夢二十四話
「これもあれも欲しい。ウンシン買って」
「生き神さまほれ一口あーん」
城塞滞在二日目になり、丘の中腹にある迎賓館で寝泊りして、レンガの外壁で囲まれた上界の街を巡っている最中だった。
西世界ならではの文化様式に、黒白は年頃の女の子らしくグルメショッピングに夢中だ。
東にはない甘菓子や舞台衣装のような服飾を手にはしゃぐ彼女たちは、サソリだろうが馬が混ざろうが、人間の娘っこそのものである。
「夜にはちゃんとした店で正装していただく予定です。つまみ食いもほどほどに」
「はーい」
十六と十八の食べ盛りなお子様を率い、円状な広場にある屋台をはしごする。
口にするものばかりではなく、装飾品や小物など、ここの城塞ならではの特産品を買いあさる二人に引っ張りまわされて、館に抱えきれないほどの荷物を置き帰るはめになった。
巫女衣装のエヴレンや、人化用に持参していたメイ・ルーの修道服のごとき普段着から着替え、ドレスアップした今宵の主役を客間で出迎える。
「変ではないか?」
「メイに黒は似合わない気が」
女にもてない当方だがこれは自然に拍手が出た。
心を偽る必要がなく、照れや気恥ずかしさなど微塵も感じずに綺麗ですぜという台詞を口にした。
胸元が開き、腰のくびれにそった濃紺の短いジャケット、淡い紺の腰紐を巻いた白く長いスカート。
頭に巻いた紺のスカーフらしきものが、濃い藤色のエヴレンの髪によく似合う。
ポニーテールを下ろして後ろで束ねた赤褐色の肌のサソリ娘は、どこから見てもまごうことなき姫君だ。
アルビノに合わせたような白いアンダーに、胸元が開いた黒のドレスを重ねたメイ・ルーのシックな格好に思わず目じりが下がりまくる。両お下げな白い髪も麗しい。
出る引っ込む出るの体型で華やかな美人の黒、色香より妖精的な儚さが魅力の白と、どちらも甲乙つけがたい。
「ウンシンのお気に召したみたい」
「この期に及んでわしらをはじめて見た女のように口説く。どうやら生き神さまは女たらしでもあるようじゃな」
二人の姫が黒白の手を嬉しそうに差し出した。俺はそれを受けて中央に入り、三位一体腕を組んで夜の街へと繰り出す。
「東の果てのサムライ。こうして正装すると勇士というだけではなく、結構ないい男に思えるが」
「ベルグラーノの紳士服を着るウンシン。髪も髭も整えてまさしく青年貴族に見える」
「褒めあい結構。いい夜にしたいですな」
膝丈まである上着、インナーやボトムも黄白色というかクリーム色で統一された礼服を着用する俺も手前味噌だが、どうにか姫君たちは次第点だと判断してくれたようだ。
ちょうど城塞内は祭日のようで、夜になっても通りは明るく人出も多い。
特別な時間のなかで行き交う人々も余所行きを着飾っていたが、美しいにもほどがある二人が浮きまくって周囲の視線を独占していた。
纏わりつこうと近づいてくるのは街の男のほかに、商人から騎士、あるいは貴族の若君など、財産や出自を誇ったり権力を持った様々なタイプのイケメンたちが声をかけてくる。そんな誘いに彼女たちは決まって、
「もう口説かれたので」
と全てをスルー。予約時間を少し過ぎ、前世界でいう洋風レストランの二階個室に身を落ち着けた。
窓側に向かってのカウンター席にしたのは、テーブル席では俺がどちら側に座るか決断できないという理由があった。
両手に花を建前に無駄な争いを避けた次第である。
「窓の向こうでは広場のお祭り。それを見下ろしながら上物な赤葡萄酒をいただけるとは優雅なものじゃ。なんとも贅沢よのう」
「メイは白葡萄。鉄板肉じゃがの甘味で主食の小麦生地が進む進む」
高級な小麦パンをタレにつけ、それをむさぼる白のほっぺについたそれをお手拭で拭いてやる。
逆隣でそんな様子を窺っていた黒い姫も鳥肉のトマトシチューをパンにつけてもふりだした。
左右の食いしん坊の口元を拭く作業で忙しい当方に左右から差し出されたのは、俺が注文した豚のスペアリブである。
塩コショウが利いた甘辛い骨付き肉を右に左に食らいつく。
わあっと歓声とともに、外がさらに賑やかになった。
広場でご当地の踊りが始まったようだ。笛や太鼓などの音楽も聞こえてくる。
「旅行の実感が沸いてきた」
「うむ。それにしても東とは違い、西の余興は色使いといい派手じゃな。しかし絢爛たる文化の一端に触れてわしらも感化されてきた気がする。これほど子供のように無我夢中になったのは記憶にない」
「メイも。だから今は生きててとても楽しい」
メイ・ルーがエヴレンの言葉に頷き、俺を見上げて微笑んだ。白い美少女のにっこりに俺もにっこり。
わしにもせいという黒の要請にへらり。自然にお酒の量も増える。
ヨーグルトをたっぷりかけた食後の果物をも平らげ、最後にハーブ茶をひとすすり。
豪華なディナーとて経費の心配はいらず、魔物の部位素材で交換したこの地の貨幣で十分賄える。
「異国の地でこうして夢心地な姿を、ウンシンに出会う前のメイは絶対に信じないと思う」
「今まで不幸じゃったがこれからは違う。このサムライのそばでいい夢を見るのじゃ」
明るい夜の街を見下ろしながら、黒白が俺を挟み、お茶で乾杯の音をたてた。
仲良きことはいいことだ。館に戻って三人で風呂に入ると仰せになる姫たちのやる気に水をさすまい。
広場の踊りを見に行こうとふたつの手に引かれた。
§§§§§§
窓の外から聞こえてくるのはいまだ続く祭りの喧騒だ。
今回のイベントは夜通しらしい。
城塞に住む大多数の住民は、この迎賓館がある丘からさらに下の街に住んでおり、そこから大広場の露店やら店に今も大挙して押し寄せていると思われる。
西洋建築のなかでも質実剛健な館の寝室において、キングサイズのベッドで黒白の寝息を間近に聞きながら天井を見上げていた。二泊目だがまだ慣れない。
はしゃぎ疲れたこの子たちとは違い、俺は興奮しすぎて逆におねむできない状況になっている。
一度熟睡してしまうと朝まで起きない両側のお姫さまの体温を感じつつ、メルヘンな部屋でまったりすごしてようやく、自身も旅行の醍醐味を実感してきたところだった。
格安ホテルかネカフェでひとり過ごし、電車旅の予定がどうしてこうなった(歓喜)と思いを巡らせた。
「おかん(ついでにおとん)、心配してるかなあ」
独り言でエヴレンの耳がぴくりと動く。しがみついてくる黒に応えながら白も抱き寄せた。
「エヴレンの館の居候ではなく、いつか自分の家を持ちたいもんだ」
ぼそぼそ呟きあれこれ考え眠気を待った。
さらに夜が更けていく。
どれだけ時間が経ったことだろう。館の外から聞こえてくる軍靴の音で何気に窓際に立った。
石畳の道には燭台が設けられ、そんな光源があってか階下の様子がよくわかる。
宮殿から引き上げてくる家臣団らしきなかに、ジュディッタ姫と女子隊の面々も混ざっていた。
夜中に彼らを召集すべき事態が起こったというわけで、姫の友人を自薦する黒白の保護者としては放ってはおけない。
おねむの二人を残して甲冑を着込み、部屋から飛び出した。