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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
20/102

夢二十話

 のこったのこった、という行司の掛け声が脳内に響く。

 ぐああぐおおと吠えたてる金緑色の獅子とがっぷり四つに組んでいる。

 俺が提案した相撲を受け入れた至高王の柔軟な思考には、とりあえず感謝せねばなるまい。

 朝もやのなか、石で土俵のようなものを組み上げて、そのなかで大物と力比べこかしあいの真っ最中だった。


「死合いならずとも力の優劣を競うならば、お遊びとて王の中の王が負けるわけにはいかぬ」

「見立てでは銅獅子より一回り小さいはずが……あらゆる意味で凄みが違いすぎる」

「巨大なればよいというものではない。重さは疾さと兼ね合わせてこそ」


 豪快に笑う対戦相手が前足二本でわが両手をプレスしてきた。

 こちらの獲物は何もない。白頭巾黒紫の甲冑のみで相対している。

 百獣の王たるグァンズー、その頂点に対し、生半可な力では押し込まれてしまうし、やりすぎると相手の両前足ごとプチっともいでしまう結果になりかねないという、なかなかオラオラ度の調整が難しい状態になっている。

 

「闘神を宿した人間、信じる気になったぞ。余が爪を受けて支えきるほどの人種などこの世のどこにもおらん」

「うお」

「剛勇なる角獣の助っ人よ、全力でいくぞ」

「え」

 

 今までのって小手調べかい、と内心で叫ぶ。

 咆哮とともに受ける圧迫感が倍増した。

 というかこのレベルの魔物になると、気合の波動だけで相手を吹き飛ばすことが可能なのだろう。

 現に角獣たちは遠巻きになって見物しているし、弱った体でそれを受けるわけにはいかないとばかりに、銅灰のグァンズーたちもよたよたと距離を取っている。

 

「ウンシンの足元が」

「特に硬い岩盤を選んででドヒョウとやらを作ったはずじゃが、あれでは」


 岩陰に身を隠しつつも顔だけ出したエヴレンとメイ・ルーが視界の端に映る。

 同時に轟音が響いて大地が割れる。振動も発生したことで足元が不安定になってきた。

 

「このまま地中に押しつぶしてくれよう」


 攻勢をかけてきた金緑が本気を出したことで、土俵が重圧に耐え切れず崩壊し始めていた。

 両足が割れた岩盤の下に沈んでいく。

 踏ん張る土台がなくなった。もうこれは気合でなんとかするしかない。

 

「ばかな、その態勢から余の重圧を押し返そうというのか!」


 俺は地中にめり込んだまま、組み合った敵を上空へと持ち上げる。グァンズーにしては小柄な王たる王が宙に浮かんだ。うおおと驚愕の声が周囲で沸き上がる。


「我らは夢でも見ているのか?! 金獅子を素手で翻弄する人間などいるはずが」

「メイの連れてきたあれは……あれはもはやこの世のものでは」


 角獣やヨー・ジーンらのうめきを耳にしつつ、持ち上げた金緑色の有翼獣が着地しようともがくのを仰ぎ見る。

 俺の台詞は励ますようなものになったが、彼はそれどころではないようだ。


「その気合で両腕がもげないように踏ん張れ」

「余の爪が耐え切れぬ……!」


 手を組んだままのせめぎあいで、俺の指が相手の爪にめり込み続け、ついにはビシリという音とともにひび割れた。


「朝日のなかでグァンズーの頂点が吊り上げられた魚のようになっておるぞ」

「ウンシンと関わったせいで彼の威厳が……無様というには辛辣すぎる。やっぱりもう笑うしかない」


 黒白やこの世界のものにはわからないだろうが、これは組み合いからの背面叩きつけな体勢である。

 地面崩壊で土俵がなくなり、相撲どころではなくなるとしても、俺が説明したルールは生きている。

 相手を転がす、手に地をつかせる、といった戦法はこの試合には有効なのだ。


「ふんぬぬぬぬ」

「ぐァあああッ」


 投げようとする俺と抗う有翼獣、二つの唸り声が重なり合う。

 プロレス技のような背面落としにかけられる奴の負荷は相当なものだ、と察しながら、それでも前足がもげることはないと確信してエビ反りでぶん投げた。


「ぐァがっは」


 翼がある背中はカッチカチだったらしい。叩きつけられた金緑色のグァンズーが硬い地面にめり込み、土俵はおろか周囲一帯の地形を崩壊させながら、轟音のなかで陥没していった。

