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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
19/102

夢十九話

「むははは」


 十万歳の悪魔のように笑う。一種の気合である。

 黒死が効いておらぬ、と狼狽しながらも、二本の前足で押し潰そうとする相手を振り払うように大威張りで胸を張る。

 銅褐色の獅子が弾かれて飛んでいく。受身を取ってターンしてきた早業には瞠目したものの、予測していた行動だけに、引いて溜めていた拳を突き出す機会に恵まれた。


「せーの」


 振りかぶってきたグァンズーの爪もろとも、口から繰り出した黒い霧の圧縮砲弾を撃砕しながら、クロスカウンターのような数珠パンチを有翼獣の顔面に打ち込んだ。

 くねった双角が折れた音がした。自身の超スピードな反動をまともに受けた有翼獣が巨体を回転させて、コマのようになりながら遠ざかっていく。

 疎林地帯の数少ない木々をなぎ倒しまくったことでようやくそれは収まったものの、めまいをおこしたのか立ち上がれず、じたばたと地面を転げ回る。

 リアクション芸人の真髄を見た気がして感心していると、逆方向からおーいという掛け声が聞こえてきた。

 置いてけぼりになったサソリ娘の声だった。


「地響きで目が覚めた。しかしまさかきゃつらの中でも上位の固体とやりあっているとは」

「でも今しがた成敗を終えたとこ」

「なんかふらふらで立ち上がろうとしているが、ろれつが回っておらんぞ」

「酔ったグァンズーは初めて見る」


 黒白の会話を背に角を折られた敵がうおおおと叫び、おのれおのれと怒号を発している。


「おれさま渾身の息吹ぐぁ」

「見ておった。竜族の属性放射に劣らぬグァンズーの黒煙をそよ風扱い……相変わらず生き神さまのでたらめは突き抜けておる」

「ありえぬことずぁ! 人の姿のものに魔獣の王が小虫扱いちょは」

「どもりすぎ」


 天敵に同情を覚えたメイ・ルーが笑いをこらえて突っ込んだ。

 

「こうしてみると、メイの過去の悪夢があほらしく思えてくる。ウンシンにかかれば喜劇同然に」

「見てみい。応援にやってきた手下のヴァンズーが生き神さまに蹴散らされておるぞ」


 エヴレンの解説を正確に言うと、後詰のような有翼獣たちの一頭にチョップ、もう一頭を小太刀の柄で脳天をガツン、最後の一頭に至っては逃走されて手を出せなかった次第となっている。

 銅と同じように地面を転げまわる手下の灰獅子が合唱まがいな悲鳴を上げるなか、黒が白に改めて問いかけていた。


「馬も獅子も皆殺し。これを見てもそういう気分になれるかや?」

「……喜劇に凄惨な演出は必要ない」


 上位固体は強者の誇りをズタズタにされたようで、ふぐおおおと叫んでいる。

 そんな銅獅子の慟哭を聞いた灰たちが痛みをこらえながら、落ち着かれませと奴の周りをとりまく。

 三体は角を欠損させている。その原因を作ったこちらとしては、ほんの少しだけ申し訳ない気分になった(棒)。


「うん。弱いものいじめはいけないよね」


 メイ・ルーによる深い意味の単純な台詞を聞いて、銅獅子が後ずさった。

 闘気を身に纏っていた初出の勇ましさとは違い、巨体は屈辱に震えている。


「クソっ。ヨー・ジーンめ、裏切ったか」


 王とは思えぬ小言は黒白には聞こえなかったらしい。

 悪態をつく銅に近づいて、半泣きになっているいかつい顔に詰め寄った。


「うぬのような神の眷属を呼び込んでおれさまを嵌めたあやつ。小賢しい角獣め」

「小声でどうぞ」


 俺の接近に後退した相手のたてがみをつかんで続きを促す。

 ぐるるるとうめく上位固体から、白皮症二角獣を生贄に差し出すと確約したものがヨー・ジーンだと聞かされた。

 一族存続のために動いたという彼のなかの正義はともかく、過去にもメイ・ルーをあてがおうとしたのがヨーなる馬ではあるまいかと邪推せざるを得ない。

 銅獅子の自白は極秘にしておこうと思った瞬間だった。


「ヨー・ジーンのことは忘れる。君は騙されてなどいない。王たるものが誇りをかけて俺と死合った、小物の画策など知ったことではない。そういうことにしておこう」

「……」


 似非サムライのニコニコ物理交渉は功を奏したようだ。

 力任せな外交は腕っ節を見せ付けてこそ効果がある。プライドの高い銅獅子が一角獣に騙されたと思いたくないだろうし、実際メイ・ルーの昔馴染みは百獣の王を嵌めて俺と対峙させたわけでもない。

