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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
17/102

夢十七話

 ミヤマという影衆の幹部が青紫の装束に身を包んだ体をよろけさせた。

 布仕立てのムチが俺の足首や脳天に食い込んでいたものの、俺が効いてないとばかりに二本のムチを手にし、綱引きを始めようとしたからだ。


「魔物の頭骨をも一撃で粉砕するミヤマ様の布槌が効かぬのか」

「あやつ、足首を締められているってのにけろりとしてますぜ」


 中羽のおっさんと手下がざわめく。これが他の敵ならば脳天粉砕で足首から下はない、という状況なのだそうだ。

 ということで、対戦相手は思いっきり俺を殺しにかかってきているらしい。

 小太刀だけという舐めたプレイに、侮られたとプンスカしているのだろうか。


「力比べはせぬ」


 そう言い放ったミヤマが綱引きから手を放す。

 はらりと布が地に落ちる。捕縛された足首が開放された気がした。


「生き神さまっ、火薬を仕込まれたぞっ」

「二箇所が光ってる!」


 黒と白の説明で、ムチに触れた部位が熱を持っているのを感知した。


「ふっ」


 烏の羽が二枚、ミヤマの息吹でこちらに舞ってきた。

 その二枚は燃えている。火に反応して、俺の足首と脳天部分が爆裂した。

 すさまじい音が響くなか、エヴレンとメイ・ルーの呼ぶ声が聞こえる。

 石畳の闘技場がもくもくと沸き立つ煙に包まれる。

 目の前で爆竹が鳴った、というレベルのびっくりながら、青羽たちは上司の勝利を確信したような歓声を上げていた。それに反してネコ娘がいくらなんでもやりすぎにゃとうなっていた。

 彼女は基本的に好人獣というか、好人物のようだ。


「私を侮り小型の刀で挑もうとする返礼」

「銀の霊気どの、生きてるにゃむ?!」


 煙のなかから飛び出てきた彼女とぶつかる。


「ひゃ」

「無事です」

「にゃんと!」


 ヤマアラシのような髪の獣人さんが驚愕で飛び跳ねる。

 小太刀を一振り、煙幕レベルの視界を良好にさせたところで、あらためて青紫の対戦相手と向き合った。


「……あの爆裂からどう逃げ切った?」

「ウンシンは受けきってた」

「上羽の火攻も生き神さまを咳き込ませるだけじゃったか。小太刀すら不要かもしれん」


 連れの解説に、青羽の衆が絶句している。

 丈夫にゃなーと感心する可愛らしいネコ娘に、君もなと返答しておいた。

 