 一角であろうと有翼であろうと獣たちは声もなく、石化したかの如く固まっている。

 なかには腰を抜かした固体もいる。

 砂埃や小石が舞ってしばらくしてから、吹き付ける風がそれを飛ばし去った。視界が通って岩盤のなかで腹を見せて埋まる至高王の様子を窺う。

 決着を確認しに来た度胸のある第三者はサソリとアルビノの二角獣だけである。


「ううむ……こうなるともう金色の上位魔獣とてただの大きい猫にすぎぬのう。弱点の腹を見せてのびておる」

「でも王のなかの王は最後まで純粋な力比べに徹していた。銅獅子以上の攻め手があったにもかかわらず、それを発動させようとした形跡すらない」

「グァンズーとしての誇りというやつか。しかし今回ばかりは相手が悪かった」


 エヴレンがサソリの尾で金獅子の腹をつんつんと刺している。それで意識が呼び戻されたのだろうか、彼の四肢がぴくり、と動いた。


「こっ、これほど硬質の岩盤に叩きつけられてまだ生きているとは」

「岩や石ごときに打ち負けるわれらが主ではない」

 

 独り言のヨー・ジーンを憎々しげに見やった銅獅子が、鼻を鳴らして牙を向いた。

 おびえた一角獣たちがメイ・ルーの後方へと駆け足で逃げる。

 

「ぬううう、おオッ」


 地中に埋まった有翼獣の頂点が岩盤のなかで翼をはためかせ、圧し掛かる岩石を吹き飛ばした。

 轟音とともに宙に体を浮かせつつ、滞空しながら俺を見下ろしている。

 黒白らは俺の背後にしがみつき、すさまじい風圧に耐えていた。


「余との組み合いで競り勝つか……闘神を宿した人間よ、そなたの名を聞いておこう」


 サムライ・ウンシンですと名乗り、要領を得ない相手にエヴレンが説明するいつもの流れになった。


「サムライとは東の果ての武人のことを指すそうじゃ。雲の心、という意味のウンシンが本名らしい」


 似非サムライは名も偽名。この世界においては、真実を伝えてよいことなど何もない。

 勘違いは最大限に利用する。これはニセモノの信条だった。

 地に降り立った彼への対応は赤褐色の美人さんに任せ、後方にいるアルビノとヨー・ジーンの会話を聞いた。


「一族は個体数を激減させた。なわばりはほとんど無くなった。でもボクたちは先代から受け継いだ血を次代へ繋いでいく義務がある。誰を犠牲にしても種族を絶やすことはできない、それがボク自身が生贄になったとしても」

「……ヨーが白皮症だったら自分を差し出していたと?」

「だったら話は早かったんだけどね」


 灰色のたてがみの一角獣がぶるると鳴いた。笑ったように思われた。

 エヴレンの叔父もそういう顔をしていたと、鳥頭は記憶をたどって結論付けた。

 責任を負うことで手段を選べなくなった者の姿を見て、メイ・ルーも色々と悟ったようだ。


「生贄たる私の帰郷を一番望んでいたのはヨーだったわけだ」

「でもその必要はなくなった。君が言うでたらめな助っ人が至高王にも勝ったことで、我々の生存が許された」


 スモウとやらの勝者は生き神さまじゃな、と黒が金獅子に言質を取っている。

 グァンズーの王たる王はいくさで勝ち取ったものは譲らぬが、一角獣の存続は認めると誓っていた。


「メイ、昔のようにまた皆と一緒に暮らさないか。もう湖にボクらの領域はないかもしれないけど……でもまぎれもなく君の生まれ故郷だ。君の両親も眠っている」

「ヨーがそうやって裏事情を話したのならメイも」


 皆殺しとか復讐とかいうワードを白が口にしたことで一角の彼がぎょっとしたようだったが、彼女はそういった負の感情は現時点でひとかけらも残っていない、と告げていた。


「若返って里帰りしたくなった。そこで体を休めたら、またウンシンに付いていく予定だった」


 アルビノの二角獣は危険なワードを除いた最初からの決定事項を同族に語る。

 敗れて何故か機嫌がよい金獅子のがはは笑いが聞こえてきた。

 サソリ娘の俺自慢は過去の武勇エピソードへと展開しつつあるようだ。


「だから私は旅に出る。このおかしな人型の神さまとともに、外の世界を見回ってくる」

「……そうか」


 サラブレッドのような馬体の若き角獣がこちらにやってきた。

 たばかったことを詫びるといった内容の謝罪だったが、知らんで通した。

 彼はいろいろはしょった言葉をこちらに放ち、頭を下げている。


「どの口でほざくかと思われるかもしれないが……その、あれだ……メイを頼む」


 エヴレンの叔父もこの角獣も彼らの立場に拠った正義がある。

 というわけで、そんな事情へむやみに首を突っ込むことを避けたい当方としては、任せろと短く返答するしかない状況だった。


「メイ?」


 ヨー・ジーンをはじめ一族が驚愕の反応を示す。

 朝日が昇ったことで一帯が明るくなり、いったん距離をとっていたメイ・ルーが人化して戻ってきたからだ。

 腰まである長い髪も白、透き通るような白皙の少女がマント一枚を羽織った状態で俺に抱きついてきた。

 夢はまだ続いていることを確信させた眩しすぎる美貌は妖精か天使か、馬娘とは思えぬ代物だった。

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