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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
22/102

夢二十二話

 アルダーヒル地方の西端ともなると、内海を挟んで西側世界に近くなる。

 金髪碧眼白皙の人種が支配する城塞もいくつかあるのだそうだ。

 俺が居候になっているスラム街は冒険王ヤル・ワーウィックの勢力圏であり、彼はどちらかというと元の世界で言う中東の人に近い。

 旅の道連れであるタウィ・エヴレンは赤褐色の中東美人、メイ・ルーだけが北のスラブ系というわけで、その白い肌はアルダーヒル東南部では珍しいものだった。

 それが目立たなくなる地域に近づいたからだろうか、鞍の荷物は俺に預け、彼女はすでに人化している。

 お昼前のぽかぽか陽気のなか、皮の水筒に入れた白ワインを飲みながらゆたりゆたりと歩く。

 遠回りでも本道は軍閥から派遣される警備隊の見回りもあって、商人や旅人の安全が保たれているものの、ここから目的地へ最短距離でむかうには、古街道と呼ばれる危険な区域を踏破する必要があった。

 

「分岐点が見えてきた。荒廃している古街道を直線で行くか、迂回して本道をそのまま進むか」

「おなかすいた。ちゃんとした宿で休みたいし甘いものも食べたい」


 分かれ道を指差す黒、それにかぶり気味な台詞を吐く白の我侭に応えるため、イエスマンは直線コースを選んだ。

 ちなみに今から向かうベルグラーノ城塞にこそ、彼女たちが出発の前に冒険王から受けた密命というか用件があることを、ここにきてようやく端的に聞いていた。

 しかし城の主、ベルグラーノ・トゥルシナ公(行商人情報)との外交を目論んでいるとしても、黒白は年頃の娘。西世界ならではのファッションやグルメに対する興味が密命を受けた最大の動機だ、ということを、野郎たる俺は理解しておかなければなるまい。

 

 最短ルートの坂を登ることしばし、幅のさほど広くない林道にさしかかった。

 十六と十八の女の子の足取りはそれでも軽い。

 久しぶりの都会ともいうべきベルグラーノ城塞に向かって駆け足ぎみになっている。

 俺より遥か先に二人が坂の頂上へと到達した。はやくはやくーと誘いかけるめんこい娘たちの大声によっしゃと後を追う。

 そして着いてすぐ、下り坂で何かが起こっていることを告げられた。


「ウンシン、あれ見て」

「高貴な御一行らしき馬車が襲われておる」


 白と黒がそう説明しながら地を蹴った。

 山林に囲まれた細い道を駆けていくおてんばな彼女たちは、わが数珠のひとつを額に埋め込んでいるためか、跳ねて駆けるその速さはすさまじく、つまずくなよーという声もすでに届かない。

 遥か先で盗賊らしき野郎どもとにらみ合っている馬車の主を見る。大柄な女性だった。

 エヴレンとメイ・ルーが到着したようで、荒くれものたちは美しい獲物が増えたと言いたげな歓迎の声を上げていた。

 盗賊と馬車の主たちのやりとりが聞こえる距離まできたところで、俺は小走りをやめて彼らの元に歩いていく。

 

「新手がきたかと思えば見目良い女が二人だけ。トゥルシナの姫もろともいただこうや」


 林道には護衛の騎士たちが打ちのめされて体を横たえていた。

 男といえば馬の御者が一人残っているばかりである。

 

「ジュディッタ・ベルグラーノ・トゥルシナと知っての狼藉ならばただの盗賊ではないな? いずこの手先か」


 ジュディッタと名乗った騎士なる装いの女丈夫は、二十歳は越えているだろう。

 場数を踏んだ戦士としての威厳に満ちていた。

 黒白どころか俺より背が高い。女子プロレス選手といっても過言ではない恵まれた体格をしている。

 剛毅そのものな風貌は瑞々しくもあった。

 いい女といってもいろんなタイプがあるものだ。

 ミディアムなブロンドの髪を束ね、太い眉、白い面にわずかに残るそばかすが印象的だった。


「女だてらに大剣を振り回す姫に嫁の貰い手はないだろうって思ってよ、わしらはどうじゃと誘っているんだぜ」

「強い男は良い」


 大剣を構えなおした太眉な姫君が、八重歯を剥いてにっと笑った。


「しかしながら下品な男は好かぬ。護衛のものの手当てもせねばなるまい。うぬらを斬り捨てて城に戻る」

「少数で狩猟に出たのが運のつきだと思えや、お姫さま!」


 盗賊の一人が長剣を抜いて斬りかかった。姫がそれを迎え撃つ前に、恰幅のよいその男は頭に何かを突かれて昏倒していた。

 うねうね動くエヴレンの尾がそうさせたようだ。

 人さらいたちが驚愕でどっと沸く。


「黒い女……サソリの亜人にしちゃあ気配が禍々しすぎんぞこいつ。っていうか魔物じゃねえのか」

「それでも女は女。白いのもろとも全員で推し包め!」


 そうれと総がかりで黒白に群がった盗賊たちを後ろからチョップ、平手打ち、足蹴にしながら馬車に近づいた。金髪の姫がこちらに気づいたようだ。


「加勢には感謝する。しかしあの二人が囲まれて」

「ああ、彼女たちは大丈夫」


 娘っこらが動きを見せるたびに、敵は噴水のごとく宙に舞いながら林のむこうへ落ちていく。そんな自業自得な連中を見上げ、姫は御者ともども呆気にとられて口を開いていた。

 メイ・ルーのげんこつで千鳥足になった一人がこちらにふらふら寄ってくる。

 

「うへへへ女ぁ~」

「下郎」


 ジュディッタ姫が大剣の柄で脳天をひと打ち、ぱったり倒れた毛むくじゃらな男を蹴飛ばして草むらへと転がした。

 そうこうしているうちに十数人の不逞の輩は全て弾かれ、林道には姫とその従者たちだけが残った。あらためて周囲を確認し、大剣の構えを解いたそばかすの大柄娘がふううと息を吐く。

 

「片付いたか……それにしてもなんということだ。腕っ節が自慢の無法者どもを一瞬で」

「旅の途中で会った魔物や影のものと比べれば、あんな作業は児戯に等しいわい」

「むさい男とは遊びたくないな」

 

 やってきた黒白の淡々さに、緊張感の解けた姫がむううと唸っている。

 わずかの供で狩りに出かけたという大胆さからおのが武勇に自身があるのだろうが、さすがに数珠を埋め込んで覚醒した亜人の力には脱帽したようだ。

 救われた礼にわが父の城塞へぜひともと招待された。

 その道すがら、馬車内で娘たちから話を聞いた金髪姫が、ヤル・ワーウィック冒険王の、と口走った。驚きつつも用件の続きに耳を傾けている。

 俺といえば護衛のけが人をかついで併走し、女子たちの会話を聞いていた。

 東アルダーヒルに多い白レンガではなく、西世界に近いベルグラーノの城壁は、赤レンガを主体に作られているという。

 夕日色の囲いを見上げ、労せずして目的を果たしたエヴレンとメイ・ルーのテンションは高い。

 財布(魔物の素材)の紐を緩める準備はしておこう。

 夢はまだ続いている。

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