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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
27/102

夢二十七話

 日持ちのする褐色の固いものではなく、ふわふわの白いパンならスープに浸す必要もない。そんな薄焼きパンにすり潰したチーズをのせて食べる。ヨーグルトのような牛乳でそれを流し込む。

 バター入りのスクランブルエッグ、香辛料がきいた野菜たっぷり豚汁スープ、アーモンドアップルパイ、ナシの果汁ワインそのほか、浪人にしてはおしゃれすぎる遅めのモーニングを食らいつくし、未だ満腹ならずともご機嫌な娘二人をつれて迎賓館を出た。

 宮殿に上がって金髪姫とともにゲレオン連合王国の(いち)、マクシム候の軍勢を退けた早朝のあらましを改変してウイダル王に報告するためだ。


「聞けば伏兵できゃつを退けたとか。女ながらその武者ぶり、長槍や弓の達者どもが絶賛しておったぞ。戦場の女神だと」


 父王の儀礼的な言葉に、娘も儀礼的に返す。前線の犠牲なしには成しえぬ戦法でありました。遺族には十分なる補償をお願いしたい、と。


「無論じゃ」


 玉座の間に居並ぶ重臣たちのなかで膝をつくジュディッタ姫が一礼して、颯爽と立ち上がった。

 彼女の背後で控える俺やエヴレン、メイ・ルーは礼を尽くしながら完全に他人事のようにそれを見守る。

 

「そなた、ウンシンと申したか客人よ。そなたが娘を守り抜きながら後退し、かの伏兵を完成させたというではないか。あの熊を相手によくぞ粘り抜いた」

「いざとなれば騎士団を加勢させようと上から見ていた我々も、さすがはワーウィック冒険王が腹心たる武勇に感心しておったところで」


 王の言葉に年配の重臣の一人が咳払いをしながら、もったいぶって応答した。

 そんな様子に姫が振り返る。どうにも釈然としない様子だ。

 

「ウンシンの手柄をわらわの手柄にしてしまった……あやつら(重臣)もよそものに武勲を立てさせるよりは、と甘乗っかりしてきおったし、なんとも申し訳なく思うのだが、これでよかったのか?」

「よきよき」

「わしらが寝ている間にただ働きしてきた生き神さま。相変わらず成り上がりには興味がないようじゃの」

「女に甘いウンシンからしてみれば、姫を助けただけで他意はない。だから別方向の嘘を平然と提案する。権力側もウンシンもどちらも願ったりの結論になってる」


 左右の黒白がやれやれと肩をすくめながら俺を見る。

 太い眉の女丈夫もこれがサムライというやつか、と無理やり納得しているようだった。


「礼は別にせねばならぬな」

「では城下の港でうまいもん巡りと温泉巡りを」

「ウンシン俗物すぎ」

「これが生き神さま。いつも通りで安心する」


 ぼそぼそ会話で王や重臣たちとの会見らしきものをやりすごし、形式ばった昼食会のような流れをスルーし、玉座の間を後にする。

 ジュディッタ姫が取り成してくれたおかげで何事もなく迎賓館に戻ることができた。


「主賓がおらぬでは戦勝会もままなるまい。姫は王宮に戻ったほうがよいのではないか?」

「真の功労者へ礼をするのは王の代理人たるわらわの義務であろう?」

「というより寝室にまで押しかけてウンシンの着替えを堂々と視姦する貴方は、とても王侯貴族の乙女とは思えない」

「エヴもメイもいつもこんな絶景を見ておるのか。ずるいな」


 男女の立場が逆である。ヒョロガリだった前の世界とは違い、軍神となった今では、魔物も真っ青な鋼の肉体美に仕上がっている。

 黒白も着替えや混浴するたびにどれどれと観察、接触してくるので、未成年の痴女が今更一人増えたところで大差はない。

 日に焼けた男のストリップショーを堪能する彼女らをよそに、俺はなるべくエヴレンとメイ・ルーの神秘的な裸を見ないようにして、互いに西世界でいう普段着の仕様に切り替えた。

 肩肘張らぬ店でお茶にしようと案内役を買って出たジュディッタ姫も町娘に変装し、一行はベルグラーノ城塞のなかにある菓子店に移動した。

 

