ王のご息女、ジュディッタ姫とは恐れ入る。名高い「熊」を撃退し、某の手下どもを蹴散らした武勇を」

「エヴとメイはどうした?」

「あそこでまだ酒を飲んでます」

「聞けよ!」


 おっさんが印を結びながら地団太を踏んでいる。

 黒白の弛緩ぶりが移ったのか、姫の真顔が笑いをこらえる様相になった。


「ではわらわもひと休憩するとしよう。おーい」


 簡易的な鎧を着た町娘姿の彼女が大剣を手に、酒盛り場へと小走りで向かっていく。

 おかえりじゃとかあの海蛇はどうしたの、と黒白から迎えられ、金髪姫はカフェテラスに腰掛けて飲み物を手に取っていた。


「……」


 相手にされず置いてけぼりにされた蛇使いと海賊どもが固まっている。

 (大柄でごつい)美人さんにスルーされ、残った俺と向き合う状態になった。

 立ち食いの当方にうさんくさい視線を向ける彼らの心境は、うさんくさい者どうしでよくわかる。

 

「なんだお前は」

「なんだチミ」


 魚貝のパエリア風をかきこみすぎたのか、それがのどに詰まった。

 ピピピと鳥が上空で鳴いている。なんとなしに平和の光景に見える。

 

「蛇使いとやら、まずはその男を倒してからわらわに挑むがよい。わらわの御者だ」


 人の上に立つ器量娘のよく通る声が、離れたところからでもはっきりと聞こえてきた。

 力ばかりで将たる将の器でない米野郎としては、仰せに従うしかあるまい。

 

「……この立ち食い野郎と同一扱い? かつて王にも仕えた宮廷術士の某がこんな若造と」

「あははは」

「わははは」

「なにがおかしい!」


 白の大笑いと黒の大うけに、蛇使いのおっさんが顔を真っ赤にさせて突っ込む。

 生き神さまと同格とはすばらしい、という台詞のエヴレンはしらふではなく、術士と同じく顔が真っ赤であった。

 同時に海蛇の舌がこちらに飛んできた。石をも貫通する鋭い切っ先をよけながら、浅黒いおっさんが彼女たちのもとへ怒鳴り込んでいくのを確認して追いすがる。

 ときどき群がる海賊をぺちぺち蹴り飛ばし、走り食いを続行した。残りのパエリアもどきはあと少しだ。

 ざっぱーんという波しぶきをあげ、縞模様の蛇が鞭のように体をしならせながら上陸してくる。

 海洋の魔物はクジラなみの大きさであろうか。ぶよぶよな四肢を踏みしめながらこちらに近づいてきた。

 

「ちょっと待て、あと少しで飯が」


 そう言いかけて絶句する。あろうことか虹蛇は最後のおこげを食らおうとした鉄板の皿めがけて水ブレスを放ってきたのだ。

 それを受けて水浸しになることを恐れた俺は、近距離からの放水を横に避けようとしたものの、それはフェイントだとばかりに飛んできた赤く長い舌に足をとられて逃げ損ねた。


「あっあっ、米が」


 鉄板の皿が海水で満たされる。残りの米が石畳の道に浮かんでいる。

 やたらと濁っているのは、魔物の口から出たそれには毒とかシビレを引き起こす成分が含まれているからなのだろう。

 臭いからそう推測しながら、うまい飯を完食前に台無しにされた怒りがこみあげてくるのを自覚した。


「てめえおこげを」

 

 最後のちょぴっとだけのおこげのうまいところを、と叫びながら小太刀を抜く。


「あれはまずい。海蛇とやらは逃げるべきじゃな」

「串刺しの焼き肉として使えるのかも微妙。蛇さん逃げて」


 離れたカフェテラスから蛇を案ずる黒白の呑気な台詞が聞こえてきた。

 そのそばにいた蛇使いの浅黒なおっさんがえっ、と驚いた表情を向けてきたが、もう遅い。


「わが怒りの鉄槌を食らえ」

「それ刀」


 冷静な声で突っ込むメイ・ルーをよそに、足にからまる蛇の舌を一刀両断、のけぞる虹色の巨体に踊りかかる。

 

「ウンシン、お仕置きゆえ一分の力でよいぞ!」


 よく通る凛々しい姫剣士の一喝で峰打ちに構え直す。

 エヴレンのそんな減算ではだめじゃというわははな笑いのなか、軍神アイテムの小太刀をせいやと横薙いだ。

 

「ジヒカ!」


 おっさんの悲鳴とサムライホームランとが重なった。

 西世界第二号の記念ボール(一号は熊)の、弾力性がありそうな胴体をジャストミート。

 その巨体はライナーで沖へと消えていく。


「こりゃウンシン、わらわは十の割合の一だと言うたはず」

「姫よあれはそれ以下の力だと思うぞ」

「メイの推測からして百の割合の一くらいは手加減していると思う」


 お酒を堪能した三人の娘さんが当方のもとに歩み寄りながら、同情めいた言葉を放つ。

 船着場の端に両膝をついた蛇使いのおっさんが、呆然としながら沖合いを眺めていた。しばらくして上った水柱は熊のときよりも大きく派手であった。体積の違いだろう。


「あうあうわが使い魔が。得体の知れない若造に一振りって」


 海賊の長たる彼の震え声に、波打ち際の手下たちがてきぱきと二度目の退却を開始し始めた。

 使い手としての誇りがあるおっさんよりも、時勢を見るに長けた部下の状況判断のほうが生き残りの意味では正しい。


「頭ぁー、先戻ってやすぜ」

「てめえら!」

「ジヒカでさえ一撃ってそんなありえねえ悪夢は、島に帰って酒飲んで寝て消し去るべきでさ」

「あっしらの予感がびんびん肌に来てます。こいつはかかわっちゃいけねえ生き物だで、財宝とか奴隷にされた同胞を連れ戻すのは諦めるっぺ」


 呆然を通り越した手下たちが悪い夢だと呟いて機械的に小船をこぎ、港から遠ざかっていく。

 仕事前に酒飲みすぎたかなー、なははという暢気な自白も聞こえてくる。

 奴隷にされた同胞、というワードが少し気にかかるがまあいいとしよう。


「自業自得の海賊の長ながら、ウンシンと関わったとあっては同情を禁じえぬな」

「彼の食い気を刺激したのが間違い。眠れる竜を起こしたアリの末路」

「なーに当分まともに動けんじゃろうが、あの蛇も相当頑丈そうじゃし死にはせん。その間襲撃もないから、自治側としては結果的には万々歳じゃ」


 すべて喜劇になった、という金髪姫の見解に黒白も賛同している。

 一人寂しく残されたおっさんは、かなりの時間を費やした自失のあと、小さくなった背中を見せて小船で去っていった。

 やぼ用は済んだとばかり、またも戦後処理で忙しくなるジュディッタ姫を置いて、膨れ面の俺は亜人の娘二人に手を引かれ、町の中の米問屋を訪問する。

 陸路ではありえない量の米を手にし、お子様サムライは機嫌を直した。

 この用件だけで西の貿易港に来た甲斐があるというものだ。

 見果てぬ夢はまだ続いている。

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