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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
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夢二話

 おかしい。あれから樹海をテクテクあるいて一日ほどの体感時間が経ったはずだが、いまだ現実に戻らない。

 湖面を見ても映るのは彫深いイケメンではなく、黒髪黒目、一重鷲鼻という夢見る前の世界の顔立ちそのものだった。

 背丈体つきが一回り大きくなっている気がするのが救いか。

 

 広すぎる原生林を抜けていくなか、見慣れぬモンスターどもを(種類が多すぎて一括)デコピンして追い払い、大河を横断中に海(水)洋生物とポカスカレベルの格闘、タコのようなそれを活け造りで食らってさらに一夜、疲労はなくとも長すぎる夢に、さすがに飽きがくる。

 いっそこの世界を壊したろかといういらつきは一瞬で思い直した。

 腰に吊るした漆黒の瓢箪を取り出し川から生水を汲んでガブ飲み。

 現実では弱い内臓もここではなんでもありな体質になっており、しっかりした喉越しの硬水もなんのそのだ。

 地形の高低があまりない場所から汲み出した湧き水はミネラル豊富であろうから、デトックス効果が期待できるだろう(適当)。

 毒素や老廃物の心配をする夢人。世界を統べるレベルの巨大竜を一蹴した後でこれでは失笑しか出てこない。

 

「寝りゃいいんだ。起きたら元通りに」


 白頭巾に黒紫の甲冑(超軽量)のサムライ姿で近くの大樹に背もたれ、両目を閉じた。


「……」


 ワンワンギャーギャーウォウウォウ野生どもの自己主張がやかましい。そこらへんの空気がまだ少し焦げ臭いのも気に障る。

 地域のボスたる黒い竜がご退場(憶測による断定)ということで縄張り争いでも始めたのか、うるさくていっこうに意識はなくならないし、ハエや蚊レベルのちょっかいをかけてくる大型生物の物理攻撃も止まないし、しょうがなく「おねむできるかい!」とわめきながら立ち上がった。

 どれもこれも異様な外観の奴らが泡を食って逃走、あるいは空へと逃げていく。

 酸欠状態にしか映らない魔物や魔獣、獣人、亜人、精霊らしき連中の後姿で、改めてファンタジーな舞台だなと実感する。

 だが出会いがしらの頂上竜で耐性がついている身としては、現実の猛犬を見た後の蟻を見た気分で太刀を収めた。

 

 過去にはまったネトゲの世界観に当てはめると全ての現象にも都合がつくと考え、再度樹海のなかを散策してみる。

 フライハイしたいところとて、飛竜とは違い自身に飛行能力はない。

 カエル飛びで遥か上空に飛び上がることは可能でも、その度に木々の海原がざわめいてか弱い生き物たちが右往左往するのでやめておいた。

 命の危険がないサバイバルを体験している間に目が覚めればよいのだが……

 

 天地が蠢動するなかで迷子のサムライはまず大太刀を使うことをやめた。

 地形を変化させ世界の主を自称する竜を斬るほどのでたらめ具合からして、例えばひとつの木を伐採するにしても何をどう加減しようと斬る突く叩くの反動が大きすぎる。

 抉り取ってしまった林の一部にごめんなさいをした後、小太刀でスコーンと木の幹を横斬りしてみた。

 マッチ棒が強風で飛んでいくが如く、木材が周りの木々をなぎ倒し、林の向こうへと消えていく。

 バキバキという破壊音を聞かなかったことにして、持ち物を腰の帯にしまいこむ。

 素手ならばと超手加減な正拳突きを打ち込んだところ、うまい具合にどつき倒すことができた。

 太刀を手にしないとこの程度か、と思い上がった俺はすでに夢から覚めかかっているのだろうか、「ここ」に順応しはじめているのだろうか。

 非日常に放り込まれて二日目、生来ビビリな俺が混乱とか発狂せずにいられるのも、戦国ロマンに包まれた格好と夢だという思い込みのおかげだ。

 そうだ眠くなるまで起きてりゃいいじゃんの能天気さで、この異常な空間自体を徒歩で突破することに決めた。 


 腹が減れば得体の知れない木の実を口にし、川魚を焼いて食らい、生水で喉を潤す。

 竜の毒が効かない体におなかピーピーの心配はない。

 悪食も手伝って飢えることもなく、ときおり遭遇する好戦的だが非力なモンスター(頂上竜比較)を数珠を握った手で追い散らし、いけどもいけども森の中、ハイキングに明け暮れる。

 二日目を徹夜して朝日を拝んだ崖の上において、ようやく睡魔が襲ってきたようだ。

 相変わらず森林地帯は動物たちのお祭り騒ぎ(他人事)で静寂とはほぼ遠いものの、それを無視して大草原や大河が広がる景色を見下ろす。

 さらに遠くには石造りの都市らしき集落も確認できた。

 ようやく人間に会えるのかという期待とともに安心したのが、おねむになった理由であろう。

 朝焼けの空を見上げ、崖上で大の字になって寝る。恐れるものはなにもないという状況のなか、岩肌を背にして目を閉じた。次の瞬間には意識を失っていた。


 

