夢二十九話
「ちょっと、ちょっと待って。いきなり戦火?!」
「ぼやくなウンシン。トゥルシナ王家としては放ってもおけまい。いくぞ」
「やれやれじゃのう。馬を駆って港へ来たばかりというに、茶屋で一息する暇もないとは」
「ほらあれ。海賊たちと町の自衛団はもう湾口で衝突しているみたい」
俺の嘆きにジュディッタ姫が颯爽と答える。
黒白がスカートを短く結んで戦闘態勢を整えていた。
「暑い季節の南国リゾート地で……目いっぱいヒャッハーできると思ったのに」
「ウンシンは何を言っているのだ?」
「ときどき理解できない言語で独り言を発する。気にしない」
「わしらはもうなれた」
護衛についてきた数人の女子隊を率い、黒白を連れて姫が最前線に出て行った。
町娘の格好で大剣を抜き放ち、ともすれば腰が引けている自衛団に迎撃せよと叱咤している。
片手で自衛団から渡された盾をもち、剣で火矢をなぎ払う。
対人間ということならば、いくさの女神ともいうべき見事な立ち振る舞いだった。
エヴレンとメイ・ルーが敵の船に乗り込み、海賊どもをどっぱんざっぱん海に叩き落している。
思い描いていた海賊船ではないサイズに拍子抜けしつつ、俺も波止場のような施設から相手の船に乗り込んだ。
「なんじゃいてめえは!」
見慣れぬ乱入者にバイキングのような格好のおっさんがいきり立つ。
とりあえず、観光を中断された怒りを汲み取っていただくための平手打ちをお見舞いしていると、何十艘といる小船をかきわけるように大型の帆船が旗をはためかせてやってきた。
オールのようなものが推進力ということは、近海に本拠がある海賊なのだろうか。アホにはわからない。
黒白が小船に飛び乗っては派手に暴れまわるなか、大型木造帆船からバイキングの本隊が姿を現した。
「なんてざまだ、場数を踏んだわしらが自衛団如きに押し込まれてやがる」
二メートルを超すかと思われる鎧姿のムキムキマッチョ(色黒)が大斧を手に、近くにいたこちらの小船に飛び移ってきた。
「小頭。こいつらが」
サムライ平手打ちで床板に這った乙女な姿勢のおっさんが、黒白の独壇場になっている眼前の光景を指差す。
「ありゃあ、なんだ?」
「さ、サソリと馬の亜人が人間に味方してやがって」
「……ニュンファイオンの商人ども、亜人の用心棒まで雇いやがったか」
姫の声がした。振り返ると自衛団や女子隊を後ろに従え、波止場から俺に手招きしている。
地上に降りた海賊は一掃したようだ。
「エヴレン、メイ・ルー!」
呼べば応える旅の連れがはーいと返事をして、船溜の海賊を追い落としてから波止場に引き上げた。俺もそれに続く。
「待たんかい」
「お断りします」
追いかけてくる斧野郎にかまわず逃走する。
ときどき背中に火矢が降ってくるものの、ちくちくするだけで済んだのでそのまま逃げとおした。
「あれ、何?……」
海賊の弓取りが刺さらず燃えない当方の仕様に呆然としている。それは港の連中も同じだった。
それに順応しかけているジュディッタ姫が剣を斜めに振り下げ、黒白を左右に小頭とやらに参れ、と手招きしている。
「ベルグラーノ・トゥルシナの娘として、客人を迎えし庇護下の町を守る。ジュディッタ自ら相手をしてやろう」
「噂には聞いてるぜ、名高い姫剣士どの。しかしいい女じゃねえか。頭にいい土産もんができた」
舌なめずりする下品な大男と金髪姫が同時に地を蹴った。
斬りかかりの速度と無謀ともいえる大胆さに意表をつかれた斧野郎が、仰け反りながら彼女の斬撃を受けとめた。
「お、女の剣じゃねえ」
「熊の威圧に比べたらな、そなたの気合など無に等しい。その程度の心得でわらわを捕らえようてか!」
ジュディッタ姫の大喝に海賊ばかりか味方も息を飲んでいる。
彼女は赤い熊との異名があるマクシム候と立ち会って、武人として一皮むけたようだ。
「なめやがって。貴族剣法なんぞに押し込まれてたまるか」
大剛を誇る小頭との体格差は明白であり、女にしては長身の姫ながら次第に押し返されていく。
キィンという金属のこすれる音で大剣の持ち主がよろめいた。
一気に斧で両断するかと思えば、宝もんと表現するだけあって精神的に嬲る方法に切り替えたらしい。
「ほれほれどうしたお姫さま。口ほどにもねえ」
「下郎」
刃の打ち合いが続くも、遊ばれているように見える姫の白い顔が紅潮している。
劣勢を見た親衛隊の女子が加勢に向かおうとするのを、黒白が阻んでいた。
「離せ! あのままでは姫さまが」
「大丈夫」
「生き神さまに稽古をつけられ、熊とやらの人外を相手にしてきたジュディッタ姫なら、たぶんあれは」
白が冷静に押しとどめ、黒が品定めするように言葉を切る。
一拍おいてあれは擬態だと告げるエヴレンに、メイ・ルーが頷いた。
勝利を確信したのか、油断して大振りになった斧を持つ男の手首に、彼女が狙い鋭く獲物を一閃させた。
死合いの経験が豊富なうちの娘っこたちがお見事、と喝采する。
「わ、ワシの手が……」
大斧を持つ手首が地に落ちた。小頭ああと叫んで手下が大男を後方へ下がらせる。
手首から先を失っても自失しない相手の胆力に感心しながら、ジュディッタ姫が手勢を振り返る。
港町の人々の歓声のなかで、自衛団に突撃を促していた。
「わらわについてまいれ、押し返すのは今ぞっ」
「おお!」
先頭を駆けるいくさの女神に女子隊と自衛団が続く。
無念にたえぬといった様相の斧男が再度前線に出てきた。小船から降りた手下たちもしょうがなしに迎撃の態勢に入る。
「女ああああ許さんぞおお」
小頭の激昂に泰然と向き合う姫が剣を構える。しかしその前に両側から黒白が進み出た。
「はいそれまで」
サソリ娘の尾が斧を受け止め、角獣の娘がせーのと後ろ足蹴りで大男を吹っ飛ばした。
飛んでいく小頭がくそおおおと遠吠えを放つ。
帆船まで飛んでいき、船のなかに落下していくのが見えた。
「先鋒大将を一蹴って……物の怪にもほどがあるぞこの女ども」
「麗しいわしを指して化け物じゃと」
「口がすぎるこの男たちにも後ろ蹴りを」
にじりよる亜人の剣幕と守備側の反撃に、指揮者を失った手下たちが泡を食って小船に乗り込み、帆船のほうへ退散していく。
矢を放てと命じる金髪姫の凛々しい姿を見ていると、一仕事終えた旅の連れ合いがこちらに戻ってくる。
今回の似非サムライはいいとこなしの出番なしだ。
大勢は決したということで、自衛団は追撃戦の準備に入っていた。
「戦後処理は姫に任せてメイたちは一服しよう」
「ここは各方面の海路から様々な品が手に入る。東南で主食にされている米とやらもあるそうじゃ。生き神さまも覚えがあろう」
「こっこ、コ、米」
米と聞いて興奮する俺のふおおおという叫びが港に響いた。
何ヶ月ぶりで聞く食材の存在であろうか。
味噌汁のようなものは醤に似たペースト状の調味料でその一端に触れることができたが、この世界の米は初体験である。
夢のなかとて思わず泣いてしまったのはやむを得まい。