夢三話
火山を下り、樹海を抜け、大河沿いの森を抜けたとことで辿り着いた先は丘陵と大平原。
黒い竜のなわばりから脱するに徒歩三日をかけたのは、自身に置かれた状況確認と、覚めない夢ならもうええわという開き直りに手間取ったからだった。
ゆるやかな丘を歩いていくと、見えてくるのは朝日が昇る方角から沈む方角へと広がる大きい道だ。
人馬の往来で踏み固められたそれは砂地で、当然整備されているものではない。
いよいよファンタジーらしくなってきたところで行き交う人々の服装が目に付いた。
織物の系統からいって、これは前世界の中央アジア(もしくは少し西)のような民族衣装に思われる。
キリム柄とかペルシャ絨毯とかそれに準ずるデザインもそう思わせるものだ。
そんな人々の往来にさり気なく混ざってみた。
白頭巾に黒紫の無骨な甲冑姿は明らかに浮いている。
しかしあからさまに怪しい風体な似非サムライに注意を払う者は、ほとんどいなかった。
道脇に並ぶ朝市らしき区画に辿りついたとき、それどころではない理由のひそひそ話を盗み聞いた。
「ヤーシャールがお隠れになったっぺ」
「邪神退転で火山や樹海一帯は主が空席の状態ぜよ」
「あれが溜め込んだ金銀財宝を狙って、各地の軍閥が動き出したっちゅう話だけんど」
「腕に覚えのある冒険者が火事場泥棒ばりに樹海へ侵入。邪神以外の魔物を狩りだしたばい」
などなど。方言の違いは出身国の違い、という解釈でとらえておこう。
騒動のなかでも商魂たくましい市場の人々を観察すると、人種が様々であることに気がつく。
前世界風で表現すると白皙、黄色、赤色(赤と茶を混ぜた銅のような色)人種の三系統が特に多いように思われる。黒色人種もたまに見受けられた。
ここは東西の文化が合流する交易地点なのかと推測してみる。
「絹の道とか草原の道みたいなもんか」
皮幣を通貨代わりに交易品のやりとりをしているのを覗き見る。
モンスターの皮が希少かどうかで価値が変化するらしい。
俺としても何か似通ったものはないものか、と背負っていた飛竜の翼幕で作った袋を開け、追い払った双頭の犬のたてがみを取り出してみた。
§§§§§§
物々交換した濃い顔の商人が、目の前で興奮を押し殺しながら震えている。
紫色のたてがみの扱いは財宝レベルだと呟いて、様々な交易品と取り替えてくれた。
同業者やお客さんに見咎められる前に、それを袋のなかにしまいこんだ商人のおっさんは、まるで飛び跳ねるように走り、上機嫌で丘陵上に建つ城塞のほうへと消えていく。
キリム柄の民族衣装一式や香辛料、装飾品や陶磁器、保存のきく食糧などを交換されたとしても、俺はおそらくぼったくられたのだろう。しかし交換したもののなかには、値打ちがありそうな品もあるようだ。
この世界に関して生まれたてレベルな知識しかない当方としては、どんな現象においても、知ることの意義に勝るものはない。
先日からの大騒動で人々の出入りが激しくなったらしい城の混雑を見ながら、似非サムライはひとまず城下にある集落に身を潜めることにした。
行商人のおっさんからこの地域の情報をいくつか手に入れている。
城壁のなかに街があり、それがひとつの都市と成している城塞がこの地域には点在しているらしい。
黒い巨大竜に準ずる力を持つ(俺的には笑)魔物が山や森、古の建築物などを棲家としているため、人間の支配地がどうしても分離される。
城塞の所有者が独自の発展を始め軍閥化するのは、大昔から当然の成り行き、とのことだった。
ちなみにそんな城主が守るに値しない、と外に打ち捨てられたのは何も貧民層だけではない。
食い詰めた冒険者や狩人、傭兵、大陸を横断する行商人や奴隷もそれに該当する。
それでも価値の高い物品や皮幣を対価にすれば、身元がはっきりせずとも一定時間は城塞内の滞在が許されるらしいのだが……
いつの世も袖の下、というやつだ。
下層の集落といえど、交易都市ならではの様々な人種が集まると、それに見合った宿場町が自然に形成されていくようで、勿論酒場や娼家も見受けられる。
美しい光沢を放つ絹織物の白い頭巾は、このスラム街では目立ちすぎた。
邪神の退転騒動でそれどころではない交易通路の連中と比べ、その日暮らしで殺伐としているスラム街の荒くれものたちには、俺は格好の金づるだと映ったようだ。
「お貴族さまみてえな綺麗な格好をしとる。刀持っとるのう狩人か?」
「城ん中の上流階級が気まぐれで奴隷を買いにくることはあるけんど、大体護衛つきだしの」
「田舎から出てきた成り立て冒険者がよ、市場から迷って紛れ込んだかもしれねえで」
いい獲物を見つけたと舌舐めずりするやくざもん三人が、肩を怒らしてこちらにやってくる。
「見た目も悪くねえ。身包み剥いで男娼に売りとばそうや」
「サムライキーック!」
無粋な台詞を吐いたチリチリ頭のやくざもんに問答無用のお仕置き。
奴の腹に片足を置き、わずかに押して吹き飛ばす。
どんがらがっしゃーんバキバキずさささという効果音とともに、一人目が路地裏へと消えていく。
「やろう、手ェ出しおった! ぶっ殺」
「足だどあほう」
刃物を取り出したハゲに平手打ち。サムライ大回転ならぬ荒くれもの大回転で、無秩序に建ち並んだ掘っ立て小屋店舗の間をすり抜けて近くの川にダイブしていった。
「ひええばっ、化けも」
「職業はサムライ(嘘)。名は雲の心と書いてウンシン。お見知りおきを」
快足を見せて去っていくちょびヒゲ野郎の後頭部にチョップをかまそうとダッシュしかけたとき、どこから来たのか小柄な何者かが当方の進路をふさぐように飛び出してきた。
「待ちや!」
「いきなり飛び出してくんなよおばあちゃん」
年寄りはモーと嘆く俺の言葉に、周囲にいたスラム街の住人がざわめく。店舗前の長椅子で傍観していた冒険者や狩人らしき男女の数人が腰を上げた。
「タウィ・エヴレン……」
「三本足の老婆」
「路地裏の古館に引きこもって滅多に出てこない占い師が、自らここ(スラム街)の大通りに出てくるなんて」
くすんだ赤を基調にしたワンピース、黒、黄、白の刺繍が入ったスカーフを頭からかぶった小柄のおばあちゃんが、モンスターの角らしき素材の杖をつきながら、ひょこひょことこちらに近寄ってきた。赤褐色な肌には深い皺が刻まれている。
しかし赤みがかった濃い藤色の髪を両お下げ、というのは年齢に見合わないのではないだろうか。
それに先日の滝行で会った若い騎士に人種が似ているな、そう思った瞬間、杖が目の前に飛んできた。それは俺の目の前で停止した。三本足の異名は杖のことか? 真相はわからない。
「ぬし、今歳のことを考えたな?」
「ばばあが施す髪型ではないっていうか、攻めていると思った」
周囲がまたざわついた。歳のことは言っちゃいけねえ。あの白頭巾死ぬぞという年代性別問わずの呟きが聞こえてくる。
「わしはまだ十八じゃ」
「はっはっはっご冗談を」
仰け反って笑った瞬間、宙に浮いた目の前の杖から波動が放たれた。
夢はまだ続いて……そう考えている場合ではない。