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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
18/102

夢十八話

 烏を模した影衆から通行許可と情報収集の契約を結んだところで、行程通り渓谷を抜けて下山することになった。

 さらにいくつかの山を越えていく。アルダーヒル北西にあるスヒースクの湖まであと少しだ。

 初夏に近くなっている季節らしいのだが、北の気候はまだまだ涼しい。


「ニャム姫がついて来ようとしたのにはまいった」

「北東のワム・ツインコーツィ獣人公の内乱から逃れた身の上ではそうもいくまい。権力者の妹が浪人やわし、馬と旅をするような悠長な時と場合ではあるまいし」

「白の里帰りや別件の後、一度青羽の砦に戻る。そのときには情報屋たる彼らの報告を受ける手はずになっているし、そこで旅の話でもしてやろう」


 お騒がせネコ娘を振り切った俺とエヴレンが、やれやれ感を滲ませながら会話する。

 トラブル製造機な獣人を置いていくかわりに帰還時にご馳走をふるまう、という約束はよい落としどころであったろう。

 

「さてメイ・ルーよ」

「……覚悟はしている。おそらくスヒースクの湖はもう」

「それでも生き神さまに縋れば、ぬしを迫害し生贄に差し出した一角獣どもや、天敵の有翼獣グァンズーでさえどうとでもできる」

「双方とも皆殺しにしてほしい。そう考えたこともある」


 違うのかという黒の視線に、白毛がぶるると鳴いた。

 どうしたいのか自分でもわからない様相だった。

 坂を下るごとに近かった空が遠くなっている。逆に平原のなかの疎林地帯が眼下に近づきつつあった。

 


§§§§§§



「白皮症の小娘が」

「逃げ出したメイ・ルーが戻ってきたぞ!」


 アルダーヒル北西部、魔物の気しかない大疎林地帯は、戦乱の後のような荒野になっていた。

 それが現在のスヒースク湖周辺の地形だった。

 道中に白が語った通りの反応を見せてくれた同族の一角獣たちが、夕方の空を背景にした疎林のそこかしこから姿を現してこちらに駆けてくる。


「メイ!」

「……ヨー・ジーン」


 たてがみが灰色な一角獣の集団は、軽中重と大きさや体つきは様々であったが、そのなかでもサラブレッドのような軽やかな動きの一頭がやってきて、メイ・ルーに親しく声をかけてきた。

 ヨー・ジーンと呼ばれた雄の角獣は青年の雰囲気を漂わせており、人化すれば大層なイケメンであろうことが想像できる。

 非難轟々の仲間が彼女に詰め寄ろうとするのを押さえ込み、一族だけで話し合いたいと部外者の俺やエヴレンに場を外すよう促してきた。

 湖のほとりに向かった彼らから問答無用に取り残された似非サムライとサソリ娘は、とりあえず旅路の疲れを癒すために適当な場所に腰を落ち着けて火を焚いた。お湯を沸かしてハーブティーを飲みつつ、俺は天敵の有翼獣グァンズーとやらの姿が見当たらないことの疑問を口にする。


「絶滅寸前だと聞いた角獣の姿はあっても、征服者たるやつらがおらんな」

「グァンズーは一頭一頭が強大な力を持つ魔物ゆえあまり群れることはない。きゃつらは広範囲にわたるなわばりを巡回するという習性がある。いずれここにも数頭がやってくるのじゃろ」

「ではそれまでゆたりゆたり、メシ食ったりおねむしといたろ」

「曇天とて雨には至らぬ。ここで野宿でもよかろう」


 干し肉、硬い麦パンをスープに浸しながらの夕食を終え、革袋のワインで体を温めてから風除けの岩陰で横になった。

 当方も黒もあくびをしながら早々と就寝の態勢だ。

 

 意識が途絶えてからどれほど経っただろうか、ざらざらとした舌で頬をぺろぺろされた感触を覚えて目を開ける。

 起き上がってみれば白がそっと俺の袖を引っ張っていた。


「黒はまだすやすや中だが」

「岩陰に隠れた状態のエヴレンが敵に見つかることはないから寝かせておく。ウンシンはこっち」


 月明かりのもとでぱっかぱっかと走る白毛の後を追う。

 揺れるポニーテールに向かって問いかけた。


「話し合いとやらはどうだった?」

「ウンシンのことは話してみた。でもみんな懐疑的」

「そらそうだわね」

「湖に固執して外を見ない彼ら。滅んで当然かも」


 そう言いつつ、やはり会って情が沸いたのか、一族の生き残りに何かと思案を巡らせているように映る。

 ヨー・ジーンという昔馴染がその手助けをしてくれるらしい。

 

