夢二十八話
ベルグラーノ城塞宮殿近くにあるという、ジュディッタ姫の屋敷にやってきた。
彼女所有の屋敷からは西に広がる沿海の町が見渡せる。
西世界からの交易品が豊富に手に入るとあって、姫の父たるトゥルシナ王の庇護のもと、その経済力を背景に半ば独立した都市になっているらしい。
窓を開け、眼下の湾岸と密集した町並みを眺める。
海からの風を吸い込んで深呼吸しつつ、乳白色な湯で満たされた石の浴槽に再び身を沈めた。
四、五人はゆうに入浴できる広さのそれを満喫していると、出入口から黒白の二人がブラとパンツを着用した水着のような姿で騒ぎながらやってきた。
お子様モードはまだ続いているようだ。
「ここは男湯ですよ!」
「女湯で一緒だった姫は先に上がった。生き神さまのもとに遊びにいくと告げたらこんな無粋な布を着せられたわ。西では混浴する際はこれが常識じゃと」
「胸と股を隠すとか、他の男なら当然だけど、ウンシンには必要ないのに」
スポーツブラと短パンという布で覆われた半裸な彼女たちが、どぼんと湯船に飛び込んでくる。
まっぱより新鮮に思えてくるのが不思議なところだ。
洗いっこしようと手を引かれ、洗い場に連れ出される。
「メイが前」
「それはわしの役目じゃろ!」
結局はメイ・ルーが背中、エヴレンが前を担当し、
石鹸で泡だったタオル生地でごしごしとこすられる。
洗いっことはいうものの、二人はすでに姫とともに身を清めた後であり、俺が奉仕する必要性は感じない。
それに対してプンスカする黒白なのだった。
「ほれ」
「ん」
サソリ娘と馬娘が布を差し出して洗え、と押し付けてきた。
お子様モードにかなうわけもなく、赤褐色と白い肌の背中を流す。
窓のほうを向いていた彼女たちが湾口の風景に気付いたようだ。
再びどぼんと飛び込み、港町の広がりに歓声を上げて浴槽の淵に上半身を乗り上げていた。
「見てエヴレン、あれが西世界の交易都市」
「城塞のすぐ近くにこれほどの規模の港があろうとは……女湯からでは確認できなかった。改めて見ると壮観じゃのう」
いかに布で守られているとはいえ、二十三歳の男に衝撃過ぎるバックショットだった。
慌てて後ろを向く。この世界で身内になりつつあるこの子たちに煩悩を向けてはならない。
思考を別のところに彷徨わせる。
冒険王のもとへ嫁ぐ姫の身支度やら準備があり、帰路に就くのはまだまだ先になる。
時間に余裕があるということで、東の港町を見学できなかったぶん、ここでその無念を晴らすことに決めた。
「生き神さまは胸にも尻にも興味がないのか。せっかくわしらが隙を見せているのに」
「ウンシンはもしかして男が」
「立派な女好きです」
「うそだ。メイと一緒に旅をして何もしないというのは」
「わしのほうが豊満でいい女なのにな。露骨に発情するところを見たことがない」
温泉に出たり入ったりと忙しい黒白が左右の肩にもたれかかり、こちらの両耳たぶをかんでくる。
いずれ劣らぬめんこい娘の誘いに歯を食いしばって堪えた。
わが最大の敵は煩悩ではあるまいか。これに比べればどれほどの魔物とて物の数ではない。
「いけません姫さま。そこは客人がお使いになられている浴室でございます」
「それはわかっておる。エヴとメイもいるのだ、心配ない」
「身分ある乙女が男の湯浴みに乱入するなどありえませぬ」
「爺めもうるさい。ウンシンは別物だ」
石畳の廊下から聞こえてくる主従のやりとりに、思わず身をすくませる。
逆にうちの娘たちはふん、と鼻をならして木枠の出入り口を見ていた。
「邪魔するぞ……ほう、やはり仲良く混浴中であったか」
「ウンシンの肉体美を見に来ると思っていた。乙女の風上にもおけない姫君」
「おじじさんはともかく、女中の視線も独占じゃのう生き神さま」
ドレス姿のジュディッタ姫とメイドたちが顔を赤らめながらこちらの上半身を凝視している。
執事のような爺さまは呆たようにため息をついていた。
「相変わらずいい筋肉……じゃない。窓の下の景色を見たか? あれがニュンファイオンの港だ」
「見ました。海洋交易都市ですね」
「この城にはない下々の品々が取り揃えているぞ。あとで案内しよう」
そう言い放った姫がうわっと仰け反った。
「今は乙女とて将来はどうだかの。男好きの片鱗を見せおって」
「しっしっ」
用件が終わったのならさっさと消えろ、とばかりにお湯の鉄砲を飛ばす黒白の攻撃を受け続け、金髪姫が爺に引っ張られて退室していった。
やらしい乙女主従を退治してやったわ、と二人がけたけた笑っている。
「さてその港じゃが、最近出没するようになった海賊の対応に追われて警備隊も分散し、町のほうが手薄になりがちだと聞いておる。買い物食べ歩きが目的だとしても、着飾った衣装はやめておくべきだろう」
「西世界の服でも動きやすいものにすれば問題ない。ウンシンも」
サムライの格好ではさすがに無骨すぎるということで、俺も黒白に倣って欧風の出で立ちを整えることにした。
小太刀を帯同して城塞の裏手から忍び出る。
頭巾をかぶり、上界の買い物巡りよりさらに地味な格好になった姫と娘らは、美貌を隠した一般の町娘に擬態されている。
元々華などない当方は特徴的な甲冑を脱いでさらに没個性の若者となり、姫の従者としてふさわしい仕上がりになっている。
夢中になる準備は整った。