「足首も頭部も傷ひとつついてない。にゃんとも不思議」

「客人、下がられい」


 腕を組んで俺を観察する客人とやらの横にやってきたミヤマが、刀身のない柄を手にしている。


「ミヤマん、それは必殺すぎるにゃむ」

「相応の相手には奥義を尽くすべし」


 また上昇気流が発せられた。上羽のマントと衣装がそれに倣ってはためいている。

 ニャムが熱気に押されて大きくよろめいた。背後からおっさんが支えて引き上げていく。


「青刃が渾身の一刀を受けよ」


 原理的に理解できないが、ミヤマの気合で柄から青い炎が吹き出し始めた。便利なチャッカマンだと思いつつ、俺が小太刀を構えると、白毛が大きくいなないた。


「ウンシン、その青い炎の剣は刀身で受けてはいけない。すり抜けてくる」


 大上段斬りの構えで初めて接近戦を挑もうとする青い炎使いからは、同色のオーラが見える。

 石畳の舞台全体を熱気が包み込んだ。一撃必殺のような術のすばらしさに、思わず笑みが出た。


「防御不能の青刃を見てなお笑えるか。ならば加減はせぬぞ」


 全力を出し切るつもりのミヤマを前に、おっさんや下羽たちはひええと後退していく。

 舞台を包む熱波のあおりを受け、黒白も距離を取っていた。

 俺といえば、これで灰になったら目が覚めるのかとか、元の世界に戻れるのかとか考えたうえでのにんまりであって、上羽を侮る意味の笑みではない。

 いつ死んでもいいという死人な心意気は、基本的にこの世界にきてから常にある。

 歪な常在戦場なわけで、どんな展開にも恐れることはない。

 受けきれないならば、その火を消せばいいじゃない、という舐めた考えに至ったのもそのせいである。

 熱波をまといし青い斬撃が音もなく降り注いできた。いつ間合いを詰めたのかわからないほど疾い相手の踏み込みだった。

 

「生き神さまっ!」


 エヴレンの切り裂くような絶叫に、熱波と炎を横薙ぎにかき消す轟音が重なった。

 上空へ舞い上がったミヤマが部下のいる後方へ落下していくのを見送る。

 小太刀ゆえの刀身の短さで、相手を斬った感触がまるでない。炎の剣を消した風圧で体ごと吹っ飛ばした、という手ごたえがあるだけだ。

 舞台の上すべての熱がぶわあっという風の音に巻き込まれて消えていく。

 遺跡を囲む全ての木々が大きく揺れた。枝の一部が耐え切れずにへし折れる。


「霊気の剣に相当するあの炎を力ずくでかき消すとは、さすがじゃのう」

「魔剣の火元を断つなんていう所業は、上位の魔物どころか魔神級の支配力が必要なんだけど」

「生き神さまじゃから問題なかろう。そういうことにしておこう」

「……でたらめすぎる。でもそれがウンシン」


 後ろの黒白がこの現象を無理やり理解しているのを聞きながら、介抱されて意識を取り戻した青紫の影衆がのっそりと石畳の舞台に上がってきた。ニャムが肩を貸している。


「このミヤマが一振りで敗れるとは……言い訳しようもない完全な敗北だった」

「銀の霊気どのの力を見誤っていたにゃむ。里随一の使い手ミヤマんを子ども扱いとは、世界は広いにゃあと思ったぞ」

「ご当主がいるじゃろ」

「現当主は御年であわわ」

「客人」


 エヴレンの誘いかけに口の軽いニャムが内情を暴露し、ミヤマに睨まれ泡を食っていた。

 中羽のおっさんのもとに逃げる粗忽物を横目に、性別不明な青紫装束の炎使いが改めてこちらを見つめている。

 

「貴方が抜刀する前に私が見た、あれは……」


 守護霊となっている(思い込み)いくさの神が実体となって見えたと証言する者は、魂食いの霊体魔道士以来のことである。

 戦う相手が一定のレベル以上になるとこちらとしても気合が必要となり、その気合が独尊たるお方を出現させるのであろう。

 東の果ての武神なり、と適当に答えておいたし、ミヤマもそれで合点がいったようだ。

 でたらめな力は異教の加護だと呑み込んでくれた様相だった。

 

「神と戦っていたとなれば影とはいえ武門の誇り。完敗とて恥ずることはない」


 青紫の装束が膝をついた。青羽の最敬礼だと思われるそれの振る舞いは、所詮一般人でしかない無教養な俺には天上人のように優雅に感じられる。

 頭を下げられているのにこちらが圧倒されていると、黒白が当然の勝利だといわんばかりにやってきた。

 改めて情報屋として力を借りたいと告げながら、ミヤマを助け起こす黒が影衆を侮ったことに対し丁重に詫びている。

 白も同じように礼を尽くして対応していた。武勇に秀でたものに一目置くという彼女たちの行動で一気に和解の雰囲気になり、昼以降には青羽の山越えに取り掛かることができそうだ。

 ニャムがお昼もわれらと一緒に食べると息巻いている。

 先日の牛もどきを狩って得た肉の在庫を食いきるつもりなのだろうか。

 大食いのネコ娘がすっ飛んできた。逃亡は無理だろう。

 夢はまだ続いている。

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