「王宮内での茶菓子など格式ばって好みではない、というのならこういう下々の店ではどうだろうか」


 彼女が下々の、とのたまうそこは、渋い木目調の店だった。数々の調度品といい、絢爛豪華な西世界の文化そのものを凝縮した空間になっている。

 これが格式ばらないと断言して憚らない姫は、やはり上流階級に属する人間の感覚をお持ちなのだろう。

 いつもはそんな世間知らずなズレ、というものを辛辣に指摘する黒白なのだが、何層も重ねた生地に果物、砂糖をまぶした丸形ケーキに舌鼓を打っており、ワイン入りの紅茶もがぶ飲みと忙しい。そんな口を利いている暇はないらしい。

 金髪姫の機嫌を損なう粗相は犯すべからず、という打算的な食欲に負けたようだ。

 名産とやらのベイクドチーズケーキも絶品だった。

 連れ合いの乙女たちはおしゃべりを封印し、ひたすら洋菓子を食らい続けている。


「それにしても不思議だ、そなたは。何もかも」


 紅茶の香りを堪能しつつ、食いしん坊の黒白を見て微笑んだ姫が、ティーカップを指で弾きながら口を開いた。

 

「今までさんざん言われ続けていただろうが、わらわもそれに続かざるを得ない」

「変なやつとは言われます」

「……それは知り合って間もないわらわには断言できぬ。わかっているのは魔物をしのぐ力を持ってなお、高みを目指すことなく地を這った生活を選んでいる、ということだ。この世における男たちとはまるで違う」


 黒白と同じことを言う。仰せになる相手はそれを口にするのが初めてというわけで、俺は神妙に頷いて見せた。

 前の世界で旅に出て、いつの間にかここにいた。旅の続きをしようと思い立つまでに、頂上竜を斬り飛ばし、樹海で上位の魔物を狩まくった。なにやってんねんと自省するまで数日、軍閥が割拠する乱世を認識しつつも、アホが政略に関わったらあかんやろと自重して今日に至る。

 参戦してしまった先日の自己満足を思えば、これからも何かの拍子で戦場に立つ機会があるのかもしれないが、どちらにせよ将たる将の器ではない似非サムライ、せいぜい一騎駆け以上の働きをすることはない。

 

「力はあってもあほうなので、そういうのには関わらないようにしてます」

「そうやって各諸侯の誘いを断り続けてきたと見える。それとも、この二人といる時間のほうがよいか」

「そうですね」


 あながち勘違いでもない質問に即答してやった。


「亜人とて女冥利に尽きるな」


 にやけた姫のからかいを受けても黒白はドカ食いに夢中だった。

 そんな反応に彼女がさらに白い歯を見せていた。


「……わらわの親衛隊にどうかと思ったが、残念だ」

「冒険王に嫁げば城塞下のスラム街で会えますよ」

「なるほど妾としてまたは諜報方としてなら、そなたの近くにいることが全方位から許されるというわけか」


 使者としての口幅ったい提案に、姫が驚くほど前向きな言葉で乗ってきた。


「よかろう。ならばヤル・ワーウィックの何番目かの妻になってやる。東の情報も手に入るし、何よりウンシンがいるのならば心強い」


 テーブルの向こうで立ち上がった金髪姫の頬についているクリームを、何気なく拭いた。

 こちらとしては黒白相手の要領でしでかしてしまったのだが、太い眉の男顔な美人さんはそれを受けて長身を翻した。背中を見せる冒険王のお嫁さん(仮)に、入店して以来食い気に囚われていた黒白が、このとき初めて顔を上げた。


「うぶな姫君。でもウンシンはあげないから」

「タウィ族の世継ぎを産まねばならぬわしとしても困る反応じゃな。ともあれ生き神さまはわしらのもの。人間の女は人間の男といるのが筋であろう」


 メイ・ルーとエヴレンの台詞のなかで意味深過ぎるワードがあるものの、今は控えよう。

 しかし改めて俺は二人から人間扱いされていないのだと気付く。

 一方この面子でただひとりの人間(悲)たるジュディッタ姫は気を取り直し、あらためて椅子に座り込んだ。少々がさつな動作だった。


「……まあよい。どのみち王の妾になるのは政治的な打算ということで、恋愛とはまた別だ」


 そんな無法を押し通すつもりなのがこの金髪姫の男らしいところだ。

 わざとらしくクリームを口元につけたエヴレンとメイ・ルーが拭きとれーと顔を出してくる。

 それをこしこし綺麗にしながら次の案内は姫の屋敷になると聞かされて仰天した。

 大浴場だと聞いてそんな驚愕を引っ込める。

 どっぷり浸かるお湯にまさる夢心地はない。このときも黒白は異論を挟まずついてきた。

 

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