「ヨーは私が生贄に差し出されるとき湖にいなかった。居合わせたらそんな愚行は止めていたと勝手に思っている」

「いいやつだな」

「うん」


 気配がしてふと空を見る。月夜に浮かぶ一頭の魔物がいた。俺とメイ・ルーの会話をさえぎるように風圧を送ってくる。

 鷲の翼に獅子の体、頭は草食動物のグーズーに酷似するくねった二本の角、この地域における生態系の頂上生物の登場である。


「グァンズー。それも銅褐色の獅子」

「上位固体か」

「通常は灰。最上位は金緑」


 ズウウンという地響きを立てて地上に降り立った銅色の魔物が、アルビノ娘に目を留めている。

 好物を前に涎を垂らしかねない形相だった。


「白角獣、うまそうな体をしている」

「どいつもこいつも雄どもは」


 メイ・ルーが男嫌いを匂わせる台詞を吐きかけて、ウンシンは違うと呟く。

 見立て違いを訂正する必要を感じないまま、ポニーのような体躯の彼女を後ろにやって銅獅子と対峙した。


「生贄。逃がさんぞ」

「上位の魔物となれば大体人語を使いこなすようで」

「うぬは」

「サムライ・ウンシン。この子の保護者です」

「人間如きが百獣の王に立ち向かうというか!」


 体高三メートルに達すると思われる有翼獣が、月を背景に前足を上げて咆哮した。

 耳をつんざく轟音と巨躯から発する威圧でメイ・ルーが後退する。

 爆心地のようなこの場所から、周囲の小動物が遠ざかっていくの気配も感じられた。


「うぬ」


 相手の鉱石のような赤銅の目が細められる。


「わが咆哮で這い蹲り、風圧で吹き飛ぶ軽い存在であるはずの人間風情がどうしたことだ」

「今までお前が相手にしてきた狩人や冒険者といった人間の型に、このでたらめを当てはめないほうがいい」


 風圧に耐えつつ白いたてがみを風になびかせながらメイ・ルーがぼそりと言い放つ。

 ハードルを上げていくやりとりを聞き流しつつ、サソリ娘がいる場所はここから離れていることを確認して、数珠を手に取った。


「王に向かってお前とは許せぬ。腕の立つ護衛を連れてきたことで威を借るような小物め、その口を先に引き裂いてやろう」


 逞しい四肢が跳ねた。飛ばずに突進してくるのは俺など轢き殺して大口を叩く生贄を食い殺そうという算段だろう。

 俺はグーズーに似た頭部を脳天唐竹割りにするつもりで、数珠を巻いた拳を振り上げた。


「……!」


 王者の直感というか獣の本能というべきか、銅獅子は何かを悟って飛び上がる。

 俺の頭を越え、メイ・ルーをもゆうに飛び越えた奥のほうに着地し、前足を軸に方向転換を披露してこちらに向き直った。

 グルルルと唸るその口からは、怒りの黒い煙が漏れていた。


「……うぬは人間ではないな?」


 いくさの神のご加護がある、と言えるわけもなく、ただただサムライですと繰り返すのみ。

 

「サムライ。それがかいま見た異形の背後霊の名か」


 気合を入れて吼えた銅獅子が口からさらなる黒い煙を吐き出す。

 それが霧状となって周囲に漂った。


「黒死の霧! ウンシン逃げて」

「遅い」


 闇にとらわれ狂状になって死ぬ、と解説されるもすでに有翼獣の間合いになっていた。

 

「闇で覆われたものは人間亜人といった種はおろか、いかなる魔物も正気を失う。うぬとて」


 ショベルカーのバケットのような錆びた色の爪がこちらを薙いでくる。

 それを片手で受け止めた。瞬時にもう片方の爪がきた。

 時間差の二重衝撃音で雑草が生い茂る大地が陥没し、あるいは横なぎの爪で抉られて岩石や砂が宙に舞う。

 邪神を別格とすれば、これほどの重さのネコパンチを受けたことはない。

 思わずおほっと声が出た。テンション最高潮な転移直後の俺とは違い、あれに迫る気合を漲らせるにはなんらかの状況効果が必要だった。

 従って今はそれほど高揚した気持ちにはなれず、その分サムライパワー(笑)も軽減されている。

 メイ・ルーの悲鳴を聞いてお助けマンとしての使命を思い出し、やる気を奮い立たせた夢のなかなのだった。 

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