§§§§§§



 夢の中に行ってみたいと思ったものの、帰れないとわかればそれはそれで困り者である。

 崖の上で身を起こしたときの状況は朝日が夕日に変わったのみで、へんてこな世界はそのまま。

 今となってはつまらなくも愛しい元の世界を思い描きながら目をこする。

 原始の人間そのものな食料探しから始まり、怪しいキノコやゼンマイもどきを頬張って飢えをしのぐと、毎度の混沌さで錯乱したモンスターたちを追い散らしながら山を降りるという一連の動きを再開させた。

 太刀は封印、数珠を手にあしらい続けることで種族の命を絶つことなく撃退に成功している。

 そのつど道中に散らばる部位破壊の証は、毛や牙、爪、角、翼など様々である。

 そのなかでも神々しいものばかりを厳選して収集するのは、ネトゲにおける狩人の習性が抜け切れていない証拠だ。

 翔竜の飛膜を風呂敷代わりにして素材をぶちこみ、首に巻いて背負う。皮のリュックとして使えそうだ。

 初日の浮世離れと比べ、竜の棲家である火山で希少鉱石だと一目でわかる煌びやかな塊を入手したのをかわきりに、雑食採集鉱石収集とここにきて一気に生活感が滲んできた。

 

「軍神っていうよりこれじゃ浪人だわな」


 下山途中の渓谷らしき地形で水幅十五メートルほどの大滝を発見した。

 男のロマンを抑えきれず黒紫の甲冑を外し、装束である黒い鎧直垂ひたたれの上下を脱ぎ捨てる。

 甲冑直垂双方とも機能性重視で早着替えが可能な作りになっている。

 シャツとパンツなしのフルチンで滝行。落差は目算でも三百メートルはあろうか。

 この高さから落ちてくる水圧に対し平然とロマンを遂行できるあたり、生身でも相当なカッチカチやぞ体質が実感できた。

 わずかながらにこれからどないしよか、という心のの葛藤をシャワーレベルな荒行で追い散らす。

 山の気候からは極端な暑さや寒さを感じないし、紅葉もない。現在の季節は春だなと思いつつ、虹のかかる渓谷の上空を見上げて適当な念仏を唱え続けた。


「クラスタールの大瀑布に打たれて平然としてやがる。こいつ化け物か」


 驚愕の台詞が聞こえてきたのは似非念仏を唱えてしばらくした後であった。

 この世界に来て同タイプの人型生物と初めて接触したが、人恋しさやなぜ言葉が通じるのかに思い至るのではなく、全身藍色の鎧に黒ブーツという剣士のような出で立ちの青年が、見たことのある生物の角を手にしていたのが気になった。


「そのでかい黒ねじりの角」

「……」

「もしかしてあの巨大竜」


 不意に頭上からの衝撃を食らって問答は中断された。流木が岩肌に衝突する重い打撃音とばっしゃーんという水しぶきが舞うなか、俺は脳天を押さえて滝の水圧から一歩踏み出した。


「いててて」

「……あの速度で落ちてくる大木を頭に受けてイテテで済むのか。やはり化け物じゃねえか」


 ハリセンでどつかれた衝撃で目に火花が散る。


「まあいい。これもヤーシャールの置き土産を受け取った余興か」

「え?」

「有史以来の邪神の退転。財宝などより価値のある力を手に入れさせてもらった」

「あんだって?」

「驚天動地な異変ついでにオモロイ男も拝見できたし、なかなか興味深い」


 名は? と赤褐色の肌に藤色な髪のイケメンから問われて口ごもる。

 全裸のなんちゃってサムライは腕組みして考えた。夢のなかにおいて真実を告げる必要性はない。

 思い返せば毘沙門天の化身に成り切った時点で仮の名は決めていた。

 ケエスギ・ウンシン。胡散臭い姓はともかくウンシンは雲の心と書く。

 名前のヒントはキングオブポップと称されるミュージシャンの文字列を入れ替えたお遊びから得た。いちいち寒さを気にしていてはあほうは生きてはいられない。

 旅の恥は掻き捨てとばかりに我は雲心、サムライですと名乗った。


「サムライ・ウンシン?」

「ウンコじゃねえぞ」

「古の人種でそんな名は聞かねえな」


 考えに沈みかけた藍色の剣士が自身の背丈くらいある竜の角を抱えながら、不意に飛びずさった。

 彼が立っていた岩盤が衝撃で崩れ去る。

 俺としてはそんな現象よりもウンコをスルーされたことが痛い。


「来やがった。どこの軍閥の調査隊だ」


 耳をそばだてている仕草のイケメンが角を背負って背中を向けた。

 ツインコーツィの隊員か、と一言、じゃあのとばかりに手を振って跳躍する。

 その飛び上がる高さやスピードからして、彼の所業も大抵化け物に相違ない。

 どがんばかんと着地した岩を粉砕しながら藍色の剣士が川の下流へと消えていった。

 

「名乗り損やないかい」


 相手の正体がわからないまま、サムライ大回転で水気を切ってから軍神姿に穿き戻った。

 調査隊とやらに発見されてただですむ身の上ではない。俺も逃走状態に入って森のなかを駆け抜けた。

 夢はまだ続いている。

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