 アルビノを食らえば魔力が倍増するという言い伝えがこの地域にはあるらしい。

 それに従い、帰ってきた生贄を幼馴染が征服者に捧げようとした、というだけのことであろう。

 

「何を話し合っているのじゃ?」


 黒が白を連れてやってきた。イヤイヤなんでもありません、角獣の一族をいじめるのはやめなさい、という説教を偉そうにしてただけですと返答した。

 

「グァンズーが三匹も地に伏せて人間に怯えている。以前ならば夢にも考えない光景」

「王のなかの王、至高王たる金緑の獅子がこれを見てどう思うかな。報復してくるやもしれんのう」

「はははご冗談を」


 メイ・ルーの嘆息、エヴレンの戯れに俺が半笑い。いつの間にか夜が終わりかけている。そんな明け方の日の出の方向から、輝くような金緑色の有翼獣がやってきた。


 

§§§§§§



 相次ぐ地鳴りを受けて潜んでいた一角獣の生き残りも姿を見せた。

 先駆けてきたのは若いお馬さんであるヨー・ジーンだ。

 灰獅子二頭はいまだ地に伏し、双角がない上位のそれが前足を震わせながら起き上がろうとしている。

 メイ・ルーが同族らに駆け寄った。何か話しているが離れているのでわからない。

 そんな角獣たちからわざわざ距離をとり、金緑色の有翼獣が大地に降り立った。

 配下のヴァンズーたちが足をひきずり、主の御前へ移動して平身低頭している。

 

「腑抜けども」


 大喝ならず、どちらかというと小声に近いそれは手下のヴァンズーにとって雷鳴にも近い叱咤に聞こえたのだろう、

 彼ら三頭は這いつくばって主に許しを請うていた。

 俺は黒を連れ、朝日に照らされる金獅子と対峙した。彼が銅を一瞥し、こちらに眼光を向け直す。

 普通の人間ならばその目を見ただけで金縛りにあう、とエヴレンが呟いていた。


「余の片腕をあしらったのはキサマか」

「然り」

「湖の領有と角獣へのあしらいに関してはこやつに任せておった。過不足なく采配していたはずが、得体の知れない「人間のようなもの」のせいで展開が変わったようだな」


 金緑に輝く獅子の後ろに控えるは、先ほど逃亡した無傷の灰グァンズーだった。それから状況を聞いたのだろう。


「こやつは人型なれど闘神を纏い、それとは全く違う存在なれば」

「神? 神ゆえそなたは敗れたと申すか」


 ごうっと吼えた反応は驚きのリアクションであるものの、しかしその風圧を受けた銅獅子が再度蹲地に伏せる。それを見た俺はあのな、と話し出す。

 

「生き残った数少ない角獣全員の存命を賭けて、こいつと死合った」


 有翼獣(かれら)との一騎打ちはなかなかオモロかった、と嘘をペラペラ。サソリ娘がおや、という表情でこちらを窺う。

 銅獅子が水面下の取引、この場合はヨー・ジーンを通じて生贄を要求したことは伏せておく。

 金緑の至高王が小さく唸る。

 指揮を任せた片腕が決闘で負けた、という証拠は一見して揃っている。

 銅や灰ともは双角が欠損し、三頭まとめていまだ足腰が定かではない。

 決闘どころか一対三の乱闘だったのだが、俺は相手の面目を保つ言動に終始した。


「現在湖の領有権はグァンズー一族にあるし、角獣の勢力圏は消滅したも同然。それを今更元に戻せ、と生き神さまが言うはずもない。ただ残ったメイ・ルーの同族に対しては、これからの生存を保障せい、とあえて妥協案を示しているのじゃ」


 角獣の皆殺しはダメ、というニコニコ物理交渉の目論見を、代わりにエヴレンが説明してくれていた。


「確かに敗れたものは勝ったものに従わねばならぬ。それが自然の摂理」

「ならばこの件は」

「助っ人に蹂躙された銅灰の獅子どもが今後角獣に手を出すことは許さん。だが余はそれに当たらぬな」


 至高王が鋭い牙を見せて獰猛に笑った。

 それに対し俺は拳をボキボキならしながら戦闘態勢に入る。

 各生物の栄枯盛衰に横槍を入れる趣味はないものの、それでも俺が関わった誰かからお願いされたならば、いつでもお助けマンになるつもりで挑発に乗ってみた。

 相手の命を絶つより気力を絶つ、という方針を今回も実証してみよう。

 似非サムライはいまだ夢を見る。

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